その39 あの日、貴方を『見捨てて』から
当時を懐かしむかのように、心から楽しそうに語り始める風の魔女。
「最初のあんた、滅茶苦茶よわよわでさ。
態度自体は結構横柄で、そこそこの大口叩く癖に、ステータスが全然伴ってなくて。
素早さ以外に取り柄なかったよねぇ」
「バトルじゃだいたい、真っ先に狙われてぶっ倒れちまってたしなぁ。
無能キャラの筆頭って、ネットじゃいつも言われてたみたいだな」
「そ。1周目じゃガチの役立たず。
あたしもさすがに手に負えなくて、あんたを放り出しちゃったっけ」
「ハハ。よっぽどだったなぁ、あの時の俺」
思い出しながら、いつしか悠季も笑っていた。
「でもさ……
あの1周目であんたを手放したあの時こそ、運命の分かれ道だったんだよね。
ゲームで、だけじゃない。あたしの人生にとっても」
そう。あの時葉子がイーグルを手放さなかったら、今の彼女はなかったかも知れない。
イーグルが『神城悠季』になることもなかったかも知れない。
「俺だって同じだ。
葉子があの1周目で俺を見放した直後、俺はケイオスビーストに襲われて一度命を落とした。
もっとも、俺を捨てたプレイヤーは他にもごまんといたさ。そもそも俺の存在に気づかずにずっとスルーし続けるヤツも山ほどいたし、俺を使うことがあっても無能っぷりにキレて以降は全く使わない、ってヤツが大半だったな。
そんな中で――
それでも俺を使い続けたのが、葉子だった」
「うわ~、なっつかしー」
楽しそうに笑う魔女。
その表情は、心から当時を懐かしんでいるように見える。少なくともあの炎の魔女のように、憎悪のあまり逆に大笑いしているのでは決してない。
「マイスが滅んで、あんたがいなくなったって知った時。
なんだかよく分からないけど、すごい虚しくなった。
役立たずだからってあんたを見捨てた結果、こんなことになって――
そのへんの事情はもう分かってると思うけど、だから2周目からあたし、ものすごく頑張ったんだよ?」
懐かしい。
今ではあまりにも懐かしく感じる、葉子との果て無き修行の日々。
元々少ない体力を1上げる為に、苦手な斧を何百回振り回したか分からず。
技を新しく覚える為に、強敵に何百回ボコボコにされたか分からない。
その過程で、仲間もろとも全滅することも幾度あったか知れない。
――それでも。
「何百回何千回負けたか分からないけど、あんたは何度でも立ち上がってきた。
そりゃゲームなんだから当然といえば当然だけどさ、それでもあたしは――
何でだろうね。いつのまにか、あんたを育てるのに夢中になってた。
素早さもだけど、技ゲージがあんなに伸びてったのもビックリだったし。
時間操作術を駆使して技を連発するのも面白かった。
やればやるほど応えてくれる。そんなあんたを見てるのが、楽しくてさ」
いつの間にか、流れるように自分から語り始めている風の魔女。
彼女の言葉を聞いているのは、悠季にとっても何故か心地よかった
――しかし。
「だからね。
毅と付き合ったのってマジであたし――ていうか葉子にとって、致命傷と言ってもいい」
『毅』――
その名を出した瞬間、彼女は明確に唇を歪めた。
「社会に迎合する為に、他人を利用してでも強くなる為に、葉子は毅と付き合った。
最初は、あたしには関係ないと思ってたけど――」
心からの憎悪とはっきり分かる表情。
自分は全部無関係とばかりに飄々としていた彼女にとっても、毅の存在はあまりに酷いものだったのだろう。
「葉子はそれまで、少ない休みをほぼ全部使ってゲームに没頭していたようなもんだけど。
宝石みたいに貴重だったその時間さえ、あのクズ野郎に無理矢理奪われてさ。
あんたとも会えなくなって――この世界は一気に闇に落とされた。
巨大化した闇の魔女が、延々と高らかに憎悪と絶望と怨嗟の歌を歌い続ける、そんな毎日だったよ。
自分に存在価値はある、愛も希望も幸せも、諦めなければどこにでもある――そんなの全部嘘。
そんな嘘を根拠なく吐き続けるものなんて、本もテレビも映画も歌も、ゲームさえも全部まやかし。自分たちを自殺させず、延々とこの世の地獄で働かせるための道具にすぎない――
この世に希望なんかない。この世に愛なんかない。救済なんかあるわけない。
……てな歌をずーっと頭の上から歌われて、魔女たちは全員力を失っちゃった」
その後は、悠季も知る通り。
イーグルは神城悠季として現実世界に出現し、救世主の如く葉子を救った。
ちょうど葉子が、女神の如くイーグルを救ったように。
おかげで闇の魔女は力を失い、他の魔女たちは元通りの日常を取り戻した……のか。
だが、ここにきて――
悠季は少々疑問があった。
そもそもの『始まり』は、何だったのか。
「なぁ。
ひとつ、聞いていいか」
「ん?」
「初めの弱かった頃の俺を、どうしてお前は見捨てなかったんだ?
最初は確かに、同情から俺を拾ったのかも知れない。だけど何故、その後も俺を――」
そんな悠季の問いに、少々首を傾げる魔女。
「何でだろうね?
あんたを育ててて、めっちゃ面白かったのは確かだけど……そのへんはあたしにもよく分からない。
でも、イーグル的にはやっぱ気になるトコだよね。特にえんちゃんの本音聞いちゃうとさ」
そう。炎の魔女が俺を求めたのは、ひたすら利己的な理由からだった。
俺がいれば、自分は生涯苦労せずに済むから。
あまりにもはっきりと、あいつは宣言していたじゃないか――自分を助けてくれないなら、俺などゴミでしかないと。
彼女の言うとおり、最初の頃の俺はステータス的にもゴミそのものだった。
ゲーム内においては使えないキャラ呼ばわりされまくり、無理に連れて行けば足を引っ張りまくる邪魔者。
葉子が本当に他人を、俺を利用することしか考えていないのなら。
育てようとするわけがないんだ。そんな俺を。
風の魔女の言葉からすると、恐らく「面白かったから」「育てがいがあったから」俺を育てたのかも知れない。
いくら努力しても報われない現実と違い、俺はどんなに時間がかかっても、努力した分だけ確実に育つ。それも勿論あったのかも知れない。
だが、それだけでは説明できない。
それだけでは納得できなかった。これまでの葉子を見ていると。
「あんたが疑問に思うのは分かる。
だけど本当に、あたしにもよく分からないんだよ。
もしかしたら――」
そう呟きながら、魔女は悠季の後方へチラリと目をやった。
「すいちゃんの方が、よーく分かってるんじゃないかな?」
再び悪戯っぽく微笑む風の魔女。
その視線の先では、すっかり存在感をなくして縮こまっている水の魔女がいた。
突然話題を振られ、一瞬飛び上がってダンボールの陰に隠れようとする水の魔女。
しかし風の魔女はすかさず、彼女に問うた。
「ねぇ。すいちゃんはどう思う?
天木葉子が、イーグルを見捨てなかった理由」




