参
子供たちが帰宅して人気の消えた公園を散策してみる。私も知っている滑り台やジャングルジムもあるけど、ハシゴを横にして門のようにした遊具や、観覧車のゴンドラのような箱型の乗り物ががひとつだけ置かれていたりして見たことのないものもあった。
植樹もされているがどれも色が茶色っぽい。枯れているのかな? 夕焼けと相まって、全てがセピア色に変わっていくような気がした。古い写真の中に閉じ込められたようで、なんだか物悲しい怖さを感じた。
赤のワンピースのポケットを探り、スマホを取り出して時間を確認する。そろそろ六時だ。家に帰らないと。……帰れるのかな?
一応地図アプリを起動して場所を確認しようと試すが、やっぱり現在地は表示されない。電波も圏外で通話もできないし、インターネットも繋がらない。
「異世界……なのかな。それともパラレルワールド?」
私の知っている日本によく似ているけど、どこか異なる印象の場所。気がついたら私は見知らぬこの地に立っていた。となれば、転移物の小説が思い浮かぶ。
でも、事故に遭った覚えもないし、白い部屋で神様にも会ってない……はず。頭の中に響く謎の声も聞こえない。チートな能力も無さそうだし。記憶を辿っても電車に乗ってうたた寝しようとしたことしか思い出せない。
「……転移物だとしても中途半端過ぎない?」
ため息ひとつ吐いて項垂れる。
どこに行けばいいのか。何をすればいいのか。
当て処もなくただ一人、私は立ち尽くしていた。
帰り遅れたのか少年が足早に走り去ろうとしているのが見えるけど、あんな子供を頼ってどうなるというのか。とにかくここでボーッとしていても仕方ない。移動してみよう。覚悟を決めて一歩踏み出したところで頭がクラッとして思わず蹲ってしまった。
「お姉ちゃん、どうしたの? 具合悪いの?」
急いでいたようだったのに、さっきの少年が心配して声を掛けてくれたようだ。
「毒が飛んでるから危ないんだよ! 早く家に帰らないとダメって、さっき放送してたでしょ?」
「え!? ……毒!?」
びっくりして顔を上げると、少年が心配そうに覗き込んでいた。
「毒って……何……?」
混乱してお礼を言うのも忘れて問い掛けたけど、
「ッギャーッ!!」
少年は私の顔を見るなり叫び声を上げて逃げてしまった。
「え、何なの? 失礼じゃない? いやそれよりも毒! どうしよう!」
そう言えば確かに目も鼻も喉も頭も痛い。吐き気もしてきたような気がする。とにかく身を隠せる場所を探さなければ……と少年の後を追うように、私も町に向かって走り出した。
走っているうちにだんだん足が上手く動かなくなってきた。道の先にはコンビニの明かりが見える。
「サンチェーン?」
聞いたことの無いコンビニ名。でも、あそこまで走れば。
『ウーッ! ウーッ! ウーッ! 緊急警戒警報、緊急警戒警報。高濃度の光化学スモッグが発生しています。外出中の方は、ただちに屋内に避難して下さい。繰り返します……』
突如鳴り響いたけたたましいサイレンの音とともに抑揚の無い声が危険を知らせている。鼓膜を震わすその音は頭の奥を揺らし焦燥感と恐怖感を煽ってくる。「嫌だ」早く、あそこまで、と焦るのに水の中をもがいているかの如く足が前に進まない。「怖い」頭もぼんやりしてきた。前を走っていた少年が振り向いた気がする。「助けて」手を伸ばすが、
……でも、
…………だめだ。
………………視界が
……………………真っ暗、
……………………………………に。
「お母さん」
「ごめんなさい」
「おうちに帰りたい……よ…………」