02 華族とキバミ
今まで一つにまとまっていた一章を分割して読みやすくしました!
なんの変哲も無いただの孤児院での生活に思える、がしかし、全く普通では無い。
二一XX年。人類は留まることなく進化を続け、人口減少や労働不足、食料不足などの様々な問題を全てAI、つまり人工知能と機械によって補った。
正確には補ったのではなく超えた。
予想を遙かに超えた成果をあげ、現代は人類至上最高の機械文明時代と言われるほどだった。
どのくらいかというと、まず食料はほぼ複製で作られるようになり、A五ランク級のお肉も量産可能。野菜などからとれる栄養は全てひとつのサプリメントで得られるようになり、野菜嫌いの子供も楽々栄養が摂れるようになった。
道路は全て全自動化システムが搭載され、歩く必要も無ければ車を運転する必要も無い。
全ての家、施設、場所が繋がっており、まるで遊園地のジェットコースターがいつでもどこでも乗り降り可能といった具合だ。
教育制度も大きく変わった。学校という一つの空間で同じレベルの授業を受けさせるのは、子供一人一人に合った最適教育方法ではないということで廃止され、代わりに自動学習システムが搭載された。
自動学習システムとは、生まれてきた子供に特別なICチップを埋め込み、健康管理から発達、成長レベルに合わせた補佐と学習が行われ、常に最適な教育が施されるシステムである。よってこの子達は生まれながらにしてエリートであり、一人一人に合った適正の道が確定している。
またこのICチップには様々な機能が搭載されており、例えばお金も電子マネーとして搭載、携帯の役割も果たしてくれる。もちろんネットも繋がる。全て脳内で再生してくれるから、そのビジョンが目に浮かぶといった感じだ。
つまり人類は、とてつもなく進化したのだ。
しかし、進化したことによって生まれたものがある。
それが階級制度である。
この最高の文明を享受出来る層がいれば、逆にできない層も生み出したということだ。
享受できる側は華族と書いてかぞくと呼ばれている。逆にできない側は、華族からはみ出た者という意味でキバミと呼ばれた。黄ばんでいる部分、汚れた部分、要らないもの、カス・・・・・・そんなところだろう。
機械が仕事をするような世界だから、殆どの華族は適正に定められた職を数年間務めたら退職し、娯楽を愉しむ毎日を送っている。それに対してキバミは機械ではできない雑用をやる者として雇われたり、その娯楽を盛り上げるための道具として利用されたりする。
孤児院で暮らす子供達、並びにそこでお世話係をしているおばさんは当然、キバミということになる。
だからここでは昔と変わらない教育形式が行われていたのだ。
そしてここは孤児院であり、この世界ではぶられたキバミ達が残していった、あるいは捨てていった子供達が保護されている。
優理が孤児院にやってきたのは年齢として三才くらいの頃らしいが、正確には不明である。
孤児院にやってくる子は大半が親の事情であり、年齢や名前は把握されていることが多い。たとえ捨て子であったとしても、手紙が添えられてそれらが完全にわからないといったことは希なのだが、優理はその数少ない一人だった。
道ばたに裸で横たわって倒れていたところを当時の院長に発見され保護されたのだ。
これまでどうやって生きてきたのかと不思議に思うくらい綺麗な肌をしていて、髪はちょっと長くなっていたが整っていた。
意識を取り戻した彼に院長は、名前は? 歳はいくつなの? どこから来たの? と質問をしたが、何一つ彼について分かったことが無く、唯一分かることといえば、彼が男の子であるということだけであった。
つまり優理には記憶が無かったのだ。
そんな優理に名前を付けたのが院長であり、優理は院長にとても懐いていた。
しかしその院長も推定で彼が七才の頃に他界した。
もともと周りの子とも馴染めずに院長にだけ心を開いていた優理は、それ以降一人でいることが多くなった。
そして一人でいる時間を優理は本を読んで過ごした。
本は一人でいる退屈な時間を、まるで別世界にダイブしたかのような感覚で満たしてくれる存在だった。
それともう一つ、院長が優理に残してくれたものがあった。それは優理が五歳の誕生日を迎える時にもらった大切な友達である。
「優理お誕生日おめでとう」
いつものように一人、院長室で本を読んでいた優理のところに、なにやら大きな荷物を持った院長がやってきた。
「あ、院長お帰りなさい! 全然来ないから忘れちゃったのかと思ったよ!」
読んでいた本を放り投げて院長の足下へと駆け寄る。
「ごめんごめん、実はね誕生日プレゼントを探していたんだよ」
そう言うと手に持っていた大きな荷物を優理に近づけた。
優理は鼻を膨らませながら足ぴょんぴょんさせる。
「ちょっとまってな」と机の上にその大きな荷物を置き、院長は中身を取り出す。
「綺麗・・・・・・」
優理は思わず言葉を漏らした。
袋から出てきたのは優理の顔くらいの大きさの鉢と黄色い花だった。その花は手の平に似た形の優しい緑色をした葉っぱを数枚つけ、根元からしっかりと生えた細長い茎の先に、何重にもなった花弁の層でできた丸い花冠をした花だった。
「この花の名前は『ガーベラ』と言ってな、優理にぴったりの花だと思ってプレゼントにしたんだよ」
「僕にぴったり?」
「優理は花言葉って知っているかい?」
「はなことば・・・・・・知らない、何それ?」
「花言葉っていうのは、その花が持つ意味のことだよ」
「花に意味?どういうこと??」
余計に分からなくなってしまったのか首を傾げ、指で唇を触る。
「例えば赤い薔薇の花には『貴方を愛しています』っていう意味があって、それを渡すことで好きですって気持ちを伝えることもできるんだ」
「へー、でもなんで直接好きって言わないで薔薇の花で好きですって伝えるの?」
「そ、それはだな・・・・・・ロマンティックだからかな!」
直球だが変化球な質問に困って頭を悩ませた結果、ロマンティックという言葉に頼った院長。それに対してもちろん優理は「ロマンティックって何?」と聞くのだが、「ロマンティックはロマンティックだよ」と押し切る。
「そのうち優理にも分かるさ」
納得はいかないがとりあえず頷き、興味は花に戻る。
「じゃあこのガーベラって花にも花言葉があって、それが僕にぴったりってことなんだね」
「そうだよ、花言葉については今度調べてみるといい」
「えー、知ってるなら教えてよーー」
勿体ぶる院長に口を尖らせる優理。
「ここで聞いちゃうより自分で調べて知った方がより愛着が沸くだろ? それよりこの花に名前をつけてあげようよ」
「名前か・・・・・・そうだね!」
子供の切り替えの早さは凄まじいなと感心する院長をよそに優理は花の名前を考える。
「えーっと、ガーベラだから・・・・・・ベラ! ベラちゃんにする!」
あっという間に決まった!
花の名前をそのまま借りるというよくある名前の付け方で『ベラ』と名付けられたこの花は、院長の墓に添えられるまでの間、毎日欠かさず優理が世話し続けた大切な友達一号だった。ちなみに現在優理が大切にお世話している『ベル』は三代目である。
今日も優理は六時半よりも前に目を覚まし、洗面所で汲んだ水を『ベル』にあげるのだが、その表情は遠足前日の小学生のようにいつもより明るく楽しそうにしている。
なぜかというと、今日は月に一回の外出日なのだ。
基本的にここの孤児院では、院外への外出が許されておらず、子供達は院内でのみ自由を許されているのだが、唯一外出日だけは院外への外出が許される。
午前中の軽いオリエンテーションが終わってから夕食が始まる三〇分前までの時間、子供達は各々自由にこの外出時間を楽しむ。
大勢で近隣にある海へ海水浴や潮干狩りに行く者もいれば、普段できないゲームをするためにゲームセンターへ行く者もいる。
オリエンテーションが終わると同時に優理は教室を一番に飛び出して、入り口の門を自分の自転車に乗りながら颯爽と走り抜ける。
この自転車は優理がお小遣いを使わずに貯め続けて買った優理だけの自転車である。買った当初は周りの子達からも貸してと何度も言われたが全て断っていた。他の子達は毎月のお小遣いをこの日にゲームやらなんやらに使っていて、その度に自分はうらやましいと思うのを我慢してようやく買えたのだから当然のことだ。
風を切る心地よさを全身で感じながら自転車を漕ぎ続けていた優理だったが急にブレーキを踏んで足を止めた。
優理の目に止まったのはいつもの光景だったが、異常な光景でもあった。
真っ黒で長く伸びきった髪をした歳にして一六歳くらいの青年が、三人の男達――彼らも同じ歳頃っぽい――に遊ばれていた。
決して遊んでいる訳ではないのだが、華族にとってキバミは遊び道具といっても過言ではない。
「やめてくれ・・・・・・」
惨めな青年がぼそっと奴等に言う。
「やめてくれじゃなくて、辞めてくださいませ・・・・・・だろっ!」
黒い塊が腹を抱えてその場に屈み込む。
「や、めて・・・・・・くださ・・・い・・・・・・」
「今日も妹ちゃんのお見舞いか? この道はお前みたいなキバミが通って良い場所じゃないんだって何回言えばわかるんだよっ」
黒い塊から肌が見える。
「お前、よくこんな奴の髪触れるな、腐っちゃうぞー」
「やっべ、ついこいつの泣きっ面を見たくてよ」
「もうこの道使うんじゃねーぞ」
三人はぎゃはぎゃは笑いながらその場を後にした。
「グゾォ・・・・・・ゼッテえいつか、イツカ・・・・・・」
その闇の塊を見て優理はペダルに足をかけ直した。
触らぬ神にたたりなし。
あの場に自分が助けに出ても何もできやしなかっただろうし、かといって八つ当たりされるのもごめんだ。なによりいつもの通常で異常な光景にすぎないのだから・・・・・・。
それから漕ぎ続けること三五分、優理は海の見える丘に堂々と構えているレンガ造りの建物にたどり着いた。自転車を買う前は走ってここまで一時間以上かけていたのだから、自転車は優理にとって何を我慢してでも買うべき物であったに違いは無いだろう。
自転車を全力で漕いだからなのか、それともこの日を待ちに待ったワクワクからなのか、どっちか分かららなくなるほど高鳴る鼓動を抑えることもできずに優理は大きなレンガ造りの建物の重い扉を押し開ける。
ギィイと物を引きずるような音が館内に響きわたると同時に、鼻につくちょっと錆びたようなほこりっぽいにおい。それを荒い呼吸を整えるために精一杯鼻から吸い込んで優理は安心と興奮を同時に味わう。
そこには周りを見渡す限り二七〇度に広がる本棚とびっしりと詰まった本が、ほんのり明るいレトロな照明に照らされて置かれていた。
優理が貴重な外出日に一生懸命自転車を漕いでやってきたこの場所は図書館であった。
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日間載りたい!!!