その43 暴かれた本音と、現れる真打ち
大きく見開かれた紅の瞳。そこにはもう、先ほどまでの嘲りの色は殆どない。
お願いだから、私を捨てないで――
そう叫びたくてたまらない子供の目だ。
風の魔女も、申し訳なさそうに口を出す。
「相手にするのも面倒だから、いつも適当に答えて、電話切り上げてたんだけどねぇ……
気にしないつもりだったけどやっぱり、あたしらにとっては結構な重荷になって、心のどっかに積もり積もってたんだねぇ。
親の言葉ってさ」
最早炎の魔女に、先ほどまでの貫禄はなく。
ただただ床にぺたりと座り込み、全てを拒絶するように頭を抱えこんでいた。
喉の奥から絞り出されたのは、震えるような声。
「私は……イヤだ。そんなの、絶対にイヤ。
悠季以上の人が私に現れるなんて……絶対にありえないよ。
それぐらい、私にとって、悠季は滅茶苦茶に大きな存在なんだよ……?」
あぁ――もう、十分だ。
この炎の魔女から――
葉子の深層とも言うべきこの存在から、これほどの言葉を引き出せた。
もう、いいじゃないか。たとえ自分が、葉子に利用されるだけの存在だったとしても。
「悠季に会えない、顔も見られない、言葉もかけてもらえない、そばにいてももらえない――
人は生きている限り、いずれそうなる。
いつかそうなっちゃうって、分かってるけど!」
とりとめもなく叫び続ける、炎の魔女。
いつの間にかその背後には、風の魔女と水の魔女が寄り添いながら、その肩に優しく触れていた。
「でも、もうイヤなの。
マイスで、誰にも見向きもされずに死んじゃった貴方を見てから……
もう二度と、貴方をこんな悲しい目に遭わせたくない。
こんな風にいなくなっちゃう貴方を、二度と見たくない。
そう思ったから、私は――!」
――そう。葉子自身が何をどう取り繕ったところで、その事実は変わらない。
最初に俺の死を見た時、葉子が取った行動。
二度と、俺を死なせない。その強い決意。
「あんな風に死んじゃった貴方を、放っておけるわけ、ないじゃない!
あんな風に死んで、誰からも見向きもされなくなる貴方なんて、二度と見たくないの!
あんな風にいなくなっちゃうなんて……
それでもみんな、そういうゲームシステムだから、そういう世界観だから仕方ないって……
むしろそういうゲームだから楽しいんだって言い張って!
貴方を助けようとするヤツなんか、誰もいなくて!
それどころかみんな、笑いながら貴方を何回も殺すようなヤツばっかり!
誰も貴方を見ない。誰も貴方を知ろうとしない。誰も貴方を分かろうともしない!!
ふざけるな、ふざけるな、いい加減にしろって……
貴方を見捨てる奴らなんて、貴方と同じように全員、誰からも見捨てられて死んでしまえばいい。ずっとそう思ってた!!
そんなの……
もう、嫌だよ……寂しいよ……!!」
それは間違いなく、本当の葉子であり、葉子の本心。
それだけは、何をどうやったって、覆されることはない。
悠季はそっと彼女の前に跪き、その手を取った。
ほぼ同じ高さで、魔女と悠季の視線が交わる。
「――ありがとよ。
それだけ分かれば、もう十分だって」
「えっ……?」
「現実問題、この先お前と暮らしていくにゃ、色々あるかも知れないけどさ。
それでも、二人離れ離れにならなきゃいけないなんてこたぁ、ない。
今までどおり、いや今まで以上に遠慮なしに、俺を利用してくれていいんだぜ?」
まじまじと悠季を見据える、炎の魔女。
その瞳にはもう、先ほどまでの威圧感はまるでない。
ただただ見捨てられた子供のように、今にも泣きだしそうな目だけが、そこにある。
「悠季。
ずっと、一緒に、いてくれるの?
私が強くなれなくても、ずっと、一緒に、いてくれるの?
私が社会に適応できなくても、一緒に、いてくれるの?」
「いるさ。
でも、可能な限り、お前が強くなれるようにする。
この世界で、生きていけるようにする。
それがお前の元へきた、俺の役目だからな」
全ての力を失ったかのように、その場に崩れ落ちる魔女。
それと同時に、部屋に渦巻いていた紅の炎が、呆気なく消失した。
彼女を両側から支えながら、風と水の魔女もほっと胸をなでおろす。
「はぁ~
どうなることかと思ったけど、これでとりあえず一件落着、ってとこ?」
「う、うん……
ま、まだ多分、全面解決には程遠いけどね」
しかしそんな彼女たちの真ん中で、炎の魔女はまだ何かを呟き続けている。
「……駄目、だよ。
悠季。駄目なんだよ、それじゃ。
お互いがお互いを利用し合う為に、一緒にいるなんて。
だってそれは――」
「えんちゃん?」
額から大量の汗を垂らしながら、頭を振って呟き続ける魔女。
視点は定まっておらず、あれだけギラギラ輝いていた目の光も消えかかっている。
と、その瞬間――
ゴウッと地の底から鳴り響く轟音。
同時に部屋全体が、大きく揺らぎ始めた。
「ひ、ひゃあぁああっ!?」「きゃああ!! な、何!?」
やたら素っ頓狂な風の魔女の悲鳴と、それなりに儚げな水の魔女の叫びが交錯する。
容赦なく崩れ落ちてくるダンボールの山。ドサドサと音をたてて、砂埃と共にまき散らされる本。
それらを避けもせず、ただ茫然と座っているだけの炎の魔女。
そんな彼女たちの頭上に響いた声は――
「えんちゃん。それって世間的に何ていうか、貴方なら分かってるよね?
『共依存』って言うんだよ~?」
明るいキャラメル色ベースの、フリルたっぷりのドレス。
ふわりと空中へ靡く、ブラウンの髪。
髪と同系色の大きな瞳。赤フレームの眼鏡。
――そして、身体と同じほどの長さを誇る木製のこん棒。
「打算でお互いを利用しあうような関係なんて、長続きするわけないでしょ?
お互い、本当に好きになってなきゃ、ダメなんだよ?」
そこにふわふわと優雅に浮かんでいたのは――
悠季にとっては、この世界の案内人とも言うべき存在。
魔女たちにとっては、『石の巫女』と呼ばれ忌み嫌われるもの。
――土の魔女、その人だった。




