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解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!  作者: kayako
第6章 彼と彼女が「向き合う」時
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その26 楽に生きる為の「剣」

 

 すると炎の魔女は微笑みながら、丸テーブルに乗せられていたガラス製のポットに手を伸ばした。

 彼女がひとつウィンクすると、可愛らしいティーセットがテーブルに出現する。ティーカップの一つは赤と緑の花で、もう一つは紫と青の花で彩られていた。

 ポットはひとりでに宙に浮かび上がり、中の紅茶?を二つのカップにゆっくりと注ぎだした。

 美味しそうな紅の液体はよく見るとかなり濃いめで、ワインのようにも見える。

 紫と青の花のカップの方を悠季に差し出しながら、炎の魔女はにっこり笑った。


「そうだね。

 アンちゃんにも聞いたでしょ? 『光の聖女』を見つければ、この世界はずっと幸せでいられる。『天木葉子』は、自立した強い女になれるって」

「そいつがホントかどうかは分からんけどな。

 聞いた時から、ずっと思ってたぜ。そんな存在を見つけ出したところで、現実はそう簡単に変わるもんじゃねぇって」


 差し出されたティーカップに視線を落としつつも、悠季はそれに手をつけようとはしなかった。脳を蕩かすような甘い香りがかすかに漂ってくる。

 しかし魔女は先に自分で紅茶?を口にしながら、朗らかに笑った。


「えへへ。やっぱり、悠季もそう思う?」

「えっ?」


 それは思いがけない、魔女の言葉だった。

 ということは、彼女は信じていないのか。光の聖女を。

 ――しかしよく考えたら、闇の魔女だってそんなものは信じず、ひたすら絶望に嘆いていたけども。


「私も正直、半信半疑なところあるけどね。

 でも、みんなが――つまり葉子自身が、どっかでそう信じちゃう気持ちは分かるんだ。

 何かきっかけさえあれば、自分は今よりずっと楽に生きられるはずって。

 悠季はそう思ったこと、ない?」



 ――ないと言ったら、嘘になる。

 実際、もっと金があれば。もっと地位があれば。もっと力があれば――

 そうやって他者から様々なものを奪って、結局堕落して自滅していった奴らを、何度となく目にした。

 俺自身、どれだけ力を、希望を求めたことだろう。だけど結局――



 狂おしいほど求めた希望は、盛大に叩き潰されるばかりだった。



 魔女はゆっくりと自分のカップに唇をつけながら、静かに語る。


「葉子はね……実際に子供の頃、そういう経験したことあるの。

 いわゆる成功体験ってヤツかな」

「そうなのか?

 楽に生きられる方法なんて、そう簡単には……」

「いやいや、違うって。生き方とか大それたものじゃなく、ほんの小さなことだよ。

 葉子って小学生の時、算数がホントに苦手でね」


 算数……確か、この世界では子供の頃に教わる算術の基本だったか。

 普段金の計算に関わる仕事もやっているし、数字に関しては葉子はそこまで苦手じゃなかったと思ったが。


「割り算、分数。特にこれが全く理解できなくてね。

 何度も何度も親や先生に叱られて、暇さえあればずっと教科書を何度も読み直してた。

 小テストで何度も酷い点数取ったし、ドリルも何回やり直したか分からない。

 だけどね。そうやっているうちに――

 ある日突然、スーッと理解できるようになったの」


 そう説明されると、悠季にも何となく分かる気がした。

 子どもの頃だと、そういうことは結構あるかも知れない。

 どんなに教わっても分からなかった算盤の使い方が、突然神でも降りたようにふっと分かるようになった経験は悠季にもある。


「似たようなことは他にもあってね。

 私――つまり葉子って、あぁいう性格でしょ? だから小学校の時から、友達がホントに出来なかったの。

 でも、ある時学校でうっかり、自分の好きなアニメのことを口にしたら――

 偶然、そのアニメが好きな子たちが集まってきて。

 その子たちとはとても仲良くなれたの。それまでどんなに苦労してもなかなか出来なかった友達が、すごく簡単に出来たような気がした。

 ――もっともその子たちとは、その学年だけの付き合いだったけどね」


 そう口にしながら、少し寂しげに魔女は笑う。


「そういう、妙な成功体験が結構あったもんだからね。

 葉子は今でも、どこかで信じてる」

「その象徴が、光の聖女ってわけか……

 子供の頃、不意に算術が出来るようになったように。

 今の苦しい生き方も、どこかでふっと楽にする方法があるかも知れないって思ってるのか」

「そう。

 他の人たちが自分よりうまく生きられているのは、その方法を見つけているから。

 自分だけがうまく生きられないのは、自分が光の聖女を見つけられていないから。

 葉子――つまり魔女たちはずっと、そう思ってる」



 そんな悠季の呟きを聞きながら魔女は、目の前でほのかに光る紅のランプに手をかざした。

 するとランプは急激に光を弱め、内部から黒い霧がふわっと噴き出してくる。

 ランプ表面のガラスにその霧がかかったと思ったら、何故かガラス面に景色が浮かび上がってきた。


「な……これは?」

「ふふ。これはね、私が作り出した魔法の幻燈だよ。

 よく見てて。森が見えるでしょ?」


 誘われるまま、ランプを覗きこむ悠季。

 言われた通り、ガラス面には鬱蒼と茂った深い森が映し出されている。

 光が届かず、常に夜のように暗い森。しかしその中心には――


 石造りの台座が一つ。

 その台座に突き立てられているのは、光り輝く大剣。

 しかも膨大な力を抑えきれないのか、表面からは電撃のような光がバチバチと常に放射されている。

 俺たちの世界でもよくあったな。こんな風に、謎の剣が無遠慮に放置されてる森だの神殿だの。

 そんなことを思いながら、悠季は尋ねた。


「この剣は何だ?

 それに、この森……」


 微笑みを崩さないまま、炎の魔女はランプに手を翳す。


「この森は、私の心の最深部とも言える場所。

 そしてこの剣は、伝説の光の剣」

「で、伝説?」

「でも勿論、ただの剣じゃない。

 これを台座から抜くことで、『光の聖女』が現れる。

 そして、天木葉子は幸せに生きられる。周りのみんなと同じように――

 それが、私たち魔女に伝わる伝説」


 そう呟いた瞬間、魔女は大きく右手を伸ばした。

 ――悠季の方へと。

 反射的に奇妙な感覚を覚えた彼は、咄嗟にその手を避けようとしたが。


「……?

 おい、何して……っ!?」


 魔女の指先から放たれたものは、目には見えない、音を聞き取ることも出来ない妙な波動。

 それは悠季の意識すら惑わせ、全身を弛緩させていく。


「でもね。

 これまで私たちがどれだけ頑張っても、誰にもこの剣は抜けなかった。

 だから、今まで誰も聖女の姿を見たことないし、声を聞いたこともないの。

 ――だから私、思ったの。

 そんなもの、本当はどこにもいないんじゃないかって」

「う……よ、葉子……!」


 頭がぐらぐらし、ぐったりと床に両膝をついてしまう悠季。


 ――しまった。あの紅茶に、毒が仕込まれていたのかも知れない。

 口にはせずとも、その香り自体に。それも、心に入り込んだ他者にだけ反応するような毒が。


 そう直感した悠季だが、重くなっていく身体はどうすることも出来ない。

 そんな彼を、魔女はゆっくりと抱き寄せた。


「だから私、自分自身が強くならなきゃって思った。

 聖女がいないんだったら――幸せになる簡単なやり方を、見つけられないなら。

 自分が強くなればいいって」


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