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解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!  作者: kayako
第6章 彼と彼女が「向き合う」時
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その15 愛していると言いながら

 

「昔からそうだった。

 お父さんは掃除がヘタで、人の本やおもちゃまで全部捨てる人でね。友達から借りた本まで捨てられて、わたし、その子から縁切られたよ。

 お父さんはその時は必死で謝るけど、すぐにまた同じことを繰り返して……

 お母さんも同じ。しょっちゅうヒステリー起こしてわたしに当たり散らして、酷い時は家を飛び出したりするけど、なんにも出来ないからすぐ帰ってきてふてくされて寝ちゃって。

 起きた時には全部忘れて、『私そんなこと言ってないでしょ~』とかとぼけるの。

 そんな奴らがちょっとくらい反省したって、なんの意味もないよ。

 あ~……わたしのミスが減らないのって、親譲りかもね?」


 それは悠季がほぼ初めて耳にする、葉子の親の実態だった。

 どこまで本当かは分からないが、葉子は

 ――少なくとも葉子の一部は、自分の親をこういう冷めた目で見ている。それは確かだ。


「だからきっとまた同じことを私に繰り返して、私を連れ戻して無理やり酷い男の家に押し込もうとする。

 そうしたらまた、この真っ黒な世界に逆戻り。

 それを拒絶すればまた、親との地獄の食卓の始まり始まり。お前は本当にブスの能無し娘って罵られまくって、どこでもいいから嫁に行くしかないって怒鳴られる。

 『あなたの為に言ってるのよ?』って必殺の決まり文句が出たら、もう何も言えないよ」


 そうだろうか。

 悠季にはそうは思えない。特に葉子の父親の心からの激昂を目にしたなら、あれが嘘だとはどうしても思えなかった。


 だが――よく考えてみれば、実際の彼女の両親がどうであるかは関係ない。

 ここは葉子の本心がそのまま表れる。葉子から見た両親の印象が、そのまま言葉になって飛び出しているんだ。

 葉子にとっては、長いこと自分を絶望の世界に閉じ込め、救出どころか首を真綿で絞め上げるがごとくの苦痛を与えていた親である。

 徹底的な不信が形になって現れるのも当然と言えた。



「わたしはあなたがいなければ、何も出来ない。

 自立してる他の人はどうか知らないけど、わたしは弱いから。

 とても弱いから。何も出来ないから。頼りないから。だから親からも信用されなくて、自立すらさせてもらえない。

 いっそ何もかも捨てて家出して野垂れ死んだほうがどんなにマシかって、何度思ったか分からないけど。

 わたしがもし家出したって、あいつらはナイフ持ってどこまでも追いかけてきて、わたしを連れ戻して地獄に閉じ込めるよ。

 理由は『あなたが心配だから』『あなたを愛してるから』。おかしいでしょ?」



 強いカビの悪臭と共に流れる、平板な言葉。

 同時に酷い頭痛が、悠季に襲いかかった。

 記憶の中に封じ込めていたはずの、『あの男』の声と共に。


「ぐ……や、やめろ、葉子!

 これ以上は……っ!!」


 脳裏に蘇ってくる。絶対に思い出したくなかった、あのクソ野郎の言葉が。



 ――愛しているよ、イーグル。

 ――お前の身体はとても細いからなぁ。こうやって、術でどんどん強くしなきゃいけないんだよ。

 ――大丈夫。この水に浸かれば、どんな傷でもすぐに治るんだ。

 ――さぁもう一度だ、この穀潰しが!

 ――ピーピー喚くんじゃないよ、もう傷はすっかり治ってるだろうが!

 ――お前は貴重な原石だ。こうやって磨けば磨くほど、お前の術も身体も最高に輝く!

 ――私だって好きでお前を殴ってるわけじゃないさ、これはお前を、術力最高の芸術品として完成させる為!!



 それは幼い日の、イーグルとしての記憶。

 何度殴られ、踏みつけられ、鞭うたれ、ありとあらゆる術を浴びせられ、傷をえぐられたか分からない。

 愛してる。愛してる。愛してる。お前は最高だ。最高になるはずなんだ――

 狂ったように何度も言いながら、『奴』は俺を、身も心も叩きのめした。


「う……あ、あぁ……!

 やめろ、やめろ、やめろ……っ!!」


 激しい頭痛に、思わずうずくまる悠季。

 傷が疼く。

 葉子の奥底に触れたが為に、自身で封じてきたはずの心の痛みまでが蘇ってしまったのか。

 じっとりとからみついてくる黒カビまでが、痛ましい記憶を呼び起こしてくる。

 奴は俺を全身血まみれにしておいて、俺を抱きしめて、ズタズタになった身体を撫でまわしながら『愛してる』とまでほざきやがった。しかもそれが俺の日常。

 ――虫唾が走る。



「ふふ。

 こんなことあなたに言ったって、鼻で笑われると思うけどね。

 だってあなたはシーフだもの。きっと小さい頃から、わたしなんかよりずっと酷い目にあってきたんでしょう?

 きっとあなたは言うんでしょう? 親がいるだけ幸せだって。

 親がいて、愛されて、心配されて、学校に行かせてもらえて、ずっと家にいさせてもらえるだけ、ありがたいんだって。

 わたしは弱いけど、守ってもらえる幸せな子。

 だから――その中で何が起こっているのか、誰も知ろうともしない」


「……違う」


 悠季は必死に頭を振りながら、闇の魔女を否定する。

 金槌で頭蓋骨を割られるかのような激痛を押し殺し、悠季は言葉を紡ぎ出した。


「俺だって、分かるよ。

 俺だってあの頃、スラムの奴らにひたすらバカにされてた。俺と似たような、親のいないガキどもにさ。

 身体目当ての金持ちに買われて、プライドなくした裏切り者って……

 だから、分かるんだ。あの時の俺は、誰も彼もから

 ――ぐぅっ!!」


 言葉は、そこで突然途切れた。

 悠季の首筋に伸びた、魔女の白い手によって。

 意外に強い力でその手は彼を絞め上げ、その言葉を塞いでいく。


 「何も言わないで。

 これ以上わたしに、妙な希望を抱かせないで。

 あなたのせいで、魔女たちは現実が見えなくなってる」

 「げ……現実、って……ぐ……」



 ――伝えたいのに。

 俺には、ちゃんと分かるって。葉子の痛みが。



「この真っ黒い世界こそが、わたしの現実なの。

 みんなそれが見えてなくて、あなたに踊らされているだけ。

 あなたがいなくなってしまえば、この世界は全部、真っ黒に塗りつぶされるのに」



 違う。

 叫びたくてたまらなかったが、憎悪をいっぱいにこめた白い手は、容赦なく悠季を苦しめる。



「あなたが来てから、この世界は変わった。

 世界を覆っていた黒カビは消失して、魔女たちは明るい空の下を歩けるようになった。

 でもね――

 あなたがいなくなったら、またこの黒は一気に世界を覆う。

 元に戻るだけじゃすまないよ。あなたが偽りの希望を見せていた分、より深い絶望となって世界を覆う。

 それを防ぐために、魔女たちは必死で、『光の聖女』を求めてる」



 光の聖女。

 さっきから、ずっと気になっていた言葉だ。

 土の魔女が必死で探し回っている存在――それが?



「闇に覆われた世界の恐怖を、魔女たちはあなたのおかげで一時的に忘れているけれど――

 それでも、ずっと植え付けられたトラウマは、決して簡単に消えるものじゃない。

 だからみんな、『光の聖女』が欲しいの」



 喉をぎゅうぎゅうしめつける魔女の手が、ほんの少しだけ弱まった気がした。

 咄嗟に悠季は尋ねる。



「みんな?

 光の聖女を追ってるのは、土の魔女だけじゃないのか」

「ふふ……

 あいつ、嫌いなんだよね。顔も性格も、お母さんそっくりで。

 あ、娘なんだから当然か」


 バカにしたような笑いが、闇の魔女の薄い唇から漏れた。


「あいつが一番必死になって探しているだけ。

 風の魔女なんかは面倒がってるけど、基本的にはみんな信じてるよ。

『光の聖女』を見つければ、この世界はずっとずっと幸せでいられるんだって。

 一人でも生きていける、カンペキに自立した強い女になれるらしいからね?」



 皮肉めいた嗤いを漏らす彼女。

 悠季はにわかには信じられない。その『光の聖女』を見つけるだけで、幸せになれる? 自立した強い女に?



 だが、疑問を呈する前に――

 閉ざされたガラス戸の向こうが、不意に紅に染まった。金色に近い、明るい紅の光に。

 何が起こったかを確認するより先に、熱風が頬に叩きつけられた。


「いやっ……!?」


 全てを拒絶するかのように、浴槽へ座りこむ闇の魔女。

 そんな彼女の真上から、奇妙に明るい声が響く。同じ葉子の声だが、何故かテンションが高い。


「そーだよー? アンちゃん♪

 自分が、もっと強くなればいいんだよ。自分さえ強くなれれば、こんな世界とはおさらばじゃない!」



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― 新着の感想 ―
[一言] かっ……カビキラーを……笑 悠季がいなくなった途端に闇に包まれる葉子の世界。 とても容易に想像できちゃうんですよねぇ。 悠季の方がはるかに劣悪な環境で育ったと思うのですが、そんな彼を支え…
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