イーラの前世
――これは、イーラの前世のお話。
私は前世でデザイナーを目指していた。
小さい頃からの夢で、中学生になっても変わらなかった。
中学2年生のクラス替えの日。
私は初めて彼と出会った。
出席番号が隣の席の男の子。
ふわふわの黒髪に黒ぶち眼鏡。
前髪は目まで伸びていて、よく見えない。
少し見える肌はとても色白で、女の子に羨ましがられそうだ。
視界が悪そうだなあ……というのが、彼の第一印象だった。
挨拶をしてみたけれど反応がなかったので、それ以来まともに話したこともない。
そんな彼と私が初めてまともに会話したのは、新学年が始まって1か月が過ぎたころだった。
うわ、どうしよう……。
デザイン画を書き留めたメモ帳、どこかに落としちゃった……。
私はデザインが急に思い浮かんだ時のためにメモ帳を持ち歩いていた。
それをどこかに落としてしまったのだ。
どうしよう、どこに落としたかな。
もう1度教室に戻ったほうがいいかな。
校内を1周したけれどメモ帳は見つからず、私は教室へ引き返していた。
「あっ!私のメモ帳!」
教室の入り口に立つ男の子が、私のメモ帳を見ていた。
「これ、君の?」
「そうそう!探していたの。拾ってくれてありがとう!」
「いや。紙が何枚か落ちてきて、中見た。勝手に見てごめん」
男の子が頭を下げた。
「気にしないで!落としたのは私なんだから」
「そのデザイン、いいね。斬新」
「……!ありがとう!」
私はデザインを褒められて、嬉しくなった。
「どういうコンセプト?」
「黒髪に映えるようにって考えたの。この間、黒髪が綺麗なお姉さんを見かけて、こういう服装が似合うんじゃないかって」
「へえ。確かに、黒髪は意外と派手な色が似合う」
「そうそう、そうなの」
「こっちは?」
「これは、ピンクが好きだけど、着ると子どもっぽくなっちゃう!って悩みを持つ人向けに作ったの」
「この落ち着いたピンクと大人っぽいデザインなら、子どもっぽくはならない」
「そうそう。私の友達がこの間言っているのを聞いて、ぴんときたの」
「そう。君は人を見てデザインを思い描くんだ」
「言われてみればそうかも。この人にはこのデザインが似合いそう!みたいな感じで思い浮かぶことが多いや」
「へえ、いいね、その思い付き方」
デザインのことでこんなに話せたのは初めてで、私はテンションが上がっていたようだ。
その後もデザイン談義を続けて、いつの間にか放課後になっていた。
「そろそろ帰らないと、ね!?」
「わっ」
大きい音がして、イスが倒れる。
私はそばのイスにつまずき、まるで少女漫画のように彼の腕の中に飛び込んだ。
しかし、彼は私を支えられず、結局2人そろって床に倒れこんでしまった。
「ごめん、大丈夫!?」
私はあわてて彼の顔を覗き込む。
白いまつ毛が伏せられている。
私は顔を上げた。
彼の髪は、真っ白だった。
彼は、黒髪のカツラを被っていたのだ。
アルビノ。
皮膚、髪、目などに色をつけて紫外線を防ぐメラニン色素が欠乏した人のことをいう。
つまり、髪や体毛、目が真っ白なのだ。
恐らく彼はそれを隠したかったのだろう。
もしかしたら、アルビノであることで何か言われたことがあるのかもしれない。
しかし、私はそれどころではなかった。
彼を見た瞬間、デザインがたくさん頭の中に湧いてきたのだ。
「ちょっと待って。白と青のコントラストが映えるようなシャツと、あ、でも緑もいいな」
私は1人つぶやきながら、頭に浮かんだデザインをメモしていく。
倒れたまま動かなかった彼もいつの間にか起き上がり、どんどん増えていくデザインを茫然と見つめていた。
最後の1枚を書き終えたとき、私はようやく我に返った。
「ごめん!夢中になってた!」
彼はできあがったデザインを1枚1枚手に取り、じっと見つめる。
「かなり待ったよね?ごめん、もう帰ろう!」
「いや。この服も、この服も、いい。この絵の中の服を着たら、この髪も肌も少し好きになれそう」
彼は目を伏せてつぶやく。
そこでようやく私は気がつく。
彼は自分の髪や肌に嫌悪感を抱いていたのだと。
なんて自分は無神経なんだろう。
「ごめん、私、無神経だったね……・」
彼の目が私をとらえる。
「勘違いさせた、ごめん。違う。この服は俺が映えるようにデザインされてるって思ったら、少し楽しくなった」
彼は少し目を細めてほほ笑んだ。
そこで、私は思ったことを言ってみることにした。
「もし私が洋服を作れるようになったら、その服着てほしいな」
「いいね、楽しみ」
それから彼はカツラを被ってくることもなくなり、眼鏡もかけなくなった。
これが私と彼の出会い。
中学を卒業したあとも、私と彼の進路は一緒だった。
普通科のある地元の高校に通い、高校卒業後は服飾の専門学校に通った。
専門学校で洋服を作るようになってからは、お互いの誕生日に洋服を交換し合うのが恒例になっていた。
お互い別々のブランドの専属デザイナーになることが決まった日は、2人お祝いをしたりもした。
「いつか自分のブランドを立ち上げて、共同経営しよう」なんて話もした。
彼は、私の1番の親友であり、仲間であり、ライバルでもあった。
ごめんね、約束、守れなくて。
25歳の誕生日。
彼との待ち合わせの店に行く途中で、私は交通事故に遭ってしまった。
彼は今、日本で元気にしているだろうか。
もう、自分のブランドを立ち上げたかな。
「聞いてる?」
ティオの声で我に返る。
「ごめん、聞いてなかった。もう1回お願い!」
「うん。それで……」
ティオと彼の雰囲気がどこか似ていたからだろうか、前世のことを思い出してしまった。
でも今は、この世界のことを考えなきゃ!
今の私は人間と魔族が手を取り合える世界にするために、頑張るのみ!
私は心の中で再び気合を入れなおすのだった。