その11 土と風は何故かいつも相性が悪い
「えへへ……いらっしゃいませ、悠季。
ようこそ、私の心へ!」
朗らかにそう言いながら葉子は、丸窓のついた木製の扉を開いた。
そこに現れたのは、こじんまりとしているが明るい雰囲気の部屋。
床には暖かそうな橙色の絨毯が敷き詰められ、大きな窓からは柔らかい光がさし、奥には暖炉の火も見える。壁は本棚で埋まり、色とりどりの本がぎっしりと詰まっていた。
「さ、こっちに来て暖まって、悠季。
ここなら多分、服も早く乾いて……ん?」
暖炉のあるリビングへ、悠季を手招きする葉子。そこには艶やかな栗色のソファが見えた
――が。
「ふ、ふうちゃん!?」
思わず叫ぶ葉子。
二人分腰かけられそうなソファには、先客がいた。というか、寝そべっていた。
そこにいたのは、ぼさぼさの緑の髪をまとめもしないまま、呑気にクッキーをほおばっている女性。上半身は髪より若干薄いグリーンのブラウス一枚。そこから下は何も着けておらず、太ももからつま先まで完全な素足だ。
ブラウスの裾が長めなので、下着は見えそうで見えないものの、それでもこれは――
だがその全身から漂うのは、色気というより酷いけだるさ。
眠そうにあくびをしてはクッキーを一口かじり、そのまま寝そべって本を読んでいる。ソファや本にクッキーの欠片が落ちようと、何も気にせず。
――しかし顔を見る限り、彼女も間違いなく『天木葉子』だった。
葉子ではなく沙織なのではと、悠季さえも一瞬錯覚したレベルのけだるさとだらしなさだったが。
彼女を見るなり、『土の魔女』たる葉子は叫ぶ。
「ちょっと、ふうちゃん!
何また私の家にあがりこんで、勝手なことしてるの!?
せっかく悠季が来てくれたのに!!」
「ゆーき?
……あー、イーグルね。ふわぁあ~」
それでもその緑色の葉子?は、眠そうに悠季を眺めてあくびをするばかり。とろんとした瞳は、黒かと思ったがかなり濃いめの緑だ。
彼女も本当に、葉子なのか。正直、みなとに叱られている沙織にしか見えない。
そんな疑問が悠季の頭を駆け巡ったが、『土の魔女』の葉子が慌てて補足した。
「あぁ、ごめんね悠季。
彼女も勿論、私たちと同じ『天木葉子』。風を司る魔女だよ。
私たちは、『ふうちゃん』って呼んでる」
「か、風の魔女?
怠惰の魔女の間違いじゃないのか」
「あはは……そう言われると思ったけど。
でも確かに、彼女は『風の魔女』であり、『天木葉子』なの」
悠季には優しく説明しつつも『土の魔女』は、『風の魔女』の腕を掴んで無理やり立たせようとする。
「ほら、立ってふうちゃん!
いつまでも貴方がそんなだから、私たち、いつまでたっても光の聖女様を見つけられないんじゃない!!」
ん? 何やらまたおかしな単語が出てきたな。
『光の聖女』?
だがそれについて尋ねる前に、土の魔女の怒声が響いた。
「せめて、悠季の服を乾かす手伝いぐらいしなさい!
悠季がずぶ濡れのまんまじゃないの!」
結構な勢いで風の魔女を責める土の魔女。
しかしそれでも、風の魔女は耳をほじりながら言い放った。
「やだよ、めんどくさい。
んなもん、えんちゃんに頼めば? あたしなんかに頼むより効率的でしょ」
えんちゃん……
この流れからすると多分、『炎の魔女』のことか。
そう推測した悠季を下から眺めながら、風の魔女はからかうように笑った。
「むしろ、このまんまの方が良くない? やっぱイーグルって虐めがい……
じゃねーや、育てがいあるよね」
口調まで葉子というより沙織に近い。というか、沙織よりも乱暴かも知れない。
当然、土の魔女はカンカンだ。
「ちょっと!
貴方まですいちゃんみたいにならないでよ。さっきだってやっと、すいちゃんから彼を助けたばかりなんだから!!」
「うっさいなー。
あんただっていつもそー思ってるくせに。あの子と同じく、イーグルを裸にしたい虐めたいって♪」
「思ってないわ、私を貴方たちと一緒にしないでっ!
だいたい、この間のミスだって貴方のせいでしょ!? 貴方が面倒がって、判断を誤ったから――」
ん? この間のミス?
すぐに悠季は勘づいた――葉子が会社でやらかした件のことか。
もしかしてこの、風の魔女。彼女が原因なのか?
だとすれば、彼女を探れば――
しかし悠季が一歩踏み出そうとした瞬間、風の魔女の表情からせせら笑いが消えた。
明らかに酷く不機嫌になり、土の魔女を睨みつけて唇を尖らせる。
「あ~、うっざぁ……
そんなだからあんた、『石の巫女』って言われまくるんだよ」
石の巫女。さっきも土の魔女はそう言われていたな……『すいちゃん』こと水の魔女に。
色々わけの分からん単語が次々に出てきて、頭が痛くなってくる。水の魔女に土の魔女、そして風の魔女。多分『炎の魔女』もいる。
そして『光の聖女』? そこに石の巫女なんてものが重なると、どれがどれだかもう、わけが分からない。
しかも恐らく全部、同じ『天木葉子』だ
――悠季はこめかみを抑えながら、土の魔女にそっと尋ねた。
「なぁ、情報整理させてくれ。
『石の巫女』って……」
「私のあだ名。
ホントはみんなに、『つっちー』って呼んでほしいんだけど、ね」
あだ名かよ。
そうツッコミかけてしまった悠季だったが、風の魔女は鼻で笑った。明確な怒りと共に。
「はん。あんたなんかがそんなカワイイあだ名で呼ばれるわけないじゃん。
清く明るく正しくあることだけが全て。調和と安定が絶対で、争いや革命なんか決して許さない――
そんな風にここのみんなを押さえつけてるあんたには、『石の巫女』がお似合いなんだよ!!」
風の魔女がそう吐き捨てた途端、彼女の周囲の空気がグワッと音を立てて圧され、その長い髪が巻き上がった。
先ほどの眠たげな表情が嘘のように、炯々と煌めく緑の瞳。
しかし自称『つっちー』こと土の魔女は殆ど動揺を見せず、あのこん棒を再び背中から取り出した。困ったように微笑んだまま。
「悠季、ごめんね。ちょっと下がってて。
またいつものヤツ、始まっちゃったみたい♪」
風の魔女の周囲で流れ出した空気は突風となり、やがて強大な竜巻となり、部屋中のもの全てを吹き飛ばしていく。本も、クッキーも、ソファさえも吹き飛び、窓も壁も一気に砕け散っていく。
咄嗟に悠季は、自らも防御術を発動させ氷の盾を周囲に張り巡らせた。
葉子の精神世界でも支障なく自分の術が使えることに、まず驚いたが――
それ以上に驚いたのは、土の魔女の冷静さだった。
難なく相手の風術?をこん棒で受け止め、悠季に微笑みかける余裕さえある。
「あはは~
やっぱりいつ見ても悠季の術、綺麗だし強いね。
私のこと、ちゃんと守ってくれるんだ。ここでもその術が再現されてるってことは……
私と悠季の、絆の証かなっ?」
「いや、それどこじゃ……
早くどうにかしないと、家、壊れるぞ!?」
「ううん、大丈夫。慣れてるし、すぐ直せるから」
「え?」
「ふうちゃんが来ると、大抵最後はこうなっちゃうの。
ホントいつもいつも、しょうがない子なんだから……」
「い、いつも? これが?」
「前はもっと、正しい方向に力を使おうと努力できる、一生懸命な子だったんだけどね。
いつのまにか、こうなっちゃった……」
少し悲しげにうつむく、土の魔女。
それに対して、風の魔女はさらに叫ぶ。
「いつのまにかって、あんたがみんなをそうしたんじゃない!
どれだけあたしたちが叫びたくても、抵抗したくても、外に出たくても!!
ずっとあんたが全部それを、無理やりおさえつけたんじゃないの。だから、すいちゃんもえんちゃんもみんな――
あたしだって、捻じ曲がった!!」




