イーラを殺す(予定の)王子との出会い
色々と話し合い、結果、ティオが洋服作りに協力してくれることになった。
これは嬉しい。
彼はデザインの才があるようだから、それだけで助かる。
12歳で私の話にこれだけついてこれるのはすごい。
天才なのかもしれない。
彼の才能にちょっと嫉妬してしまう。
あと、たまに思うのだけど、彼はわりと難しい言葉をよく知っている。
12歳ってもっと幼いと思っていたけど、天才には関係ないのかしら。
「とりあえず2着に絞りましょう」
ボンスの発言に、私とティオが頷く。
「3人で作業するなら、まずは2着がいいところですよね」
人間の興味を引くことができる洋服を2着。
それを売り出すことで注目を集める。
「それなら、この世界にまだないデザインがいい」
ティオが『パーカー』のデザイン画を手に取る。
「ええ。私もそれがいいと思うわ。斬新なデザインで目を引くもの」
『パーカー』の素材は、魔族の住む地域にだけ生えている植物の繊維から作る布だ。
完全に水をはじく不思議な植物で、水に沈めても全く濡れない。
植物に特別な魔力が働いているのかもしれない。
「もう1着、これは?これも見たことない」
またもティオがデザイン画を手に取る。
手に取ったのは『白狐の毛皮を使ったファーコート』。
非常に肌触りがよく、何より、刃物が近づくと鋼鉄になる。
安全すぎる。
「ええ、面白いと思うわよ。実演なんてしてみたら最高ね」
ボンスも賛成ということで、作る2着が決まった。
そして、そこからスケジュール作り。
ボンスは開店準備でいなくなってしまったので、私とティオで話を進める。
「あとは素材調達の問題」
「うん、そうだよね。植物は採りに行けばいい話なんだけど、白狐のほうが大変かな……」
「頼める人、いないの?」
「ううん、1人いるの。でもほかの白狐たちが協力してくれるかどうか……」
魔族の中には、人間を嫌悪する者もいる。
みんながみんな、洋服作りに好意的に協力してくれるわけではないだろう。
「うーん、でもここが私の頑張りどころよね!大丈夫!なんとかしてみせるわ!」
「そっか。応援してる。だめなら作戦を練り直そう」
そう言ってくれる味方がいてよかった。
私1人なら心が折れかけていたかもしれない。
「そうだ。植物の繊維を布にするのは、どこの工場を使う?」
「あ、それは大丈夫!魔族の住む地域にも工場はあるの!そこで加工できるよ」
「魔族も洋服を作るの?」
「一応作るけど、今思うと魔族って毎日同じような服装を着ている気がする……」
「じゃあ、人間の服を売ったら売れるかも」
なるほど。
これは目から鱗だ。
人間の洋服を少し魔族向けにアレンジすれば、売れるかもしれない。
魔族の素材を使った服を人間に売って、人間用のデザインの服を魔族に売る。
あり!大ありだわ!
「うん!いいアイディアだわ、ティオ!それもやりたい!」
「でも、同時進行はきついから、まずは今の2着が終わってから」
「うん!でも、思い浮かんだらデザイン画は書く!」
その後は、2人で仕様書(洋服の寸法や色などすべての情報が記載された設計図)を作ったり、デザインに関する話をしたりで、あっという間に時が過ぎた。
ボンスから「もう暗くなるから、イーラは帰りなさい」と声をかけられるまで、外の景色の変化に気がつかなかったくらいだ。
外に出ると、空に広がる夕焼けが綺麗だった。
街から出たところにある林に入り、周りを確認する。
ティオが魔族の住むところのそばまで送ると言ってくれたが、断った。
私は魔族と人間のハーフ。
必要な時に翼を出すくらいはできるのだ。
さて、飛んで帰りますか。
「おい、どこに行くんだ!」
突然イーラの足元に犬が飛び込んできた。
「わっ」
「おい、待てって!って、うわっ!?」
男の子が飛び出してくる。
同じくらいの年齢だろうか。
ふわふわの金髪に翡翠色の目。
まさに、美少年。
「……!お前、魔族か!」
男の子が剣を抜く。
そういえば、ボムスの家を出るとき、サングラスをするのを忘れていた。
「だから何?」
「こんなところで何してるんだ!?人を襲いに来たのか!」
人間の魔族に対する反応の正解を見た気がした。
「どこに証拠があるの?」
「そんなのない!だけど魔族は人を襲う!」
「実際に魔族が人を襲った事件があったの?」
「それは、ない、けど……いずれ襲うだろう!」
出ました、過去に何もないけど、こいつなら未来にやらかすだろう論。
いずれするだろう!なんて、誰にでも当てはまるじゃない……。
冷静になるのよ、イーラ。
相手は私より(精神年齢が)年下の男の子なんだから。
「それなら、あなたもいずれ人を殺すかもね」
「は!?そんなわけないだろう!俺が人を殺すわけがない!」
「どうして証拠もないのに、そう言い切れるの?」
「そんなの当たり前だ!俺はこの国の王子になる男だからだ!」
この子、王子だったの……。
王子といえば、イーラを殺すヒロインパーティーの1人だ。
ゲームの王子はツンデレのテンプレートみたいな男だった。
最初はヒロインにツンツンつっかかってくるが、好感度を上げるとだんだんデレてくる。
なんだかんだでテンプレというのは、一定数の人気を得られるようで、ツンデレ王子は人気投票No.1だった。
うーん、それにしても偏見と差別の塊。
将来のためにも、少し視野を広げたほうがいいんじゃないかしら……。
「あなたが王子ならこの国も終わりね」
「なっ!無礼だぞ!!!」
「相手のことを何も知らないのに、悪と決めつける。国のトップがこれじゃあ終わりねって言ったの」
「なんだと……!?」
王子が切りかかってくる。
全く、血の気の多い。
イーラは魔法陣を発動させて防ぐ。
「あなたは魔族の何を知っているの?実際に人を殺す、襲うところを見たの?実際に魔族と会って話したの?あなたは自分の目で見て、聞いて、確認したの?」
「それは……」
男の子の目が揺らぐ。
「人の噂。又聞きの情報。そういうものを真実かどうか確認せずに鵜呑みにするのは、危ないことだと思わない?王子様なら、なおさら、真実を見極める力必要だと思わない?」
一呼吸置いて、私はまた一言続ける。
「あなたは視野が狭い」
男の子が唇を噛みしめたまま、剣を下す。
合わせて、私も魔法陣を解く。
「理解があって賢い王子様。いつか魔族の本当の姿を知ってくれたら嬉しいわ」
それだけ言い残し、私は翼を出して飛び去った。
それにしてもびっくり。
まさか、ゲームの王子様に会うとは。
うーん、言い過ぎたかしら……。
いや、でもあの視野の狭さでは一国の王なんて務まるわけないもの。
あれくらい言ってよかったのかも。
うんうんと1人頷く。
前世でゲームをプレイしていたときは、戦闘と育成ばっかりで誰の個別エンドも迎えなかった。
なんなら恋愛イベントが起こることすら稀だった。
つまり、私はキャラ各自の細かい性格や設定は把握できていない。
あくまで、敵を倒す仲間パーティーの彼らしか知らない。
王子との好感度はあまり上げなかったから、結局最後までツンツンしていた。
デレたときの威力がすごい!って話題になってたし、1回くらいエンド迎えてもよかったかもと思ったりもする。
とにかくもう会わないことを祈りつつ、私は屋敷へ向かった。
「自分の目で見て、聞く……」
「あ、ここにいたの?探したよ、ライ」
「エリオール……」
「え、どうしたの?なんかあった?真剣な顔してるよ?」
「俺は視野が狭いか?自分の目で見て、耳で聞いていないか?」
エリオールはライの発言に驚いているようだ。
「へえ、誰かがライにそう言ってくれたの?」
「言われた」
「そっか。それが真実かどうか、自分で考えて、確認すればいいんじゃない?」
その口ぶりは肯定を意味する。
俺の視野が狭い?
俺は国のトップにふさわしくない?
こうなったら確認してやる。
魔族の本当の姿とやら。
それで、あの魔族の女を言い負かしてやる。
何やら決意を新たにしている幼なじみを見て、エリオールはライに辛辣なセリフを吐いた人に感謝する。
僕が言っても、ライは聞く耳持たないからね。
どこの誰かわからないけど、ありがたいや。
できれば会ってみたいくらい。
ライを通して、イーラは2人目の自分を殺すゲームキャラに「ライに辛辣なセリフを吐いた人」と認識されるのだった。