お風呂は大事
「っ!?」
目を開けるとそこには規律良く並んだ木目が見える。
色は茶色とはっきり認識出来る。
光のある世界での意識の覚醒。
つまり、夢から目覚めたという訳だ。
先程の木目はその部屋の天井の模様。
「またこの夢。」
横になっていた体を起こし、辺りを見渡す。
窓からは、優しい陽光が差し込み部屋を暖かく包み込む。
悪夢にうなされ、汗だくになって冷えた私の体にその光は凄く染みた。
自分が寝転がっているベッド以外には、古びたタンスが置いてあるだけのその空間に、私は安堵した。
「おい、シーナ!起きてんのか!」
下から怒鳴り声が聞こえる。
「.......。」
無言のまま着替え始める。
べしょべしょになった寝巻きを脱ぎ、まっ白い薄手のシャツを着る。
黒の長いロングスカートを履いて、腰にエプロンを巻く。
そして、寝癖で少しボサついた髪を櫛でとく。
毛の絡まりが解け長く下ろされたその髪は、一本一本がシルクのようで、太陽の光でさえ通り抜けている。
それらを束ね、頭頂部で縛る。
これで準備完了、お仕事スタイル。
支度を終えた私は、床から下に伸びた梯子を伝って降り、先程の声の方へ足を向ける。
「急がせてすまんな。結構込み合っててよ。」
ここは、出発前の冒険者が集まる食堂「アスノヨゾラ亭」だ。
昼夜問わず大繁盛の、少しは名の知れた食堂である。
人気の理由はこの男「ライネス」の腕が本物だからである。
彼も元々は冒険者で日々荒野へ出て獣と格闘していたのだが、ある事件を機に片腕を失い冒険者をやめ、料理を始めたのだという。
今日も今日とて、彼の作る料理を求め常連から新顔、老若男女問わず訪れている。
そんな現状を私とそこまで歳の差がない彼が一人で作り上げたと言うのだから驚きだ。
「お風呂。」
先程の寝汗が気持ち悪いのだ。
せっかく着替えたが、そんなのどうでもいい。
とりあえず流したい、この嫌な汗を。
しかし、彼はそれを許さない。
「は!?後で入ってくれ。ソフィーがまだ来てなくて人手が足りねえんだよ。ったく、何してんだあいつは!」
「お風呂。」
あろうことかこの男は、寝起きの臭い状況で人前に出ろと女に言っているのだ。
こんな気の遣えない人の飯が美味いというのだから、この世は不思議だ。
「汗かいちゃって恥ずかしいんです。」
「.......五分だ。五分で上がって来い。」
少し考えてくれたかと思ったら無理難題を押し付けて来た。
そんなの無理に決まっているでしょ。
「二十分。」
「ダメに決まって.......」
「二十分。」
「だから今.......」
「に、じゅ、っ、ぷ、ん!」
ライネスの言葉を遮り私は脅迫、もといお願いしてみる。
「私、女。」
少し困った顔をしてから、
「わかった。ただし、早く上がれるなら上がってくれよ。」
怒った顔でも嫌な顔でもなく、笑顔でそう言った。
「何ですか今の顔。変な事考えたでしょ。最低!」
「違っ!今のはそういうんじゃなくて!」
「痴話喧嘩かよ、ライネス!」
「そんなんじゃねえわ、馬鹿野郎!」
説得を終えた私は、客とライネスの会話を背に浴室へ向かった。