Frozen tearが溢れる時
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その日の放課後、僕たちはすぐに桐生睦月の自宅を訪れた。場所は愛梨彩の家と同じ成石地区にあったため、下校の足でそのまま四人で向かった。
桐生さんの家は住宅街の中にあった。周りの家と変わらない、ごく普通な一戸建て。年季は少し入っているようだ。
「僕がいくよ。この中で一番関わりあるのは僕だと思うし」
そう言うと三人は異論なく、頷いてくれた。
意を決して門の付近にあるインターホンを鳴らす。すると「はい?」と女性の黄色い声音が聞こえてきた。聞き覚えがない。桐生さんのお母さんのようだ。
「こんにちは。成石学園の生徒で、睦月さんと同じクラスの太刀川って言います。えっと……睦月さんとお話がしたいんですけれど……」
「ちょっと待ってくださいね」
しばしの間、インターホンから音が途切れる。桐生さんを呼びにいったようだが……不登校の桐生さんは応じてくれるだろうか。もし引きこもっているなら門前払いを食らいそうだ。果たして、結果はいかに?
「今門開けますね」
少しして玄関が開き、肉づきのいい中年の女性がやってくる。
「あら、こんなに大勢でいらしてたの。もしかして学校のことですか?」
「ええ、まあ」
「そうですか……うちの子は部屋の前でなら話を聞くって言ってます。どうも部屋には入れたくないらしくて」
「いえ、それで充分です。こちらこそわざわざありがとうございます」
「どうぞ」
桐生さんのお母さんが門を開ける。
「僕が言って話を聞いてくるよ」
「待って、私もいく。あなた一人だと心配だもの」
引き止めるように愛梨彩が言った。確かにもしも戦闘にでも発展したら……と考えると僕一人では心配か。僕は無言で頷いた。
家へと入るとすぐに階段が見えた。その突き当たりの部屋が桐生さんの部屋らしい。
「話は僕がする。愛梨彩が話に割って入ると多分警戒すると思うから」
階段を上りながら、後ろの相棒に声をかける。
「反論したいところだけど……あなたの言う通りね。私は様子を伺って、万一の時に備えることにするわ」
桐生睦月の部屋の前に到達する。驚かさないように軽く二回ノックをする。すると中から「太刀川くん?」と声が聞こえた。
「うん、そう。太刀川。覚えててくれたんだね」
「一年生の頃……一緒のクラスだったし」
「それもそうか。調理実習でも同じ班だったしね」
「うん」
挨拶代わりの取り止めもない会話。沈んだ声色だが、間違いなく黒乃魔孤と同じ声だった。
「太刀川くん……どうして急にうちにきたの?」
そんな中、桐生さんは最もな疑問を口にした。僕と愛梨彩は目を見合わせる。桐生さんのお母さんが上がってくる様子はない。単刀直入に切り出すしかないようだ。
「あのさ……桐生さんが黒乃魔孤だよね?」
扉越しにはっと息を飲む音が聞こえた。どうやら図星のようだ。
しかし、言葉は一向に返ってこない。黒乃魔孤の正体の特定で警戒されたのかもしれない。
「僕さ、信じるよ。桐生さんが魔法が使えるって。ほかの誰もが信じなくても僕は信じる」
未だに言の葉は返ってこず、静寂だけが廊下に流れる。
正直どこまで話していいのかわからなくなってきた。一方的に話し続けるのもそうだし、魔法のことを明かすのもそうだ。これで全く無関係な人間に「魔法はあります」なんて言ったら僕が痛い人間ということになってしまう。
ふうと一息つき、愛梨彩の顔を見る。彼女も同様にため息をついていた。なかなか思うようにいかないな。
「どうして……? どうして信じるなんて言えるの? 証拠もなしにただあると思うから……あって欲しいと思うからそんな無責任なこと言うの?」
ふるふると声が震えていた。僕は覚悟を決めて、扉を見据える。無責任な言葉じゃないこと、証拠はあることを告げるために。
「驚かないで聞いて欲しい。その……僕も魔法、使えるんだ」
「……え?」
「魔法が使えるのは君だけじゃない。魔法を使える人間……魔女はこの世界に確かに存在するんだ」
静けさをつん裂くようにすすり泣く音が反響していた。きっと今まで誰にも……親にも相談できず、一人で抱えていたのだろう。凍りついて堰き止められていた涙は収まることを知らない。解けていき、延々と流れ続けてゆく。
「君の魔法は強大な力だ。このままだと桐生さんの身に危険が迫るかもしれない。僕は……僕たちは君を保護するためにきたんだ。信用するのは今すぐじゃなくていいから……もし、もしこれるなら学校で話したい。学校が嫌だったら別の場所でも構わない。もう、一人でその力のこと……抱えこまなくていいからさ」
返事はなく、嗚咽混じりの声が響くだけ。
伝えたいことは全て伝えた。「それじゃあ」と一声かけて、僕はその場から立ち去った。
「あんな大見得切ってよかったのかしら?」
階段を下っている途中で愛梨彩が尋ねてきた。
「大見得って?」
「保護しにきたって言ったでしょ。彼女が本当に魔術式継承してたなら、人を殺してることになる。もしかしたら彼女はすでに——」
「人を快楽で殺す人間は泣かないでしょ。少なくとも桐生さんは泣いてた。きっと……わけがあるんだと思う」
あくまで僕の想像でしかないが……それでも僕はあの涙を信じようと決めた。なにも知らない一般人が魔女になれば錯乱だってするだろう。
「はあ、全く。その甘さ、誰に似たのかしら?」
「どう考えても主人にでしょ?」
振り向いて答えると、愛梨彩がぷいと顔を逸らした。
そんな折に、桐生さんのお母さんがリビングから玄関までやってきた。僕らが帰るのを察したのだろう。
「あの……睦月は……ちゃんと話をしましたか?」
「ええ。だいぶ一人で抱えていたみたいです。親に言い出しにくいこともあったみたいですし」
「そうですか……」
「あの……紙とペンをいただけますか」
桐生さんのお母さんは頷き、紙とペンを持ってきてくれた。僕はそこにチャットアプリの自分のIDを書きこんだ。
「桐生さんに渡してください。なにかあったら僕に連絡をくれれば」
「はい。色々とありがとうございました」
桐生さんのお母さんが深々と頭を下げた。僕はその姿を見ていたたまれない気持ちになった。彼女には引きこもりの娘を心配してきてくれたクラスメイトと映っているのかもしれない。いい人に見えているのかもしれない。
けど、それは違う。僕はお母さんから娘を引き離そうとしにきた人間だ。善意とは言え……事情を全て話せないのがやきもきする。握る拳の力が自然と強くなっていた。
なにも言えず、会釈だけしてその場を去る。桐生睦月を守る。それがこのお母さんに対してできるせめてもの償いだ。
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