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その28 急転直下

 

「ギリギリでしたがどうやら、間に合ったようですね。

 非常用の転送装置まで引っ張り出したんだ、こうでなくては困るが」


 ランハートの張った光の壁を見守りながら、広瀬がほっと胸を撫でおろす。

 葉子も酷い頭痛の中、何とか顔を上げた――


 そして分かった。

 今自分たちを助けてくれたのは、悠季やみなとと一緒に、頻繁にゲーム内で使っていた仲間キャラたちだ。

 魔族によって滅ぼされた騎士の国の王子、ランハート。

 そしてもう一人は、マイスの隣町、オルディンのシーフギルドに属する獣人の少女、アガタ。

 彼女はイーグルのライバルでもあり、盗賊仲間でもあり――

 幼馴染でもあったはず。



 さらに葉子たちの前に、一陣の風のように現れたのは――

 ストレートの美しい黒髪をさらりと靡かせた、色白の少女。

 その細腕には、全身に傷を負ったみなとがぐったりと抱きかかえられていた。


「彼をお願い。まだ生きてるけど、すぐに手当てしないと危ない」

「あ、貴方は……ヨルミ?」


 一気に変化した状況に追いつけず、葉子は呆然と目の前の少女を見つめるしかない。

 ヨルミ――彼女もまた、イーグルとハルマの次に葉子がよく使っていた強力なキャラだ。

 元々闇の女王の末裔だったが、ルートによっては魔族の残忍さに怒りを抱き、主人公側に心を開くこともある。物静かで人との接触を避けたがる彼女だが、体力・術力・生命力・素早さなどの各ステータスはどれをとっても申し分なく、普通に育てていれば仲間キャラの中では間違いなく最強とも言われている。

 グレーのビジネススーツに身を包み、膝丈のフレアスカートの裾から覗くすらりとした脚が、眩しかった。


「イーグルとハルマのおかげで、ビーストの体力は9割がた削れてる。

 でも、油断しないで」


 それだけ静かに言い放つと、彼女は背中に負った小型弓を取り出した。

 手にした瞬間、緑の淡い光を帯びたその弓は、まるで樹木が高速成長するかのように一気に巨大化する。

 慣れた手つきで弓を構えたヨルミは湖へ向き直ると、弓をビーストにではなく、天空へと向け――

 切れ長のブラウンの瞳が一瞬、血のように真っ赤に輝いた。


「風闇水合成術・奥義――

 神速轟天弓!!」


 天に向かって超高速で撃ち放たれた、無数の矢。

 遥か成層圏まで一瞬で駆け上った矢が、落下の加速を伴って高熱を帯び、無数の小さな隕石の如く変化して敵へ降りそそぐ――それがこの技の、ゲーム内説明であった。

 まさにその通りに、ヨルミの放った光の矢は超高速で雪崩の如く天からビーストへと一気に降りそそぎ、恐ろしい轟音と共に巨獣の動きを止めていく。

 一切の反撃を許されず、ただただ光の矢の集中攻撃に晒され、悲痛な雄叫びを上げるビースト。

 最早勝負は、決したかに見えた。



 *******



「イーグル。後は私たちに任せて、貴方はここにいて下さい。

 無駄に動かないように!」


 そう言いながらランハートは、比較的安全と思える岸辺に悠季を寝かせ。

 激しい攻撃を続ける仲間たちの許へ、一気に飛んでいく。

 頭の中では、葉子の切れ切れの声が届いてきた。


 《悠季。

 ……悠季、大丈夫?》

「あぁ……俺なら、平気だ。

 それより葉子、お前は? あと、ハルマは?」

 《私なら、まだ……ちょっと頭痛いけど、何とか。

 みなと君も、ヨルミが助けてくれたよ。沙織さんがもう、限界だけど……》


 そう呟く葉子の声も、力を失いつつある。

 倒れそうになる身体を支えながら、自分に呼びかけているのだろう。

 アガタとランハートの連携攻撃、そしてヨルミの矢による集中爆撃を受けて、思いきりのけぞるビースト。

 それでも怪物は抵抗を続けながら、少しずつ悠季のいる場所へと移動し始めていた。


 ――奴の狙いは、俺か。

 あいつは血を欲してやがる。覚醒の源になった、俺の血を。


 よろよろと身を起こしながら、悠季は湖を見据える。

 何度も修復したはずのスーツはいつの間にか、殆ど血まみれだ。その赤には勿論、みなとの血も混じっている。

 立ち上がろうとしただけでも全身に激痛が走り、撃ち抜かれた右肩の傷口から血が迸る。

 葉子の力で、回復は出来たはずなのに――

 舌打ちしながらもズボンの裾を破り、切れ端を肩に巻きつけて応急手当をする悠季。それでも出血は容易に止まらない。

 疲労が、完全に限界に達した証拠だった。


 湖では――

 ヨルミの矢を受けても、ランハートの斬撃でも、アガタのジャンプ蹴りでも、ビーストはまだ倒れない。狂獣の反撃は執拗に続き、ランハートさえもまともに直撃を喰らい、大きく吹き飛ばされていた。


 ――あと一撃で何とかなるかと思ってたのに。

 無理に特攻してたら、俺、死んでたな。


 荒くなる呼吸を抑えながら、悠季はもう一度氷河剣を握りしめる。

 ――だが、その時。


「……?」


 悠季は気づいた。

 ビーストとは真逆の方向から、誰かが自分を呼んでいることに。

 足元を覆う波が、意思を持つようにちゃぽんと不自然に跳ね上がり、彼の足を包む。

 それは血の塊の如く赤黒く染まった、触手。

 その感触に、悠季は覚えがあった。


「――スレイヴ!?

 しつけぇぞ、てめぇ! まだ生きてやがったのか!!」


 自分の身体を容赦なく痛めつけたあの感覚を思い出し、思わず剣を振り翳す悠季。

 間違いない。こいつは、『怨毒』のスレイヴだ。

 俺を散々弄りまくりやがって……昔の嫌なことばかり思い出しちまったじゃねぇか。

 怒りに任せ、悠季はそのまま剣先を足元の塊に突き刺そうとする。

 ――だが。



 ――イーグル。

 この感じ……やっぱり、君だったんだ。



 不意に、頭の中に響いた声。

 葉子のそれとは全く違うその声は、悠季の剣を一瞬、止めてしまった。

 ぼろぼろ崩れ落ちるままの刃を振り翳したまま、凝固してしまう悠季。

 裾を破った結果剥き出しになったふくらはぎに、触手はゆっくりと絡みつく。

 大きく見開かれ、震えだす紫の瞳。



「まさか……今の声……

 ベレト?」



 その動揺を嘲笑うかのように、悠季に囁き続ける声は。



 ――また、僕を裏切るの?

 ねぇ……イーグル。



 湖の底から這いあがってきた血の触手は、悠季をからかうようにするりと脚から離れた。

 そのカーマインレッドは音もなく静々と、水面へと消えていく。

 茫然と佇む悠季を、そのままにして。



「……生きて……た?

 あいつが……」



 あまりの衝撃で、悠季は一瞬、周囲への警戒を完全に怠っていた。

 そんな彼を現実に引き戻したのは、葉子の絶叫。



 《――悠季。

 悠季! 上!!》

「!!」



 その声に跳ね飛ばされたように、悠季ははっと天を見上げる。

 すぐ頭上に迫っていたのは――

 ケイオスビーストの頭部。

 仲間たちの容赦ない爆撃に鱗を燃やしつつも、その紅の眼球は真っすぐに悠季を捉えていた。


 大きくあんぐり開かれた口。

 三重ほども重なった、黄色く汚れた牙。

 その奥には、口蓋のほぼ全てを覆い尽くした細かな絨毛と、真っ赤な舌が見えた。


 ――喰われる!


 咄嗟に水を蹴り、飛び退いたが。

 凶獣の威容と速さの前では、それすら間に合わなかった。







「悠季!!!」

 眩暈と戦いながら、力の限り絶叫する葉子。

 そんな彼女の眼前で、無情にも――



 悠季は真上から呆気なく、喰われた。

 左腕と、その手に握られた氷河剣だけを残し、

 他の部分は一息にビーストの牙に呑まれ。

 葉子の視界から、完全に消失する。



「あ、あぁ……

 あぁああぁぁぁあぁああぁあああああ!!!」



 この事態に、倒れていた沙織も、各所へ連絡を取り続けていた広瀬も。

 駆けつけた仲間たちも、動揺を隠せない。



 メリメリ、ガシュッ、グシャッ、……



 葉子の耳に無惨に響くものは、悠季の身体が壊れていく音。

 牙の外に飛び出したままの左腕から、鮮血が宙へ噴き出した。

 握りしめた氷河剣が彼の命の如く激しく明滅しては、その光を失っていく。

 同時に、バイザーに記された彼のステータスも、次々に表示が壊れていく。

 ステータスウィンドウ全体に激しいノイズが走り、あらゆる数値がただの棒線に変わっていく。

 HPとLPだけは点滅を繰り返しながら、それでもしつこく表示され続けていたが、その数値は加速度的に減少していた。



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