壱
朝は薄曇りだった空も、放課後の今となってはギラギラに晴れ渡っている。夕方だというのにジリジリと焦がそうとしてくる太陽の熱と陽射しが忌々しい。おでこに腕を当て庇を作りつつも更に目を細めて見上げれば、真っ白な入道雲がソフトクリームのようにこんもりと上に向かって伸びていて、青い夏の空に存在を主張していた。
そのソフトクリームが溶かされるはずもなく、それどころか周りの雲を従えていった。大きな夕立雲はクールな灰青の陰影により立体的に見え、どんどん勢力を広げていく。その背後に厄介な太陽を隠してしまうと、みるみるうちに地上に不穏な暗い影を落とした。雲自体も更に黒味を増していて、ゴロゴロと低く響くように喉を鳴らしている。
私は今、駅でその音を聞いていた。
今朝は空模様に引っ張られるように私の気持ちもどこか晴れず、朝っぱらからお母さんとケンカしてしまった。夏の低気圧が近づいてきているせいかもしれない。私もお母さんもどこかイライラしていた。
ケンカの内容はほんとに馬鹿らしいくらいに些細なものだ。私の通う学校に制服は無いのだが、今朝私の選んだ赤いワンピースが通学には不似合いだと怒られた。ただそれだけの話。なのにお互いムキになってしまって、結局私は着替えもせずに飛び出した。
二学期になってもマスクの着用が義務付けられていたり、放課後のカラオケも禁止されたりとストレスが溜まる毎日なのだから、せめて好きな格好くらいしてもいいじゃない。学校帰りに街をぶらつくことも自粛して、こうして毎日真っ直ぐ家にだって帰ってるんだから。
それでも今日ばかりは真っ直ぐ家に帰りたくない気分だった。折良く一雨来そうだし、雨宿りを名目にすれば少しくらい帰宅が遅くなっても許されるはずだ。
私の住む町は東京都とは名ばかりの二十三区に属さない田舎にある。ええもう、裏山から猿が出るってくらいに。こんな田舎なら少しくらい遊び歩いたっていいんじゃないかと思いながらも、親やご近所さんの目が怖い私は羽目を外せないでいた。
ひとつ隣の基幹駅まで出向けば、一応駅ビルとしてショッピングモールも付いてるし、美味しいお店や遊ぶところもあちこちにある。平時ならば迷わずぶらついて時間を潰したりもするのだが、今のご時世意味も無くぶらつくのも憚られる。
私の家は、この学校近くの駅を通り越して、更に歩いて三十分ほどの距離にある。バスもあるのだが三十分に一本なので歩いてしまった方が面倒も無い。バスの揺れは苦手だし。
だから本来なら駅に寄る必要はないのだが、親に対して小さな反抗心を抱いた私はわざわざ必要のない駅に立ち寄った。雨宿りのために軒下を借りているだけじゃない。ちゃんと隣駅までの切符を買って電車に乗るためだ。
それでも良い子ちゃんから抜け出せない私は、基幹駅へ向かう電車ではなく、反対方面の終点へと向かう電車を選んだ。距離にして三キロ強。乗車時間なんて五分もないだろう。
たったそれだけの、少しの反抗心から生まれた小さな冒険になるだけのはずたったのに。