恋する漢は弱いさ
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「あれ、九条はどうしたー? 朝いたよな?」
担任の及川の気の抜けた声が教室にこだまする。
——愛梨彩が授業を無断欠席した。
それがどれだけ重大なことか、僕にはよくわかっていた。
愛梨彩は生真面目な人間だ。学園に潜入する以上、無断で授業を休むわけがない。潜入前にわざわざ勉強するくらい生真面目なんだぞ?
確か昼休みに咲久来と話をすることになっていたはずだ。そこでなにかあったに違いない。
僕は力なく挙手をする。
「せ、先生……きゅ、急にお腹痛くなってきたんでトイレいってもいいですか?」
「おいおい、黎。昼飯の食べ過ぎかよー」
おちょくるように緋色が小言を言うが、彼の目はなにかを察しているようだった。どうやら僕の目論見に気づいて自然な感じでフォローしてくれたらしい。
「仕方ないな。いっていいぞ」
「ありがとうございます」
便意を我慢するように小走りで教室のドアを目指す。去り際に及川が「無理そうだったら保健室いけよー」とありがたい言葉をかけてくれた。先生を騙すのは忍びないが、これも主人のためだ。
教室の扉を出て、全速力で校舎内を駆ける。
「魔女の話をするなら……人のいないところだよな」
使われていない空き教室か……それとも生徒が立ち入り禁止のところか。
仮に昼休みの時に教室が空いていたとしても五限目で使う場合がある。そうなった場合、愛梨彩の異変に気づいた誰かが助けてくれるはずだ。
なら、まず調べるのは生徒が立ち入らず、授業でも使わない場所だ。
「屋上か」
僕は一目散に階段を駆けていき、突き当たりの扉を勢いよく開け放つ。
——果たしてそこに愛梨彩がいた。
「愛梨彩!!」
顔が黒く汚れた状態で、彼女がフェンスに背を持たせかけるようにぐったりと座っていた。目は虚で、僕がきても反応は鈍かった。
「愛梨彩!! しっかりしろ! なにがあったんだ!?」
しゃがみこみ、愛梨彩の体を揺する。目立ったダメージはない。放心しているだけ——それはまるで精神を打ち砕かれた廃人のようだった。
次の瞬間、彼女が無言で僕の体に縋りついてきた。こんなの初めてのことで、不意にドキりとしてしまう。
胸の中ですすり泣く声がする。
「どうしたのさ?」
どうしたらいいかわからず、思わず抱きとめる。彼女が……こんな弱い姿を晒すなんて。なにが起きたのだろうか。
「今はなにも聞かないで。でも必ず……ちゃんと話すから」
「うん」
「狡い女で……ごめんなさい。わけも言えずに……こんなことまでして……ごめんなさい」
「うん、大丈夫だから」
僕はただ彼女の背中を軽く叩くことしかできなかった。
愛梨彩の言葉の意味はわからない。なにが狡くて、どんなわけがあるのかもわからない。それは僕に関わる大事なことなのかもしれない。
それでも今は従者としての自分を優先してしまう。彼女を安心させたくなってしまう。きっと、この行動は理屈じゃないのだろう。好きな女の子が泣いているのに、問いただせるわけがない。
「どこにもいかないで、太刀川くん」
紛れもない本心から出た彼女の想い。その言葉は矢となり僕の胸を穿つ。そよぐ風の音は断ち消え、まるで僕ら二人だけを残して世界が静止したようだった。
——なんと声をかければいいのだろう。
どうして彼女が僕に「どこにもいかないで」と言ったのか……わからないけど、遠く離れる予兆があったのかもしれない。僕の夢と……同じように。
白のキャンバスに落ちた黒い染み。そこから滲み出す鮮血。夢の光景が脳裏にこびりついて離れない。
——絶対正夢にしてたまるものか。
そう決心した時、伝える言葉は決まった。
「僕はずっと君の隣にいるよ。もし愛梨彩が悪いことをしても見放したりなんかするもんか。そばで、一番最初に叱ってやる。君を悪い魔女になんかさせない」
はっとしたように愛梨彩の体がぴくりと動く。僕の言葉にどれだけの効果があったのだろうか。けど、僕が今言える答えはこれだけだ。
「それにほら、人間誰しも人には言いにくいことってあるし。いくら相棒とはいえ……そこまで深く突っこむのはプライバシーの侵害かもしれないし? なにより……いつかは打ち明けてくれるんだろう?」
僕の胸の中で頭が縦に動いた。しっかりと強く。
「なら僕は未来の愛梨彩を信じるよ。だから……ほら、そんなに自分を責めないで」
「あなたは……お人好し過ぎるわ」
「そんなことないよ。愛梨彩に対してだけだよ。多分、最初から僕の負けなんだ」
初めて見た時から惚れてしまっていて、その時から僕は愛梨彩に勝てないのだ。だからどんな時でも受け止めようとしてしまう。恋する漢の弱さ……なのかもしれない。
それでも僕はこの弱さを大事にしたい。大切なものを大切だと思える、失いたくないと思える弱さを。愛梨彩が言った言葉の意味が同じだったら……嬉しいな。
「五限は……サボろうか」
愛梨彩の反応はない。逡巡しているのだろう。
「つらい時は無理する必要ないよ。つらいって言えばいいんだから。言える相手がいるならなおさら」
「……つらい」
その一言が外見年齢相応のわがままに聞こえて、ついクスりと笑ってしまった。自分の気持ちを素直に打ち明けられるようになった彼女が愛おしい。
「そっか」
それ以上、僕らが言葉を交わすことはなかった。交わさなくてもきっと通じている。
僕は知っている。
誰よりも優しく、思いやりに溢れた魔女の心が脆いことを。どんな些細なことでも負い目があると気にしてしまうことを。そして——どんな時もめげずに立ち上がることを。
僕が立ち上がるための支えになれているなら……今はそれだけで充分だ。
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