涙
「店閉めるぞー。」
「終わったぁ!今日も疲れたなぁ!」
「お疲れ様でした。」
最後のお客さんが出て行くのを確認して今日の注文は終了となる。
後は、残ってる食器を洗うのと店内の清掃だけだ。
「私、店内をやりますので、シーナは食器をお願いします。」
「任しとけぃ!」
「そういえば、シーナ。」
ライネスが唐突に私の名前を呼ぶ。
「何ですか?」
「朝のことなんだけどよ。」
なんとなくライネスの言いたいことを察した私は、朝から一人で頑張っていた彼に免じてあげることにした。
「大丈夫です。全然怒っていませんよ。」
「いや、そうじゃないんだ。」
「え、女である私をお風呂に行かせてくれなかったことじゃないんですか?」
「あれは別に悪いと思ってない。そんなことよりな。」
思ってないんかい。
そんなことって言うな。
本当にどこまでも気遣えない人。
「そんなことって.......」
言葉を遮り、続けるライネス。
「お前が、私は女だって。恥ずかしいんだって言ってきたのが嬉しくてよ。」
「変態ですか。」
ニヤニヤしながら言うライネスだったが、慌てて訂正する。
「変な意味じゃなくてよ!まぁ、なんだ。人間らしくなったじゃねえか、シーナ。」
「.......。」
私にはライネスと会う前の記憶が完全に無い。
ライネスと会う瞬間に意識が芽生えたんじゃないかと思うくらいだ。
その時の私は感情も意思も無く、ただの人形のようだった。
それでもめげずに今まで一緒に暮らしてくれたライネスは言わば父のようなものだ。
感謝してもし切れない。
ライネスとの、お客さんもシーナも含めた「アスノヨゾラ亭」との日々が私に沢山の言葉と感情を与えてくれた。
そして、最初は木偶の坊だった私が人間らしくなったのは私も嬉しいけど、誰よりもライネスが嬉しいんだと思う。
ふと目の前のライネスの笑顔と昔のライネスの笑顔が重なる。
「「お前は、シーナ。俺の子だ。」」
その刹那、瞼が熱くなり鼻の奥の方がむず痒くなって来た。
━━━━━━━━━━ポツン。
私の目から一滴の水が垂れ落ちた。
「.......泣いてるのか。」
「わかんない。わかんないよぉ。」
その一滴を境に涙が止まらなくなる。
これが「泣く」ということなのか。
胸がキュッとしまって、呼吸もしづらい。
本来なら苦しいはずなのに。
何故だろう。
凄く心地良い。
今までに味わったことの無い感覚だ。
ライネスとの出来事が、私をまた一つ成長させた。
「なんで二人とも泣いてるの!?大丈夫!?」
いつの間にかライネスも涙を流して居たらしく、二人して泣いているためソフィーが心配してくれていた。
「ううん。なんでもないんです。」
「そう?ならいいんだ!ライネスはって、ちょっと!?お医者さん呼ぶ!?呼んだ方がいい!?」
顔は手で覆っているため見えないが、きっと泣いてくれているのだろう。
今思ってみればライネスの泣き顔なんて初めて見た。
どんなに辛いことや悲しいことがあっても、弱音こそ吐くけど苦しい顔は疎か、泣き顔一つしなかった。
「ライネスも泣くんですね。」
意外な一面を見れたな。
いや、意外でもないか。
本当は泣きたい時なんていっぱいあったんだろう。
でも、私のために。
「アスノヨゾラ亭」のために一人で頑張ってくれていただけなんだ。
あの片腕にかなりの重荷を背負わせていたんだと、改めて思った。
これからは私も一緒に背負って行こう。
今の私ならきっと大丈夫。
一人じゃない。
皆いるんだから。
「ねぇ、ライネス。私に料理を教えてくれませんか?」