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解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!  作者: kayako
第6章 彼と彼女が「向き合う」時
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その8 深淵を覗く時、深淵もまた……

 

 泡と共に現れたものは――


 青く透明な、巨大スライム状の何か。頭と思われる部分に眼球らしきものがある。

 思わず身構えようとしたが、この体勢ではどうしようもない。

 仕方なくそのスライム?の様子を見守っていると、それはやがて人間の、女性の形状となり始めた。

 頭と思われる部分に髪が生え、眼球だけでなく鼻や唇も生まれ、柔らかな身体の線が出来ていく。ご丁寧にも、上半身には次第にブラウスらしきものまで現れた。



 下半身は水中に沈み、悠季には確認出来なかったが――

 そうしてあっという間に形成されたものは勿論、天木葉子の姿。その上半身。

 身体を形づくる物質そのものは青いスライムのままだったが、次第にその表面にはうっすらと白い色がつきはじめている。元の素肌の色が。

 確かにこれは葉子だ。少なくとも、悠季にはそう思えた。


「葉子――!」


 思わず身を乗り出し、呼びかける悠季。

 そんな彼の首筋に両手を伸ばしながら、葉子?は囁く。


「悠季……良かった。私の心に来てくれて。

 私、ずっと待ってたの。悠季と、こうなれることを……」


 その青く透明な指は悠季の首筋から鎖骨までを、そっと撫ぜる。

 ひんやりとした指先の冷たさに、悠季の身体が反射的にぶるっと震えた。

 よく見るとその爪のあたりだけ、何故か赤黒い。


 どういうことだ。いつもの葉子と、明らかに様子が違う。

 これが、本物の葉子? この自分を、いつも隠してたっていうのか?


 戸惑う悠季の頬を両手で包み込み、葉子はそっと顔を引き寄せた。

 そして――



「ねぇ……

 私、知ってるの。

 悠季は、大事な人を――」




 殺 し た ん だ よ ね ?




 笑顔で囁かれたその言葉。

 同時に悠季の胸から腹にかけて、激痛が走った。ぐさりと冷たい刃が突き刺さったような。

 その痛みが精神的なものか物理的なものか、自分でも分からない。

 自分の、最も触れられたくない部分にいきなり素手で触られ、抉られた。そんな感触。



 ――踏み込まれる。

 葉子の心に入り込んだつもりが、自分の心に容赦なく踏み込まれようとしている。



 思い出すのは、三枝の言葉。

 他人の心を見るならば、同時に自分の心も見ることになる――

 こういうことか。



 大きく見開かれた葉子の眼が、赤く濁っていく。瞳の中で、汚れた血が渦を巻くように。



「とても大切な友達を、殺した。そうでしょう?

 悠季、前に私に教えてくれたけど――でも、理由までは聞けなかった。

 私、怖かったから。悠季の中に踏み込むの、怖かったから。

 悠季が――私の前からいなくなっちゃうかも、って思ったら。とっても、怖かった」



 そう言われて、悠季は思い出す。

 そうだ。俺は、葉子にも話していた。

 ケイオスビースト戦の後、あの病室で二人っきりの時に。

 ――ベレトのことを。



「でも……

 こうして閉じ込めておけば、悠季はずっと、私の中から出られないよね?

 私の前から、いなくならないよね?」

「と、閉じ込めるって……お前!」

「だから私も、思い切り聞ける。

 悠季のこと、たくさん知れる」



 悠季に触れながら、歌うように語る葉子。

 いつもの彼女をぐでんぐでんに酔わせたら、こんな感じになるだろうか。ふとそんなことを考えてしまった。



「ねぇ……悠季。

 貴方が気に入らなくなったら、私も、殺すの?

 ベレト君みたいに、私も、殺すの?」



 刺すような言葉と共に、拘束が強まる。

 葉子の二の腕から肩から、青く透きとおった柔らかな触手が飛び出し、悠季に絡みついていく。

 その青は悠季から見ても美しく思えたが――

 ところどころで赤黒い塊が血栓のように凝り固まり、青を汚していた。


 半透明になった葉子の身体が、悠季の上に被さってくる。

 その指先がネクタイを緩め、強引に襟元を引っ張り、水を吸った背広を少しずつ剥がしていく。

 これが――これも、葉子の心だっていうのか?

 三枝の言葉を信じるなら、まだここは表層意識のはずだろ。まだ浅い部分のはずだろ?

 なのに――



「えへへ。本当に綺麗だね……悠季の身体。

 ねぇ、もっと見せて。私たち……バディ、でしょ?」



 そう言いながら、水の中へとぐいぐい悠季を押し込んでいく葉子。

 頭上から降りそそぐ水は葉子の言葉に合わせて何故か勢いを増し、今や激しい飛沫をあげていた。

 悠季を掴む葉子の右手。その指先が一気に紅に染まり、恐ろしい力で襟元を引き剝がした。

 ビィッと音をたてて裂けていくワイシャツ。左肩から胸までが露わになる。


 ――そこにはまだ、あの傷跡があった。

 スレイヴたちに『虚無石』を埋め込まれた時の痣が。

 それだけではない。一度だけ葉子にも見せた、消えることのない無数の傷跡までも。

 満足げにそれを眺めながら、葉子はさらにその傷を指で撫ぜた。赤黒い指先で。


「ぐ……うぅ、あ……っ!!」


 触れられるたび、何故か疼く傷。身体の奥まで響く痛み。

 ――十年以上前の傷だってあるのに。痛み自体は、とっくになくなったはずなのに。



「悠季、なかなか見せてくれないよね。自分の身体も、心も。

 だから私……いつも、不安だった。

 ねぇ。ここには……どんな傷があったっけ?」

「お、おい!!」



 そう呟きながら、さらにベルトにまで伸びていく葉子の指。

 駄目だ。それだけは――

 だが悠季が必死に身をよじっても、さらに拘束が強まるばかり。



「貴方のこと、全部知りたいの。そうでなきゃ、不安でたまらない。

 いつか悠季が、私を捨てちゃうんじゃないかって。

 ――ベレト君みたいに」



 赤く染まった葉子の指先から、微かに電撃のような火花がバチバチと走る。

 それは無防備にされた悠季の胸にも跳ね、軽い衝撃でボタンまでが飛んだ。

 全身に痺れが走り、思わず呻き声さえあげてしまう悠季。



 違う。ベレトは……

 そう口にしようとしかけたが、悠季の喉までもが葉子の手で捕らえられ、絞めつけられてしまう。

 もはや完全に瞳も白目部分も真っ赤になってしまった葉子の眼球。まるで焦点が合っていない。

 口の端を異常なまでに引き上げながら、笑みの形に凍りついている葉子の表情。



 ――これも、葉子の心なのか? 本当に?

 これほどまでに重苦しい感情を、葉子はずっと……?



 でも、何かが違う。悠季を縛りつける葉子の指先に、奇妙な違和感がある。

 その違和感が、ずっと呼びかけている――これは葉子であって、葉子ではないと。

 葉子ではないが――悠季自身の知っている、何かだと。



 悠季は思い出した――ケイオスビースト戦での決着直前、唐突に自分に呼びかけてきた声を。

 激しい戦闘の中、『怨毒』のスレイヴが執拗に足を掴んできた――

 あの時の声を。



 ――また、僕を裏切るの?

 ねぇ……イーグル。



 この感覚は、やっぱり。

 あいつは生きていた。どういう理由かは分からないが、生きてて……

 こっちの世界に来て、そして――

 葉子の中へ、入りやがった!!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 下水道の水の描写。 ゲームの世界に住んでた悠季と、ゲームを通して世界を認識していたヨーコとでは、水の透明度は違いますよね。 こういう細かい部分がちゃんと書けてると、いいなぁってなります。 …
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