魔王と少女、泡沫の夢
レンに押し切られ、余は風呂に入れられた。余の頭は血を落としたあと、レンが手につけた何かによって泡立てられておる。ほのかに香る良い匂い。
『痒いところ、ある?』
『いや、一人で洗えるのじゃが……。』
『えへへ、こういうの一回やってみたかったんだ。』
『全く、変なやつじゃな。』
城では禍々しい匂いの物しか使っておらなかったからな、ほのかに香る優しい匂いは中々悪くない…………………ってそうではない!!
『動いたら綺麗に洗えないよ。さ、座って。』
座り、泡が入らぬよう目を閉じ、余は考えをまとめる。 レン、と名乗った少女の家は森の中にあった。高度な隠蔽術式、この少女の案内なしでは見つけることすら叶わぬだろう。だが、何故だ。先の獣の頭を吹き飛ばした一撃、その肉体から感じる独特な魔力、そして森の中に隠された家。どう考えても一般人の類ではない。
『じゃ、流すよ。』
暖かい……ではない、余はまた厄介な事態に巻き込まれたのではないか……?この世界から脱する方法が分からぬ以上、これから何をすればよいかも決まっておらぬ。
『うん、身体も洗おっか。』
『う、うむ。』
背中の辺りに何か柔らかい………いや、余が完全な無力の今、戦闘面で頼りになる者が欲し……こやつ、スタイルが良いな。まぁ、余には及ばぬがな……って。
『全然っ!考えがまとまらぬわ!!』
『うわっ、急に声出すからびっくりしたよ。ラヴィちゃん、身体泡だらけだし洗わないと。』
『き、貴様も貴様じゃ!何が「ラヴィちゃん」であるか!余は誇り高き魔王、ラヴィキリアであるぞ、様をつけぬか!』
『うんうん。さ、洗おっか。』
『むぅ……。』
またスルーされておる。まぁ、見た目は子供、魔力を外に出せないからかオーラも出ておらぬから仕方もないが。余が魔王と名乗れば名乗るほど、相手にされなくなる気がする。
『じゃあ、上がろっか。』
『う、うむ。そ、その。あ、ありがとう。』
『うん!』
レンは満面の笑顔をこちらに向けると、余の手を取り、脱衣所へと向かっていった。
『うん、よく似合ってる。可愛いよ、ラヴィちゃん!』
『う、うむ。』
『私のお下がりだけど、着れたみたいで良かったぁ。さ、お家に帰ろっか。』
いや、着れてはおるが、サイズがあっておらぬわ。特に胸の。ぶかぶかじゃなこれ。サクヤが見たら『働いたら負け』とか言いだしかねん。それよりも今、伝えるべきは。
『ずっと言っておるが、余は魔王、それも別の世界から来た魔王だ。赤の他人に明かすのはどうかと思ったが、貴様は生命の恩人。特別である。この見た目では分からぬかも知れぬが、余は貴様よりも遥かに年上だ。その辺理解しておけ。』
『ラヴィちゃん……?』
『ス、スタイルも貴様よりもっと凄いのだ!……こほん。魔力も筋力も美貌すら封じられた我が身だが、余は元の世界に戻らねばならぬ。レン、こうして出会ったのも何かの縁、余に力を貸してはくれぬか?』
恥も外聞も無い、余には帰りを待つ者がいる。ならば、余は余が尽くせる限りの全力を尽くそう。
余の言葉を聞いたレンはハッとすると共に顔を伏せた。
『魔王……とかは分からないけど。その目が真剣なのは分かる。でもごめん、私は、私は頼ってもらえるような人間じゃないの。』
『………そうか。』
『ラヴィ……ちゃんは戦えないから多分、戦える人が必要でしょ?でも私は……。』
レンが伏せた顔を上げることはなく、沈黙が続く。
『何か、理由があるのだな、戦えぬ。』
『うん。』
『だが、余を助ける時、そなたは戦ってくれた。』
『……っ、それは』
俯いた顔をあげ、何か言いたげにするレン。その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
『良い。貴様の悩みが何なのかは分からぬ。だが、余はこの世界の住人ではない。この世界の常識、ルールには縛られておらん。そして、余は魔王だ。貴様がどのような人間であれ驚きはせぬ。余より悪を貫くものは存在せぬからな。』
『…………。』
『だからな、レン。打ち明けてみようと思ったらいつでも構わぬ。余は全部聞こう。』
『……ありがとう。』
『うむ!そ、それで……だな。余、泊まる場所も食事も金も無いのだ………しばらく泊めて貰えないだろうか……?』
『うん、よろしくね。ラヴィちゃん!!』
カッコ悪い。あれだけ言っておいて、最後の最後で台無しになってしまった。
『ぐぬぬ、ラヴィちゃんは辞めろといっておるのに……』
『いいでしょ、可愛いし。』
だが、この笑顔を見れたのだ、良しとしようではないか。