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その30 真相は闇の中、とは限らない

 

「天木さんから受け取ったLPを使い、自らの持てる力全てを術力に変換し、ビーストの体内で爆発させた。

 その力を取り込もうとしたビーストは、暴走する力に身体が耐えられず、爆散……か。

 全く、無茶をする」


 全てが終わった後。

 葉子と沙織、みなと――そして悠季は4人全員、即時入院となった。

 特にLPを全て使い果たした悠季とみなとは重傷で、みなとは緊急手術後1日経過してようやく目覚め、悠季に至っては丸2日、目覚めなかった。

 3日目の朝、ようやく悠季は意識を取り戻したものの、またすぐに昏々と眠ってしまい。

 1日のうち20時間は眠っているというありさまだった。


 眠り続ける悠季を見つめながら、広瀬が困ったように頭を掻く。

 そんな悠季を、葉子は隣のベッドから静かに見守っていた。


「でも……本当に良かった。

 昨日悠季が目を覚まして、心の底からほっとしたんです。

 これでやっと悠季は、解放されたんだなって」


 ポケットに手を突っ込みながら、呆れたように広瀬は呟く。


「天木さん。貴方こそ、軽度とはいえ肝機能障害まで起こしていたじゃないですか……

 しっかり栄養つけて、健康体を取り戻してください。

 神城のそもそもの役目は、貴方を幸せにすることだ。それを忘れないで下さいよ」


 葉子と沙織も、一時的に極度の貧血に陥り入院中だ。

 広瀬の計らいで、葉子は悠季と一緒の、沙織はみなとと一緒の二人部屋で。

 すぅすぅと寝息をたてる悠季を見つめながら、広瀬は言う。


「今回のケイオスビースト討伐は――

 抽象的な言い方は不得手ですが、貴方がた4人全員の、絆の力と言っても過言ではありません。

 神城は勿論、天木さん、須皇さん、そして仁志。

 誰が欠けても、決して勝利は掴めなかった。

 天木さんと須皇さんには、本当に、感謝してもしきれない。

 神城と仁志が元気になったら、何発でも殴られる覚悟ですよ」


 苦笑する広瀬に、葉子は思わず反論する。


「そんな。

 私たちだけじゃありません。広瀬さんがいなかったら、私なんてどう動いていいのかさえ、分からなかった。

 悠季に命を賭けると決めたのは、私の意思です。広瀬さんはそれを手助けしてくれただけ。

 悠季には後でしっかり、私から説明しますから」


 ベッド脇から、葉子は悠季の前髪をそっと撫ぜる。

 包帯で覆われた額に、きっちりガーゼで塞がれた右眼が、痛々しかったが――

 それでも悠季はすっかり安心したように、眠りに落ちていた。



 ケイオスビーストの撃破後。

 経済総合連合会――略して経総連の幹部が数人逮捕されたというニュースが、ごく小さく取り上げられた。

 容疑は、次元通行法違反。異世界に通じるゲートを無断で私的利用したという件しか、ニュースでは伝えられていなかったが。

 それについては、広瀬から詳しく説明があった。

 彼の読み通り、ケイオスビーストを中心とした一連の厄災は、経総連の幹部らが引き起こした人為的なものだったと。


 異世界PIPにより、それまでブラック企業が横行していたこの国の労働環境には劇的な変化が起きた。

 無能呼ばわりされていた弱者が異世界人により救済され、異世界人の強い意思と能力は、企業の体質そのものにまで変化を齎した。

 労働者からひたすら搾取するばかりではなく、顧客のみならず労働者にも幸福を齎す方向へと。

 だが当然、搾取する側――ごくごく一部の特権階級の中には、それを快く思わない者もいた。

 彼らは古い体質に縋り、異界の者を疎んだ。

 彼らにとって異世界人は未だ、『若い奴らのくだらぬ妄想が生んだ甘え』であり、『若者たちを労働から遠ざけて引きこもりを生み、犯罪者に仕立て上げる毒物』でしかなかった。

 凝り固まったその思考は、異世界人たちが現実に姿を現して以降も、頑なに変わることがなく。

 時代の流れを拒んだ彼らは、最後のあがきを強行する。

 そして――


 次元管理局を通さず、無断で異世界へのゲートを開き、大量の異形をこの世界に召喚した。

 特にイーグルに怨みを抱くスレイヴたちなどは、その格好の餌食だったのだろう。

 彼らを暴れさせることで異世界の脅威を世間に曝け出し、悠季を始めとする異世界人たちを追放しようと企んだ。

 それが――

 一連の厄災の、裏事情。



「時代の流れを拒んで引きこもったのは奴らの方で。

 犯罪者となったのも奴らの方だ。

 非常に悔しいのは、この件に関してはマスコミもほぼだんまりを決め込んでいることですね。逮捕者の中には大手マスコミ幹部もいたくらいだ……奴らの影響力は今も根強いのでしょう。

 奴らの逮捕前はあれだけ異世界の脅威を報道していたというのに、ことが終われば、せいぜい厄災の被害状況を小さく報じる程度だ。

 違法召喚された異形をどれだけの国民が目撃したか知れないのに、それに関しては完全に押し黙りやがった。勿論、神城や仁志、天木さんや須皇さんがどれだけ命を削ったかなど、報じられるはずもなくね」


 時たま乱暴な言葉を交えながら、広瀬は呟く。

 それだけ怒りも大きいのだろう――

 しかし葉子は、マスコミに一切報じられないことには逆にほっとしていた。そんな事態になって、国を救った英雄だの勇者だのと自分たちがカメラの前に晒されでもしたら、それこそ自分は緊張と羞恥で死んでしまう。


 それに――

 マスコミで報じられずとも、葉子は既に知っていた。

 しっかりSNSでは、自分たちの噂が大量に流れていることを。


「でも、広瀬さん。

 SNSで見ちゃったんですけど……悠季の動画。

 雷霆湖で、一人で必死に戦ってる時のものが」


 葉子はサイドテーブルのスマホを取り上げた。

 広瀬はさも苦々しげにその様子を眺める。


「早くも1000万再生されてるっていう、あの動画ですよね。

 あの時、周辺地域には避難指示が出ていたはずなのに……一体どこの馬鹿が撮影したのやら」


 広瀬の愚痴を聞きながら、葉子はスマホでその動画を再生した。

 そこに映し出されていたのは――


 まだ葉子たちが到着する前、必死で孤軍奮闘していた、悠季の姿。

 傷だらけの身体で森を駆け抜け、スレイヴの放った鉄球を躱し、鎖を駆けあがり、銃を乱射しながら天へと跳躍し――

 力いっぱい、スレイヴの喉元へ短剣をねじりこむ。

 間違いなくそれは、悠季の必殺技――ロッソ・スカルラットだった。


 葉子すら目撃出来なかった、悠季のそんな姿は――

 当然、SNSでは称賛の嵐だった。


 《何コレかっけぇ》

 《勇者だ……》

 《泣いた》

 《超絶カッコ可愛い》

 《真の英雄じゃん。何で報道しないのマスゴミは》

 《え、現実だよね?》

 《血まみれやんけ、健気すぎやろこの娘》

 《どなたか教えてください。彼(彼女?)生きてますよね?》


 ――うん、生きてるよ。

 葉子は心の中で呟きながら、動画を繰り返し眺める。

 コメントは悠季を讃える声と、だんまりを続けるマスコミへの怒りで溢れていた。中には、経総連幹部と厄災との関わりを指摘する意見もちらほら見られた。

 というか、悠季を女の子だと勘違いしているコメントが結構な数あるのは何だろう。

 確かにこの時の悠季、スーツボロボロだったし、角度によってはズボンがスカートに見えるし、元々細身の美形で擬態の術も解除されていたから、そう見えても仕方がないかも知れないけど。

 ――でも。

 推しのカッコよさがみんなに認められるのは、自分のことでもないのに、すごく嬉しい。


「天木さん。見るだけなら構いませんが、書き込んじゃダメですよ」

「大丈夫です。

 悠季って……こんなにカッコ良かったんだなぁって」


 斧の斬撃を躱しつつも、袖を引きちぎられる悠季。

 それでもスレイヴらの真上を取り、ドロップキックを叩き込む。

 直後に爆光が画面全体を覆い尽くし、撮影者が慌てて避難したのか、そこで動画は終わっていたが。

 それでも葉子は何度でも、動画を再生し続けていた。何度見ても飽きないし――

 見ているうちに、涙が出てくる。

 同時に、世界の片隅で一人傷つき続けていた彼の姿に、複雑な想いにもかられてくるが。


 その勇姿は多分、どこのマスコミに持ちこんでもシャットアウトされるだろうけど。

 こうして確実に、大勢の人を魅了している。

 報道されなくても、たくさんの人が、悠季を、異世界人たちを、信じている。


「……さて。

 私もそろそろ、失礼しますよ。

 しょっ引いたお偉方の後始末と、緊急で引っ張り出した転送装置の使用状況報告、その他諸々の報告書が山積みだ。

 今夜中に、少しでも片付けないといけませんからね」


 そう言いながら、広瀬は病室を後にしていく。

 しかし戸口で誰かと鉢合わせしたのか。少し驚いたような会話が聞こえてきた。


「おい……宝楽(ほうらく)

 まだいたのか。あとの二人はもう帰ったんだろう?」

「ヨルミは用事済んだからって、とっくに。

 ランハートは滅茶苦茶イーグルと話したそうだったけど、相方がまたミスったらしくて、慌てて帰ってった。

 あたいは幸い、まだ暇だからね~」

「そうか。

 ……って、こら。また猫耳、はみ出してるぞ」

「またまたぁ。そんな怖い顔しなくても~」


 彼と入れ替わるように、部屋に入ってきたのは――


「へへ、初めましてぇ。

 ……って、言うべきなのかな?」


 健康的な小麦色の肌の娘が、元気よくウィンクする。

 後ろで一本に結ばれた、瑪瑙色の三つ編み。大きな青い釣り目。

 何よりも象徴的なその猫耳は、今は白いスカーフを巻きつけて用心深く隠されていたが、葉子には分かった。

 ――彼女はイーグルの幼馴染、アガタだ。

 窮地に陥った彼を、鉄下駄の蹴りで助けてくれた、獣人の少女。



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― 新着の感想 ―
[一言] イーグルがケイオスビーストにもぐもぐされてる時はもうだめかと思いました笑 こうしてめでたしめでたしになると、なんとも感慨深いですねぇ。 そして、次回修羅場か?
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