その2 上司とかいう「不純物」
「あああぁああ、もー!!
仕事の後にまであいつらと付き合いたくなんかないっつーの!!」
「ささ、沙織さん落ち着いて落ち着いて! どうどう!!」
悠季と一緒に自宅に帰ると――
待っていたのは案の定、沙織さんの怒号とそれを宥めるみなと君の悲鳴だった。
「とにかく、あたしは行かないからね!
みなとが何と言おうと、今回だけは、あたしは、ぜっっったいに、死んでも、イヤッ!!」
「って沙織さん、この前もその前も飲み会断りまくりでしょ?
上司さんがたの心証少しでも好転させる為にも、参加したほうが」
「とにかく嫌なの!
飲み会参加したらだいたい隅っこで一人でちびちび、味のしないビール飲むことになるんだから! 料理の取り分けも不慣れなのバレるし! パスタとか麺系を大皿で頼まれたら最悪!!
そして先輩からいつの間にかビール注がれて、気まずい思いすることになるんだから!!
何たって、飲み会参加したからって上司の心証良くなるなんて、あたしの場合、絶対に、ないっ!!」
「別に今回は飲み会ってわけじゃないんですが」
「どうせ、遊園地の帰りにお茶しましょ♪お食事しましょ♪って流れになるに決まってるでしょ! そうなったら同じことじゃない!!」
うん、沙織さんに全面同意。
みなと君も半分ぐらいはその気持ちが分かるのか、大きくため息をつきながら肩を落としていた。
「まぁ……そういうことなら仕方ないっスね。
飲み会の席でヘタうったら、逆に評価下がることもあり得ますし」
「そうよ。これ以上下がりようがないあたしの評価、さらに落としてどうするの?
しかも今回は女子限定。あんたはついてこられないのよ?」
そう言いながら、沙織さんは私を振り返った。
「というわけであたしは絶対お断りだけど、葉子はどうする?」
そうか。すると、悠季やみなと君は勿論、沙織さんも来られないのか……
私は前述の理由もあり、多分出ないとかなりマズイことになるけど。
それを話すと、沙織さんは首を振りながら言ってくれた。
「そんなの、急に用事が出来たからで断ればいいじゃない!
葉子だって行きたくないんでしょ?」
「そりゃ、家で休んでいたいですけど……」
あぁ、駄目だ。
こういう時、私はいつも迷ってしまう。
会社の飲み会とか歓送迎会とか、この手のイベントに誘われた時は、本当に嫌な気持ちの方が先に出てしまうけれど。
でも、心のどこかで、何かを期待している自分がいるのも確かなんだ。
もしかしたら、今の状況を打開出来るような、思わぬ出会いがあるんじゃないか。
もしかしたら、意外に話せる上司や先輩と出会えて、仕事のアドバイスをしてくれることもあるんじゃないか。
もしかしたら、力のある上司や先輩と話が出来て、自分に合う部署への異動のきっかけにもなるんじゃないか――などと。
そう考えてしまうから、私はいつも、イベントを容易に断れない。
結果――毎回毎回断りきれず、なし崩しに飲み会やイベントに参加しては、尋常じゃなく疲れ果てるばかり。
勿論、思いがけない良い出会いも、好転の兆しも、あるはずもなく。
それを話すと、沙織さんもウーンと腕組みしつつ考え込んだ。
「葉子の考えも分かるけどさ……
でも、やっぱりあたしは絶対イヤ。
ましてや今回、遊園地でしょ?
本来、仕事も会社も一切忘れて遊びたい、夢のプライヴェート空間。
なのに! なんで! そういう場所に!!
上司とかいう不純物が強引に土足で入ってくるのよ!? 許せないじゃない!!」
何故だろう。沙織さんが、とても尊敬すべき存在に思える……
でも、考えてみれば私も悠季も、そしてみなと君も、沙織さんにとっては会社関係の人間なんだよね。特にみなと君は、最初の頃は上司以上に煩わしい存在だったに違いない。
それでも今の彼女は何の気がねもなく、私たちと小旅行行ったりショッピング行ったりしてくれている。勿論、気分が乗らない時はすっぱり断ってくるけど。
それを考えると、沙織さんにとって私たちは、結構特別な存在なんだなという気がして……
ちょっと、嬉しくなる。
それはともかくとして――
悠季もみなと君も、それぞれ唸りながら思案していた。
「もうこうなったら、兄さん。
葉子さんの妹と名乗ってまた女装しますか」
「それも考えたが、女子『社員』限定とあるから無理だ。
原口のヤツ、そのへんは抜け目なくきっちりしてやがるからな」
私も手元のPCで、ちょっと対策を調べてみたが――
駄目だ。『上司に遊園地に誘われた』で検索しても、「二人きりで誘われたどうしよう」みたいな恋愛相談か、18禁っぽい恋愛小説しか出てこない。
いらない。そんな情報はいらないんだ!!
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翌日のお昼。
私はいつも通り、藤田さんや吉原さんとランチしていたが――
話題が例の遊園地イベントの件になると、彼女たちは当然とばかりにノリノリだった。
「お酒が絡まないってのがやっぱりサイコーだよね!
私、あそこの観覧車大好きなんだぁ~♪ この前友達と行った時もね~♪♪」
などと、滅茶苦茶楽しげな藤田さん。
「そうねぇ、昔は子供と一緒によく行ったんだけど、最近はとんとご無沙汰だったしねぇ。
遊園地なんて何年振りかしら。ホント楽しみ♪」
とは吉原さんのお言葉。
うん……
二人とも、断る選択肢は最初からなさそう。
そして多分この二人とは、心の底から分かり合えるなんてことはなさそうだ。




