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解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!  作者: kayako
第6章 彼と彼女が「向き合う」時
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その10 彼女の中で、歪む「現実」

 


 飛び込んだ魔法陣の先に広がっていたものは――

 さっきまでとはうってかわって、太陽が光り輝く晴れやかな世界だった。

 どこまでも青い空の下、新緑の香りも爽やかな森が広がっている。

 草原には色とりどりの花が咲き乱れ、森の中へ続く道が出来ていた。しかも、そこかしこに住人もいるようだ。そして――


「は、ハルマ? それに、沙織も……」


 どこかで見たような糸目だと思ったら、森を歩いていたのはなんと、仁志みなと――

 つまり、ハルマ。

 元いたゲームの世界、つまり『エンパイア・ストーリーズ』で着用していたものと同じような衣装をまとい、沙織と仲良く手をつないで歩いている。沙織の方は現実とさほど変わらない服装なのに。

 やっぱり葉子にとってみなとは、ハルマとしての彼の方が印象深いということか。


「……って、え? 

 あいつ、沙織と、手を??」


 悠季は思わず、絵にかいたような二度見をしてしまった。

 みなとと沙織はそれが当然であるかのように、互いの手を握りしめながら森を歩いている――

 現実じゃ絶対にありえないだろ。あいつら、ことあるごとに喧嘩ばっかりなのに。

 そんな悠季のツッコミを見透かしたかのように、『土の魔女』葉子は笑った。悠季のすぐ隣で。


「えへへ~。

 私の中では、みなと君と沙織さん、とっても仲良しだからね♪

 私、二人みたいなカップルって結構好きなんだ。しっかりしてそうでそうでもない沙織さんと、気弱そうに見えて実は超絶頼りになるみなと君。

 デコボココンビでいい感じだし、それに、喧嘩するほど仲がいいものでしょ?

 自分じゃあの二人みたいな喧嘩はあんまりしたくないし、できないけど……」


 そんなもんかな。

 現実じゃ、そうそううまくいかないことも多いが――

 仲良く森を歩いていくみなとと沙織の後ろ姿を眺めていると、ふと葉子が顔をのぞきこんできた。かなり距離が近い。


「それより、悠季。

 服、びしょ濡れのままだよ。それに、あちこち破けてるし……」

「あ……悪ぃ」


 言われて初めて気がついたが、悠季はまだ上から下までずぶ濡れだった。髪やスーツの裾からぼたぼたと水が滴り、足元の草原を濡らしている。

『水の魔女』の電撃でやられたのか、ワイシャツも胸元から大きくはだけ、いくつも焼け焦げがあった。

 それでも『土の魔女』たる葉子はにっこり微笑み、乱れたままの悠季の襟をそっと直した。


「そんな悠季も悪くないけどね、えへへ……

 大丈夫、ちゃんと直してあげるから。一緒に来て!」


 そう言いながら葉子は悠季の手を取り、森へといざなっていく。

 緑豊かな大樹が並び立って構成されている森。よく見ると樹のひとつひとつに扉があり、そこから住民が出入りしている。まるでおとぎ話の小人のように、樹をくりぬいて家にしているようだ。

 どうやら森自体がひとつの町となっているらしい。住民の姿をよく見ると、沙織やみなと以外にも――

 ランハートやヨルミといった、『エンパイア・ストーリーズ』のキャラクターたちも多い。

 みんな、悠季が知る彼らとは微妙に違う雰囲気で存在していたが。アガタが何故かド派手なサンタコスプレ衣装で樹の上をサルの如く飛び跳ねているのを見た時は仰天してしまった。

 ――あいつ、あんな派手なきわどいカッコで堂々と飛び回る奴じゃなかったのに。


 他にも、葉子が好きなマンガやアニメの登場人物たちまでが森を歩き回っていた。それが当然であるかのように、葉子の森を。


 それ以外にも悠季の知らない、制服姿の女学生も何人か見えた。これは――

 葉子の学生時代の友人だろうか。姿がその頃から変化していないということは、今の葉子はめったに彼女たちに会えていない……つまり疎遠になっているのだろうか。

 そういえば葉子が昔の友達と会っているところを、悠季は殆ど見たことがない。というか、昔の友達の話自体を殆どしない。したとしても、「私、友達少ないから……」とか、そういう話ばかり。

 しかしそれは別に、不思議でも何でもない――と、悠季は思う。

 葉子の引っ込み思案な性質を考えれば、昔から友達が少ないのは事実だろうし。

 それに――友達や仲間なんて、心がつながればつながるほど、痛い思いをすることも多くなるしな。



 それよりも悠季が驚いたのは、広瀬管理官に出くわしたことだった。

 この世界では管理官としてではなく、何故か仕立て屋として居を構えていたが、姿は現実とほぼ同じ眼鏡にスーツのまま。神経質そうな目つきもまるで変わらないどころか、一層苛立っているようにさえ見える。

 濡れたスーツを冷たい目でじっと睨まれ、悠季は思わず吹き出しそうになってしまった。

 そうか……あいつ、葉子の中でさえ結構神経質な奴として扱われてんだな。



 そして悠季は気づいた。

 ――ここには会社の連中が、殆どいない。

 礼野や田中といった奴らは勿論、藤田や吉原など、比較的葉子に好意的と思われる人間すらも。

 会社の人間は、沙織やみなとというごくわずかな例外を除いて、葉子の心には入り込めないということなのか。いや――


 悠季は注意深く、住人を一人一人観察する。

 ――そういえば葉子の両親の姿さえ、ここにはない。

 考えてみれば葉子はずっと、両親との仲はあまり良くなかった。勿論親からの愛情はあったのだろうが――

 いつだったかの葉子の叫びを、ふと思い出す。



 ――分かる!? 私には彼氏も仕事もお金もなかった間、ウチの食卓がどんなだったか! 親にまで蔑まれて疎まれて毎日泣かれながら、無理矢理ご飯を一緒に食べさせられる時の気持ち!!

 あんな地獄、もう二度と見たくないの!!



 そりゃ、そうだよな。悠季はふとため息をついた。

 自分を束縛したり攻撃したりする可能性が高い人物は、例え親であろうと愛情があろうと、心に入れたくないのは当たり前だ。少なくとも、一応の穏やかさを保っているらしき心の表層には。

 だからこの森には、葉子を不用意に攻撃するような人物はいない。

 過去に留まったままの友人。微妙にいびつな架空のキャラクター――

 ほぼそれだけで、この世界は構成されている。

 現実の人間がたまにいても、沙織やみなとや広瀬のように、葉子にとって都合よく書き換えられている。



 そして葉子はやがて森の奥――

 ひときわ巨大な樹へとたどりついた。どうやらそこが、「土の魔女」たる葉子の住処らしい。


「えへへ……いらっしゃいませ、悠季。

 ようこそ、私の心へ!」


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