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誕生日プレゼントは何?

作者: 瀬織董璃

「……は?」


 ひと月後に長女ルチアの十歳の誕生日がくる。夕食後の団らんの時間、何か欲しいものはあるか? ……そう聞いてみると、意外な答えが返ってきた。意外、というよりは突拍子もないと言った方がいいのかもしれない。


「ええと、聞き間違いかもしれないわ。もう一度言って頂戴?」


 妻も意図を理解出来なかった様だ。戸惑った顔でルチアに聞き直している。


「『どんなものでもいいから、マルガレーテに譲らなくてすむ物が欲しい』、そう言いました。……そうね。なんなら夕食に出たチキンの骨とかでもいいですわ。マギーにあげなくてすむのなら」


「なっ、なんてことを言うんだ!?」


 発言に驚き、ルチアの顔を見る。ふと、そういえばルチアの顔をまともに見たのはいつ以来か?と思い愕然とした。そうだ……ルチアはいつも大人しく話しかければ返事をするが、いつも私達夫婦は会話中天真爛漫な次女マルガレーテの方を見ていたのだ。


 久し振りにみたルチアの顔は、驚く程冷たい目をしていた。


「お父様。私の五歳の誕生日プレゼントを覚えていますか?」


 ……五歳? 五年前? ……何だったか?


 思い出せず、妻の方を見ると、私と同じだったのか困惑した表情でおろおろとしている。


「私の五歳のプレゼントはくまのぬいぐるみでした。ずっと前からお願いしていて、とても嬉しくて絶対大事にしようって思っていたのですが、いただいたその日にマギーが欲しがり、私が拒否すると『お姉さんなんだから、妹に譲ってあげなさい。ルチアにはまた今度は違うぬいぐるみを買ってあげよう』。お父様にそう言われ、マギーへ譲らされました。あのぬいぐるみ、……翌日に腕と片目がちぎれ、綿がぼろぼろに抜かれた状態でゴミ箱に捨てられていたのをご存じですか? そして、私は未だに代わりのぬいぐるみを買っていただいていないのを覚えていらっしゃいますか?」


「……な、なんだと?」


 そうだ。確かにそう言った覚えがある。しかし、翌日には捨てられていた? そんな話は聞いていないぞ!? だ、だがそれはともかく代わりのぬいぐるみを買うよう妻に言っておいた筈だが? そう思い妻を見ると、真っ青な顔をしている。もしかして忘れていたというのか!?


「六歳の誕生日は綺麗な絵本でした。ですが、表紙を開けてすらいないうちにやはりマギーが欲しがり、お父様に譲りなさいと言われました。一週間後、マギーの部屋へ行ってみたらその絵本は全てのページに絵も字も判別出来ないくらいに落書きがされて部屋の隅に転がっていました」


 ……確か当時流行っていた絵本があると友人に薦められて買った記憶が……。ルチアが六歳ならマギーはまだ四歳だ。字は読めていなかっただろう。……何故私はマギーに譲れと言ったんだ……?


「七歳の誕生日の時は食べ物であれば、と思い、その頃王都ですごく評判で予約すらなかなか取れないと聞いた店のケーキをお願いしました。しかし、私がケーキにフォークを刺すよりも早く自分の分を食べ終えたマギーが、もうひとつ食べたいと駄々をこね、お父様やお母様がご自分のを譲ろうとしても既に手を付けたものは嫌だと泣きわめくので、私にはまた買ってくるからと譲らされました。……その店のシェフは私の誕生日からひと月後隣国の王宮へ引き抜かれたとかで、店は閉店してしまいました。同じケーキは二度と食べられないでしょう」


 確かに使用人に買いに行かせたら、店が閉店するので購入も予約も出来ないと聞いた記憶がある。買えないのなら仕方ない、とは思ったが、私はその事をルチアに話したか?


「ケーキ店が閉店する事なら、後日申し訳ないとメイドが教えてくれましたわ。旦那様はお伝えするのをお忘れの様なので……と」


「……むぅ」


 淡々と、私の心を読んだかの様にルチアが話す。その言葉はナイフの様に尖っており、私の胸をえぐる。


「八歳の誕生日はドレス、九歳の誕生日は髪飾りをいただきました。ですが、どちらも箱から取り出してすぐにマギーが欲しがり、……今私の手元にはありませんわ。おそらくマギーの部屋のクローゼットかしら? それともぬいぐるみと同じでゴミ箱かもしれませんわね」


「そ、そんな事は……」


「無いと自信もって言えますか、お父様。誕生日ではなくても普段からマギーに色々と買い与えていらっしゃるのでしょう? どれがマギーの物で、どれが()私の物がお父様もお母様もお分かりになりますの?」


 小さくルチアが溜め息を吐く。その様子はおおよそ十歳の子供とは思えない程大人びていた。そして、改めて気付く。ルチアが着ている服が、着古してやや袖が短い物だということに。新しい服を仕立てていない、……のか?


「五歳以前もはっきりとは覚えていませんが、やはりマギーが欲しがって……と使用人に聞きました。何一つ私の手元には誕生日プレゼントは残っておりません。ならば、初めからプレゼントなどいただいたとしても虚しいだけですわ。どのみち誕生日プレゼントでなくとも、マギーが欲しがる物は全て『私の物』ではありませんもの。新しい服も、アクセサリーも、ぬいぐるみや人形も、本も、侍女も、食べる物も何もかも。それをふまえて私から逆にお聞きしますわ」



「……お二人は()()()()()()に何をくださいますの?」

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― 新着の感想 ―
短いお話なのに中身がギッシリ詰まってる感が凄い。
[一言] これは良い嫌味w
[良い点] これこそその後がどうなったのか気になる短編です
感想一覧
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