その40 抱きしめたくて、たまらなかった!
「ねぇ。すいちゃんはどう思う?
天木葉子が、イーグルを見捨てなかった理由」
そう聞かれて真っ赤になりながら、水の魔女はおずおずと上目遣いで悠季を見つめる。
だが発せられた声は、意外なほどはっきりしていた。
「だ、だって……そんなの、決まってるじゃない。
悠季も、イーグルも
……めちゃくちゃ可愛いし、カッコイイから……だよ」
それを聞いて、思わずぷっと噴き出す風の魔女。
当然、水の魔女は頬を膨らませた。
「わ、笑うくらいなら聞かないでよぉ!」
「あはは、ごめんごめん。
でも、意外と真理かも? って思ったらさ」
そんな言葉に、感情を刺激されたのか。
水の魔女はいつのまにか大声で主張し始めた。
「だってそうでしょ?
イーグルの氷晶流星雨もロッソ・スカルラットも、いつだって超絶カッコイイし!
でも、やられかけてちょっと気弱になってる表情もカワイイし!」
「え、ちょ、すいちゃん?」
慌てて止めようとする風の魔女だが、早口で語り出した水の魔女はもう止まらない。
「悠季になってからだって、スーツ姿滅茶苦茶イイし、ちょっとけだるげな表情間近で見てたらドキドキしちゃうし……!!
悠季。貴方自身は分かってないかも知れないけど、貴方の色っぽさって異常なんだよ!?
袖から時々ちらっと見える引き締まった筋肉とか、ネクタイ外しかけた時に見える鎖骨とかもう、正直たまらなくてっ……!!」
「いや、あの、そう言われると俺も……」
真っ赤になって身体の中から再び沸騰しながらも、大きな瞳で悠季を見つめる水の魔女。
こうまで熱烈に言われると、悠季本人も何やら頬がかあっと熱くなってくる。
しかも言われている相手は、葉子の精神とも言える存在。
「そんなカワイくてカッコイイ貴方を見捨てるなんて、できるわけないでしょ!?
いつだって、思いっ切り抱きしめたいって、ずっと思ってたんだから……!」
――あぁ、そうか。
悠季の中で、ストンと何かが心地よく落ちていく感覚がした。
単純だが、とても明確な答え。ここにあったじゃないか。
「あの、その……っ!
こんなこと言うと、お前は外見しか見てないのかって言われると思って、恥ずかしすぎて言えなかったけど!!
それでもそのカッコよさって、単なる見栄えだけじゃない。悠季がこれまで懸命に生きてきた証だもの!
意外とゴツゴツした手も、傷だらけの胸も、野心に燃えてギラギラしてる瞳も、ちょっとしたスキに見せてくれる寂しそうな横顔も、全部!!」
悠季自身、外見は正直、人並み以上という自覚はある。
自身の見栄えの良さを利用し、誰かを陥れた経験も何度あったか分からない――勿論、自分と仲間が生き残る為に。
美しい、可愛らしい、女性のようだともてはやされたことも数知れない。
だが――
その容姿のおかげで、酷い目に遭った経験はさらに数えきれない。
だからこそ、悠季は自分の姿をそこまで好きにはなれなかった。
葉子にはそういう過去を殆ど話していない。
それでも彼女は何となく悠季のそんな感情を察知していたのか、もしくは恥ずかしかったのか。
普段、とりたてて悠季の容姿をことさらに褒めたりすることはなかった。当然、性的な欲求を露わにすることも――
しかし今、葉子の中の『水の魔女』は、そんな本音を素直に悠季に明かしていた。
「たまに悠季の寝顔見る時、私がどんだけドキドキするか、分かる!?
一度ぐらいキスしたっていいじゃないって、何べん考えたか分からないよ?
いつも大体朝は悠季が先に起きて、夜は私が先に寝ちゃうから、滅多に寝顔見られないけど!」
その言葉は何故か不思議と、悠季の胸に降りていく。
こういった形であっても、葉子が初めて、自分に対する欲求を見せてくれた。
彼女自身はそれを気恥ずかしく感じているらしいが、悠季は何故か嬉しかった。
これまで、他人からそういう欲求を露わにされたことは幾度となくある。それこそ、幼い頃からずっと――
一方的に欲望を剥きだしにされ、暴力をふるわれ、傷つけられ、辱められたことがどれほどあったか。
それを恥とも思わない大人たちを、男女問わずどれほど見てきたか。
だが、今葉子が露わにした欲望は、そんな汚れ切った奴らとはまるで別種のものだ。
さっき水の魔女が口にした言葉が、それを実証している。
――悠季がこれまで、懸命に生きてきた証だもの。
水の魔女は――葉子は。
俺の傷も、汚れきった身体も、全てを俺として受け入れてくれる。それも、何の疑問もなく。
それが、単純に嬉しかった。
ただ、性的欲求を押し付けるだけじゃない。ちゃんと『俺』を見てくれている――
そんな悠季の心情を察したのか。
風の魔女がふっと微笑みながら、悠季と水の魔女を交互に見やる。
「今のあたしたちには、イーグルと葉子に何も出来ないよ。
せいぜい、この世界に巻き込まれたあんたを助けるぐらいが関の山。
だけど――イーグルにはさ。これだけは、知っておいてほしいんだ
――今、目に見えている魔女だけが、葉子の本質じゃないってことを。
あたしも、すいちゃんも、えんちゃんもアンちゃんも、あのおカタイ石の巫女もみんな、葉子には違いないけど。
そのどれも、葉子であって葉子じゃない。
だから――」
しかし、風の魔女が何か言いかけた、その瞬間。
ドドォッという酷い震動と共に、天井を突き抜け、部屋中を火柱が貫いた。
「ひ、ひゃぁあっ!?」
「や、ヤバ! ゲームが!!」
「うわぁああっ!? こ、この炎は……!」
一気に吹き飛ばされてしまう3人。
爆風に乗って、ボロクズの如く天井に舞い上がっていく無数のダンボール。
とっさに水の魔女が全員を水の塊に包み、とりあえず直接炎にあぶられはしなかったものの――
「これは……
えんちゃん。やってくれるねぇ!」
ギリッと歯を噛みしめる風の魔女。
部屋全体が真っ赤な炎に巻かれる中、その中心に降り立ったのは
――勿論、炎の魔女。
激しい炎の中でもニッコリ微笑み、ギラギラ輝く紅玉の杖を翳したその姿は、可憐でありながらも恐ろしい。
「あ~まいよね~ぇ。
悠季ぃ。二人の言うことなんて、信じることないよ~?
だって二人とも結局、貴方を利用することしか考えてないんだモン♪
あ、勿論、私もだけどね~♪」




