その37 荒れる世界と揺れる片翼
悠季を振り返りもせず、ただ目の前の何かに集中したままの『風の魔女』。
しかし彼の目覚めや、水の魔女とのやりとりにはとうに気づいていたのか。
悠季は水の魔女を落ち着かせながらも、その様子を注意深く見つめる。
「からかってなんかいない。
今のは俺の、マジの本音だぜ? ここまで来て、嘘なんかつきようないだろ?」
「ふぅ~ん。
ま、どっちでもいいけどさ。一時はあいつのせいですいちゃん、ホントにマジで蒸発しかけたんだよ? あたしが何とかせざるをえなかったんだから」
「あいつ?
……ベレトのことか」
「まーね。
あと、土の魔女と散々やり合ったのもメッチャ恥ずかしかったみたい。普段言わないようなことばっかりぶちまけまくってたからねー。
はぁ~あ、メンドくさかったぁ~」
それを聞いて、慌てふためいてダンボールの陰に隠れてしまう水の魔女。
「うぅう。い、言わないでぇ……」
風の魔女が今集中しているもの。それは――
葉子がいつも、暇さえあれば見つめていたもの。
しかし悠季は現実世界に来て、初めて目にしたもの。
そして、悠季がイーグルとして生まれ、過ごしていた世界。
――テレビに映し出された、『エンパイア・ストーリーズ』のゲーム画面、そのものだった。
聞いたことがないはずなのに、何故か悠季が懐かしく感じたメロディー。
それはゲーム画面から発されるBGMだった。
そうだ。葉子はいつもこんな風に、ゲームをする時は異様に集中していたっけ。家事も仕事も、睡眠や食事さえも忘れるレベルで。
……しかし今、ゲームをしている余裕はあるのか。葉子自身に。
そんな悠季の疑問に答えるように、風の魔女はカチコチとコントローラを弄りながら呟いた。
「外が荒れ放題の時ってやっぱ、これに限るんだよねぇ~。
ていうか、ちょっと待ってて。もう少しでイーグルのステ、1上がりそうなんだよ。それもさ、なかなか上がらない体力が!
もう1000回は斧振ってるから、そろそろだと思うんだけどなぁ~」
どうやら彼女は懸命に、悠季――つまりイーグルを鍛えているようだ。
懐かしい世界の記憶に、思わず悠季も画面に見入ってしまう。
そこではイーグルとしての彼が、背丈ほどもある斧を構えながら、モンスターたちと対峙していた。見るからに重そうに柄を握りしめるイーグルは、気のせいかどことなく不服そうに見える。
そんな自分を見て、悠季は少しだけ笑ってしまった。
「斧か――俺が一番苦手な武器だったっけ。
武器として使う斧は大体重すぎて、体力が低めの俺には合わないことが多かった。
何とか振り回して技を出しても、大外れになることも多かったし」
「でも、もう分かってるでしょ?
いつも使ってる剣だけじゃ、イーグルの体力ってなかなか伸びないんだよ。あんたが得意なナイフとかレイピアとかの小剣になると、器用さと素早さしか伸びない。
大剣や体術でも伸びないことはないけど、ステータスの限界値までくると結構難しいし……」
「そっか。葉子に鍛えまくられて、俺のステータスはとっくにほぼ全部限界近くに達してるしな。
ちょっと大剣振ったくらいじゃ何も伸びやしねぇ。元々低い体力となったらなおさらだ」
「そ。だからイーグルの場合、体力を伸ばしやすい斧を積極的に使っていく必要もあるんだ。ミスって足引っ張るって分かっててもね」
「そいつも葉子から何度も教えられたなぁ……
斧技外しまくって何百回全滅の危機に晒されたか知らねぇが、それでも葉子は必死で俺に斧を使わせてた時期がある。
だがそのおかげで俺、ケイオスビーストの突進にすら二撃ぐらいは耐えられるようになったんだよな」
「ハハ。あれ、イーグルに限らず大体のキャラが、一撃4ケタダメージ食らって終わるけどねぇ。よく育ったもんだよねぇあんた」
そう呟きながら、風の魔女は初めて、チラリと悠季を振り返った。
「苦手なものでも、敢えて取っ組み合ってその特性を知るのも大事。
そうすることで、得意なものがさらに伸びていくこともあるんだから
……って、ゲームじゃ出来るんだけどねぇ。分かってんだけどねぇ。
いつもあたしは、逃げてばっかり」
わざとらしくペロリと舌まで出しながら笑う、風の魔女。
しかしその横顔は、どこか諦めに近い色が漂っている。
そんな彼女に、思い切って悠季は尋ねた。
「というか、教えてくれないか。
今の状況はどうなってる? 炎の魔女はどうした?」
「あー……あいつね。
とりあえず、すいちゃん。外、見てきてくれる?」
彼女は面倒そうに、水の魔女へと顎をしゃくる。
すると水の魔女は、その半透明の身体を一気に細くした。
蛇のように変化した身体で、積み上げられたダンボールやら雑誌やらの間を器用にするすると通り抜けていく。
やがて何かを持ち上げてはどさりと投げ落とすような音が、何度も響いてきた。
「えいっしょ、おいしょ……
うぅ~、ふうちゃん。そろそろこの部屋何とかしないと、本当に石の巫女に殺されちゃうよ?
えんちゃんだってあれ以上怒らせたら、ここもどうなるか」
「わーってるけど、仕方ないよ。
これがあたしなんだから」
清廉潔白、社会への適合を重んじる『石の巫女』――土の魔女。
そして、悠季を利用してでも強くあろうとする、炎の魔女。
その二人がこのような、怠惰を絵に描いたが如き『風の魔女』の姿を目にしたなら、確かに血で血を洗う地獄になってもおかしくない。
実際、土の魔女と風の魔女は部屋を吹き飛ばすような喧嘩をしていたじゃないか。しかもそれが日常茶飯事だとか。
ダンボールの向こうから、窓枠らしきものがガタガタ鳴る音が聞こえてくる。
悠季の位置からは全く窓は見えないが、外で何やら雷の如き轟音が鳴り響き、かすかに部屋全体がビリビリ震えているのが分かった。
それでもなおゲームに集中したまま、風の魔女は他人事のようだ。
「えんちゃんの暴走に、あいつ、メッチャキレちゃってさ」
「あいつ?
……土の魔女のことか」
「そ。だから今、炎と土っていうこの世界の2大魔女が、激しく睨みあってる。
光の聖女をめぐってね」
床に投げ出したポテチの袋から、素手で無造作に中身を掴んでバリボリと喰らう風の魔女。
説明されている状況とその態度が、まるで噛みあわない。
「つまり、どちらが光の聖女を手にするか。
互いに争いあってるってのか? あいつら」
「そんなとこかな。
あんたももう分かってると思うけど、石の巫女は純粋に光の聖女を探しているけど、えんちゃんは――
光の聖女が見つからないなら、自分からそれを超える強さを得ようとしてる。それぐらい、力を欲してる」
そうなのか。
それほどまでに炎の魔女は――葉子は、力が欲しかったのか。
現実の社会で、たった一人でも生き抜く力を。
「だけどそんな二人がそのまま直接ぶつかり合ったら、この世界が崩壊しちゃうからね。
それは二人も分かってるから、今は互いの様子を探り合ってる段階かな。
でも、睨み合いだけでも外は結構荒れてるんだけどね」
ただならぬ嵐が、部屋全体を包んでいるのが分かる。
嵐だけではない。噴火の如き爆音まで、激しい雨音に混じってくる。
それに合わせるかのように、風の魔女の片翼が微かに揺れた。
「あたしたちはね……確かにみんな、光を求めてた。
あの二人だけじゃない。すいちゃんもそうだし……
アンちゃんも――かつて世界中を絶望に叩き落とした『闇の魔女』でさえもそうだった。
社会に適応出来ない自分が嫌いで。他人とうまくやっていけない自分が嫌いで。ミスばっかりの自分が嫌いで。
それでも、どうにかして普通に生きられる力が欲しかったんだ。
こう見えても、昔はあたしだってそうだったんだよ?」
その時初めて風の魔女は、ちゃんと頭を悠季の方に向けた。
唇に浮かんだ微笑み。だがその笑顔は、どことなく寂しげだった。
「だけどさ。イーグルには……あまり誤解してほしくなかった。
あんたには、ちゃんと知ってほしいんだ。
力を求めるだけが、あたしたちの――葉子の全てじゃないってこと」
諦念の漂う、けだるげな瞳。
だが悠季はもう茶化すことなく、真摯に答える。
「だから、俺を助けてくれたんだな。
あの時の言葉、ちゃんと覚えてる。なかなかカッコ良かったぜ?
本当に葉子が力だけを求めてるなら、俺を助けようとするはずないって
――確かにそうだ。葉子が初めて目にした時の俺なんて、とんでもなく弱いシーフでしかなかったんだから」
「へへ、そうだったよねー。
あそこから滅茶苦茶努力したよね。葉子も、あんたも」
それを聞いて、悠季もつられて笑ってしまった。
本来は笑えるような状況ではないのに。
「炎の魔女の本音を聞いた時、俺、正直ちょっと参ってた。
ホントに葉子が……?ってさ。
でも、それは違う。確かにあいつの言葉も葉子の真実ではあるけど、それだけじゃないんだって……
お前の言葉で、思い出せたんだ。ありがとな」
「それはお互いさま。
あたしだって、イーグルに何度助けられたか分からないんだから。
『神城悠季』になってからのあんただけじゃなくて……イーグルだった頃のあんたにも」
少々意味が呑みこめず、悠季は首を傾げる。
この世界に来てからならいざ知らず、イーグルだった時の俺が、葉子を救った?
あの頃の俺は、葉子に助けられてから、ひたすら鬼の如く鍛えられまくるばかりだったような気がするが。
そんな悠季の疑問を見透かしたように、風の魔女は呟く。
「昔のあたしはさ。
頑張って努力すれば、何にだってなれるし、何だって出来ると思ってた。
魔女たちの中で、一番の努力家って言われてたんだよ?」




