間章 魔王城、円卓にて
時は遡り、ラヴィキリアが召喚された時間、同刻、────領魔王城にて
ラヴィキリアの城のような玉座は無く、有るのは円卓。そこに座る者、その全てを平等とするそれに座っているのは三人のみだった。大きく、魔法陣の刻まれた天窓からは空が覗き、太陽の光に照らされた青年が口を開く。
『時は来た。』
『時………?』
首を傾げたのは、黒いロングドレスに白髪を腰の辺りにまで伸ばした少女。その金色の瞳は真っ直ぐに横の青年を見据える。赤髪に整った顔立ちの青年には見た目にそぐわぬ貫禄があった。
『遂にこの世界を救う救世主様の降臨だ。』
『へぇ……。じゃあ、行くの?』
青年の言葉で事を理解した少女は寂しげな目で彼を見上げる。青年は少女の方を向き、その手を頭に乗せ、安心させるように撫でる。
『大丈夫だよ。もう、みんなが行ってくれてるからね。』
『良かった……。何処にも………行かないで………。』
『あぁっと。あのー、仲良くしてるとこ悪いんだけど。おじさんのこと、忘れてない?』
青年と甘い空気を出す少女に向けられた言葉。二人の正面に座るおじさん、というには若すぎる男はやれやれといった風に肩をすくめる。
『あら、居たの。』
『へいへい、相変わらずの辛辣でおじさんは安心だ。で、───ちゃん。おじさん今日、非番じゃない?』
『非番じゃない、待機と言っていたはずだ。』
『あー、そうだっけ。おじさん、最近忘れっぽくてさー。』
『駄目ね。もうボケてきてるんじゃないの?』
『あっはは。そうかも知れないねぇ。』
進まない話に苛立ったのか、青年は声を大きくする。
『今日呼んだのは他でもない。預言の通り、この世界に救世主様が降臨、いや、召喚された。この僕と同等、いやそれ以上かもしれない魔力量を持つ存在。本来なら簡単に召喚された場所を追跡し、目的の為に利用できるはずだった。』
『だった……。って事は予想外な感じかい?』
『そうだ。これほど強大な存在なら魔力感知は可能───────だが、阻止された。何者かによって救世主様の魔力は封印され、追跡は不可能。』
『でも……みんなを……行かせておいたんでしょ……。』
声を落とした青年を心配する様に少女は声をかける。青年は当然という様に不敵な笑みを浮かべる。
『そうだ。その為に各地方に一人ずつ派遣してある。ユーリ、君以外を。』
『ありゃま。おじさんだけ仲間はずれってわけだ。で、何したらいいのかな?』
『少し前、バルバロッサから連絡が来た。空から光が射した──とね。あいつが向かったのは始まりの街メルサドールがある辺り。ユーリにはそこへ向かってもらう。』
青年の言葉にユーリは首を傾げ、とぼける様な仕草を見せる。
『バルちゃんなら大丈夫じゃないの?おじさん強くないし、助太刀とか無理だよ?』
『そうだ、バルバロッサなら制圧は容易いだろう。だが、あいつは加減を知らない。僕が求めるのはあくまで拘束だ。殺しては計画に支障が出るかもしれない。』
『だから……脳筋は困るのよ……』
『んー、じゃあ、おじさんはバルちゃんを止めつつ、目標の確保がお仕事かな?』
『いや待て、それと────。』
何事かを伝え終えると、青年は指示を終えたと示すように両目を一度閉じた。
『じゃ、行ってくるよ。おじさんの無事、祈ってくれると嬉しいねぇ。』
楽観的なユーリとは対象に背後の空は曇り、雷鳴が轟き始めた。
『はっ、君が僕以外に不測を取るとは思えないけどね、──────。』
辺りが雷光に包まれ、会話の一部始終が掻き消える。だが、向かい合う二人にはそれで十分だった。
『あっはっは。いつも言ってるじゃないか。おじさんは百合を守る騎士、ユーリだって。』
ふざけた言葉とは裏腹に、ユーリの眼はひどく冷えた色をしていた。その眼のまま、踵を返し、円卓の間から出ていった。
『相変わらず………胡散臭い……男ね。』
ユーリが出ていった跡を見ながら、少女は溜息をつく。その言葉に軽蔑の意は無く、慣れた付き合いから出る定型文の様なものだった。青年は彼女の言葉に頷くと、いつの間にかまた天窓から覗く太陽を見上げ、呟く。
『そうしないと、保てないものもあるのさ。』
青年の言葉は何かを重ねるように重く、そして悲しい音色を響かせた。