出会いは鮮血のように
『……術式起動…魔力拘束、……退行、術式完了──召喚を行います──』
頭の中に声が響く。身体の自由が効かない、どうやら召喚途中らしい。その間は一瞬、射出されるような気分と共に再び意識は途切れてしまった。
※
『ここは、どこだ?』
目を覚ますとそこは森だった。空気から感じられるマナの質から、ここの難度低さが感じられる。それと、ここが余のいた世界とは違う世界だということも。
『うむ。魔王を召喚するというからどんな魔境かと思えば、平凡な森。退屈させてくれ…………む? 何か、喉の調子がおかしいような……』
声が少し高くなっている気がする。まぁ、よく分からない状況に巻き込まれておるのだから、少々の問題は起きよう。とりあえず、森を抜けて街に出るのが良かろう。
『まぁ、余の美貌、強さなら引く手あまたであろうな、ふっはははは!』
高笑いを続けていると、近くの茂みが大きく揺れた。人間……はありえぬだろう。ならば、モンスター、余の最初の生贄の登場であるな。さぁ、来るのだ!
『ポヨヨン』
『くっ、はっはは!スライム、スライムと来たか。……ふぅ。余の相手としては弱すぎるが、冒険の幕開けには丁度よい。ではな、ヘル・ファイア!』
『ポヨヨン、ポヨポヨン?』
『ヘル・ファイア!! ヘル・ファイア!!』
青いTheスライムに向け、余は火炎魔法を繰り出した、はずだった。ところが、我の目の前に魔法陣が現れる事はなく、何の炎も現れることは無かった。心なしかスライムもこちらを憐れんでいるような気がする。
『どうなっている……?』
なぜだかは分からないが、魔力は恐らく使えない。それに、やはり気のせいでは無かった。余の身体が縮んでいる。見た目の年齢はサクヤより下、人間で言うところの15、6歳といったところであろうか。我のナイスバディは見る影もなく、貧相な身体が首から下には広がっておる。この身体では筋力にも期待はできぬだろう。
『……ス、スライムよ。見ての通り我は非力な美少女である。故にだ、ここは一つ争わず……ってグホッッ!!』
『ポヨ!ポヨポヨ』
話の途中でスライムは反動をつけ、こちらに飛び込んできた。普段なら避けられる一撃、痛みすら感じぬはずの最弱モンスターの攻撃によって余は跳ね飛ばされていた。木に叩きつけられ、身体が痺れる。口元から何かが流れる感覚、拭った手には赤い液体が付いていた。
『血……余が、スライムごときの一撃で……?』
『ポヨポヨン!』
間違いなく流れたのは血だ。有り得ない状況だらけだが、命の危機は余を冷静にした。魔法も筋力も駄目。だが、余にはまだ頭脳が残っている。スライムは何かを気にするかの様に二撃目を撃ってくることはない。まだ、勝機はある。
『礼を言おう、スライムよ。貴様の一撃、余を冷静にするのに十分なものであった。そして、誇るが良い。この魔王ラヴィキリアを流血させたこと。』
『ポヨポヨ?』
『余に牙を向けた以上、いかに最弱と言えど生かして返さぬ。覚悟せよ!!』
『ポヨォッッ!!』
飛びかかってくるスライム、その軌道線上には余の胸元。先程と同じ位置、二度も同じ手は通じぬ、と言いたいところだが。
『ぐふっ。ごはっ。はぁ、はぁ、捕まえたぞ。』
『ポヨヨッ!』
スライムに打撃攻撃は通じない。いや、通じはするだろうが、効率は悪い。よって普通なら魔法で消し飛ばす。余は残念ながら、そのどちらもが不可能。武器もなく、スライムにとって何ら脅威ではない。だが、先程スライムは吹っ飛ばされて動けない余に追い打ちをかけてこなかった。それは何故か。余の血が恐いからだ。
『余が封じられたのは魔法のみ。この身体を流れるオド、つまり魔力の量に変わりはない。魔力は生命の維持に必要なものだが、器を越えた量は毒となる。』
『ポ!ポヨポヨ!』
『余が話しておる途中だ。動くでない。それで……あぁ。身体中を巡る血液には大量の魔力が含まれておる。普通の人間程度なら、毒にはならぬだろうが、余となれば別。余の血液を浴びれば、貴様は死ぬ。』
『ポ、ポヨポ!』
命の危機を感じたスライムは姿を変え、余の顔に迫る。だが────────────
『もう、遅いわ。』
口に含んでいた血を吹き出す。正面からしっかりと浴びたスライムは震え、力を失いどっさりと地面に落ちた。魔力中毒、直に魔力を流し込む方がリスクが少ないが、このやり方でもできぬ事はない。どろりと溶けたスライムの側に腰を降ろす。ここまで必死に戦ったのはいつぶりだろうか、なかなか悪くない。
安堵したのも束の間、少し離れた場所の茂みが揺れる。慌てて、木の影に隠れ様子をうかがう。
『グルルゥゥフシュゥ……』
姿を表したのは大型の魔物、余が城で飼っていたイビルタイガーとよく似ておる。鋭い牙を光らせ、探るように辺りを闊歩する獣。恐らくは余の血の匂いを嗅ぎつけたのであろう。
『不味いな、流石にあのレベルは手に余る。』
武器でもあれば違うのだろうが、手負いの者が素手で勝てるような相手ではない。バレない内に退散、退散……。当然、余もテンプレートには漏れず、下げた余の右足は木の枝を踏み割った。乾いた音が辺りに響く。
『あ。』
『グルル?ルアッ!!』
イビルタイガー(仮)はこちらに気づくと威嚇と共にゆったりと近づいてくる。どうやら、余は獲物として認識されたらしい。
『ふっ、よい。こうなっては逃げも隠れもせん。余の名はラヴィキリア、偉大な──』
『グルルルルァァァ!!!!』
『さ、最後まで聴かんかぁ!!!!』
飛び掛かって来る姿を正確には捉えられない。だが、そこは勘、せめて急所だけでも外す。身体を逸らす、筈が足が空を切る。振り下ろされる爪がスローモーションで見える。あぁ、サクヤ、魔王軍の皆すまぬ。余はどうやらここで、もう……。だが、最後まで目は閉じず、目の前の獣を睨みつける。鋭い爪が首元に、そして─────────
『……術式、柘榴!!』
おびただしい量の血が吹き出した、獣の頭から。獣の首から上は炸裂し、子供には見せられない絵面に変わってしまっている。当然、余も大量の血を被り、見た目通りの子供なら卒倒しているだろう。
『君!!大丈夫?怪我はない?』
『む、大丈夫……だ。』
目の前には剣を握るポニーテールの少女が立っていた。見た目は我より少し上、ヒューマンなら17歳くらいだろう。まとめた桃色の髪がゆらゆらと揺れる。
『私はレン。ねぇ、君は?』
『君、ふむ。聞いて驚くな、余は偉大にして、最優の魔王ラヴィキリアである!』
レンとやらが余を見る目が生暖かい。むぅ、信じておらぬなこれは。
『そ、そっかぁ……。うん、街まで送っていくよ。ラヴィちゃん。』
『ほ、本当なのだぞ。余は、余は魔王なのだ!』
『あ、でもとりあえず私の家でお風呂、入ろっか。』
『む、それは……ありがたいが……。』
この世界の住人との出会い、余の冒険の始まりは鮮血の香りがした。