その14 変わらなくても、いいの?
それは、思わぬ悠季の言葉だった。
私は思わずブランコを止めて、じっと考え込む。
――悠季がいれば、私は大丈夫。そう思ってた。
この会社でもやっていける。そう思ってた。
だけど――
この会社に居続けることは、本当に、私にとって、正しいことなの?
私にとって、最良の選択なの?
この会社で、歪みに苦しみ続けるのは――
「葉子がそれでいいなら、俺もこのままこの会社で、お前のサポートを続ける。
だけど――ちょっとだけ、考えてほしいんだ」
私と同じように、ブランコを止めた悠季。
紅い夕陽に照らされたその横顔に、笑みはもうない。
「前にも言ったとおり。
俺は、葉子を幸せにする為に、この世界に来てる。
覚えてるか? 俺があの不幸部長に言ったこと」
勿論、覚えている。
――相棒の自立と幸福を、会社が著しく阻害している上に改善の見込みがないと俺たちが判断すれば。
即、会社から相棒を引き離すことだって出来るんだ。
幸部長に言い放ったあの時も。悠季は、どこまでもカッコ良かった。
でも、今、それに触れたということは――?
身体が小刻みに震えだす。
私は、決めるべき時に来ているのかも知れない。
会社が私を見捨てるのではなく、私が、この会社に、見切りをつけるべき時に。
「大丈夫だ、葉子。
お前がどんな決断をしたって――
いつでも俺は、そばにいるから」
いつのまにか、ブランコの鎖をぎゅっと握りしめていた私の手を――
悠季はそっと、上から包み込んでくれた。
相変わらず古傷の目立つその手は、どこまでも優しい。
――私、辞めてもいいの?
今まで、どれほど心をよぎったか分からないその疑問。
だけど、それを実行できる自分が全然想定できなくて、いつも心を抑えつけては、無理矢理会社に行き続けていた。
河澄さんは、いとも簡単にそのハードルを乗り越え、会社を辞める決断をした。
――でも……でも、私には。
「……ごめん、悠季。
私には……まだ、そこまで、決められないよ」
自分でも、消え入るような声だと思った。
それでも悠季は手を離さず、力強く言ってくれた。
「当たり前だ。河澄は軽々と決めたように見えるけど、裏では散々悩んだだろうし。
こんなの、さっさと決められる人間の方がおかしいさ。
でも……出来れば、じっくり考えるのもいいと思うんだ。
俺――葉子を、こんなところで歪ませたくないから」
そう言い切る悠季の手は、どこまでも暖かかった。
「……さて、と。
今日の夕飯、何にする?
葉子が疲れてるなら、俺は栄養剤でもいいけど」
いつも通りの笑顔で尋ねてくる悠季。
もう、彼との生活は当たり前の日常になってしまった。
だけど――
私が会社を辞めたら。
悠季は果たして、どうなっていくんだろうか。
この、とりあえずは平穏な生活は、どう変わるんだろう?
胸にはふと、そんな不安が去来したけれど。
それを押し隠すように、私は笑顔になってみせた。
「ううん、そういうわけにいかないよ。
悠季だってみなと君だって、ちゃんと食べてもらわなきゃ。
今日は鮭のムニエルにしようと思って!」
「お、うまそー!
ま、俺は葉子の料理なら、何でもうまいけどな」
一切照れることなく、さらりとそう言ってのける悠季。
その笑顔を見ながら、思った。
うん――まだ、私は、このままでいい。
変わらなくていい。
今日と同じ、明日が続けば。
ずっと平穏に、悠季と一緒に、過ごしていければ――
第5章・Fin




