魔王、異世界へ
魔王ラヴィキリア。優れた頭脳、圧倒的な力、比類なきカリスマ性で魔界を何百年も統一し続ける王。強大な力を持つ彼女が、人類に攻め込むことはなく、魔族と人類には長い間膠着状態が続いている。─────故に暇だ。
『暇なんじゃが。……はぁ。人間、弱すぎではないか? 一昔前は心踊る決戦もあったと聞くが、今は余に挑もうとする者すらおらぬ。やはり、半分ほど滅ぼしておくか……。』
『駄目ですし。やらないでしょ、本気で。』
荘厳な玉座の間にノックもせずに入ってきた少女、名はサクヤ。ある朝、魔王城の庭、マンドラゴラの横に刺さっていた所を余が拾い、今に至る。
『まぁ、余とて無為に血を流そうとは思わぬ。それに、戦を始めればサクヤの話をゆっくりと聞けなくなるしな。』
『ふ〜ん。』
『……か、勘違いするなよ!余はただ、ひ、暇つぶしに丁度いいと思っておるだけだからな!』
『ふふふ。私もラヴィ様と一緒で楽しいですよ。』
『うぅ……。楽しいとは言っておらぬじゃろ…………否定はせんが。』
サクヤを魔王城に置く代わりに、サクヤの故郷、『日本』なる場所の話を毎日させているのだ。サクヤは漫画、なるものを書いているらしく、絵が上手い。そのせいか、何となく教えられる情報に偏りがあるような気がするが。
余は玉座から降り、何も無い空間に手をかざす。そして、丸机と椅子2つ、加えて紅茶を取り出す。実際はマンドラゴラ茶だが、サクヤが始めて飲んだ時、紅茶と言った為、余たちの間では紅茶ということになっている。
『で、今日は何の話だ?』
『今日はですね………デン! 異世界モノです!』
紙の束を背中から取り出し、余の前に出す。そこにはいかにも平凡な少年と『俺TUEEE』という言葉が書かれている。余はサクヤから日本の言葉を学び、我はサクヤにこの世界の言葉を教える、そうすることで余も多少は日本語の読み書きが出来るようになった。
『異世界……モノ?なんじゃ、それ?』
『文字通り、異世界に召喚されちゃったりするファンタジー作品の一種ですね。』
『む、サクヤもその類であったな。』
『そうです、そう!普通は「冴えない俺、私がチート能力で異世界で無双!!」というのが主流ですけどね。あぁ、でも私、何の能力ももらってないですし……。締め切り間に合いませんでしたし……。』
最初の勢いは何処へやら、サクヤの話は尻すぼみになってしまった。締め切り、とやらは共に寝ている時、寝言でよく言っておるから一度聞いて知っておる。作家の宿命、因果のようなものであったはずだ。
『貴様がその話になると長い。先にその異世界モノについて話すが良い。普通はどのように異世界に来るのじゃ?』
『普通はですね……トラックに轢かれたり、足元に魔法陣が出て、気づいたら真っ白な部屋、目の前に女神!的な感じです。』
サクヤの持つ紙には黒髪の少年少女が女神を前に唖然としている絵が描かれている。元いた世界からいきなり別の場所へ、聞けばサクヤらの世界には魔法の類が無いというではないか。そんな弱者がこの世界に来たとしたら、魔物の餌以外の選択肢はなさそうだ。
『ふふ、そんな深刻そうな顔をしなくても大丈夫、です! 大抵、召喚された人には特殊な能力や道具が与えられてですね、何とか異世界でもやっていけるんですよ。』
『ふむ、強いのか。そうした者達は。』
『そう…ですね。最初から強いのは強いと思いますけど、冒険で築いた仲間との絆、出会いと別れによる精神的成長が彼等をより強くします。』
『面白い。余はこの城から殆ど出たことが無いからな。仲間との旅……良い響きじゃな。』
有り得ない未来に想いを馳せていると、サクヤはきまりが悪そうに目を泳がせている。いや、余の足元をみておるのか…?
『あ、あのラヴィ様。』
『なんじゃ? 言って構わぬぞ。』
『そのー。足下の魔法陣、光ってますけど、これって?』
『魔法陣?そんなものある訳無かろ…………なんじゃぁぁぁぁぁぁ!!!!』
すぐ足下を見ると、そこにはいやに精巧な魔法陣が刻まれていた。怪しげな光を放ち、既に起動しているらしい。魔王城は魔法での遠隔攻撃に耐性がある、故に我の足下ピンポイントで魔法陣を刻む事は不可能……いや、余より上位の存在なら可能だろう。まぁ、今まで会ったこともないが。
『ラヴィ様のいつもの悪ふざけじゃないんですね?』
『そんなこと言うておる場合か!』
『いや、だってラヴィ様、中二病教えた次の日、眼帯に包帯巻いて魔法とか撃ってましたし。』
『なっ……!貴様っ、あれを見ておったのか!……………はぁ。いいから余から離れていろ。この魔法陣に巻き込まれぬとも限らぬからな。』
余の表情から真剣さを読み取ったのか、そろそろとサクヤが後ろに下がる。我も出来れば脱したいところだが、それも叶わぬ。この魔法陣、おそらくこの種類は────────
『召喚魔法。』
『召喚……魔法、それって!』
『あぁ、丁度先の話の通りの展開らしいな。よいか、余にはもう時間が無い。今から伝えること、聞き逃すでないぞ。』
『は、はい!』
『よし、恐らくこの魔法陣を組んだ奴は余と同等、もしくは上位の存在だろう。故に逃れる方法は無い。余はこのまま何処かへと召喚されるだろう。そこで、だ。これを置いていく。顕現せよ、鏡世界!!』
足下の魔法陣は更に輝きを増し、タイムリミットを刻みだす。
『これは、ラヴィ様が二人……?』
『うむ。サクヤ、貴様の目の前に立っておるのは余の分身。と言っても本体の余よりは幾らかレベルは下がるが。まぁ、ともかく。自立した会話、思考、戦闘も可能だ。余の居ない間、魔王軍がどの様になるか分からぬ。片時も分身の側を離れるのではないぞ。』
『いえ、それよりもラヴィ様がっ!!』
魔法陣から放たれる光で視界が揺れる。束の間の側近、もしや魔王城での暮らしは苦しく嫌気でも差しているのではないかと気に病んでいたが、こんな泣きそうな顔を見せるとは。ふふっ、人間とはやはり面白いものじゃな。
『ふ、余を誰だと思っておる。余は魔界を統べる至高の女王、ラヴィキリアであるぞ!!貴様のような者に心配される程やわではないわ。次に会うときは、貴様の漫画、完成させておくがよい。楽しみにしておるからな………。』
『はい…!』
泣きながら微笑む部下に見送られ、余の意識は深い眠りへと落ちていった。