継承
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ブルームが完全に復活したのはそれから五日後だった。
撤退する時に魔力を消耗したために、復帰が遅れたということらしい。
ともあれ全員無事で帰ってこれたのは嬉しかった。一人として欠けることなく……僕たちはここにいる。
だが、依然として問題は残っている。
綾芽とアザレア——どちらも強力な魔女だ。僕たちは彼女らを倒し、賢者の石を手にしなければならない。
今日は復帰したブルームがアザレアと戦った時に気づいたことを報告することになっていた。リビングに先に集まっていた僕たち四人はすでにソファーに腰掛けていた。
「待たせたね。早速報告させていただこうか」
遅れて部屋に入ってきたブルーム。彼女は座らず、立ったまま話をするようだった。
「結論から言おう。彼女の魔法は空間を自分の思い通りに歪める魔法だ。だが……歪める範囲には限界がある」
「限界?」
「ああ、そうだ。撤退時にソーマが瞬間移動で追ってこなくなったタイミングがあっただろう?」
彼女に言われて思い出す。確かに礼拝堂を出てから彼は瞬間移動をすることをやめた。
「彼女は……アザレアは《《自分が見える範囲》》しか空間を歪められない」
「断言するのね」
愛梨彩の言葉にブルームが頷いた。
追わなくなったのは『これ以上は無意味だと判断したから』とも考えられるが……あの時のソーマは諦めていなかった。となると『効果範囲外だったから』と考えるのが自然ということか。
「彼女の眼、見たことあるだろう?」
「オッドアイ……だったわね」
愛梨彩と僕が初めて彼女と対峙した時、その目ははっきりと僕らを捉えていた。だから今でも鮮明に思い出せる。彼女の眼は蒼と碧のオッドアイで、瞳には刻印のようなものがあった。
「彼女の魔術式は眼と直結している。あるいは眼そのものが継承するための移植部位だったのだろう」
「移植部位……って?」
耳慣れない言葉をおうむ返しする。思い返してみると、僕は魔術式の継承についてよく知らないことに気づいた。
「普通、魔術式の継承は心臓部へパスを繋げて刻印するの。あくまで魔力の移譲の延長。つまり外科手術を必要としないやり方ね。でもその技術が発達するより前は人体の部位ごと魔術式を移植をしていたのよ」
愛梨彩の補足説明に思わず「へぇ」という言葉が漏れてしまう。移植と継承……魔術式の渡し方にも技術発展があったのか。だがまだまだ僕の疑問は尽きない。
「移植と継承って違うの?」
「継承はそのままの意味ね。力を渡して自分と同じ魔女にする。対する移植はそれだけでは魔女にならない。そのままだとただ人体の部位を移植しただけになる。まあこの状態でも魔力を通せば魔女同様に魔法を使えるのだけれど」
「だったらみんな移植すればよかったんじゃ……そうすれば不老不死で悩むこともないし。移植でも魔法が使えるならなおさら——」
「魔法を《《使うだけ》》ならね。けど、それじゃ意味ないのだわ。移植しただけじゃ所詮借り物の力。自分の力として研究するのが魔女の役目だから、継承しないと意味ないの」
僕の疑問に答えたのは愛梨彩ではなく、フィーラであった。
「なるほど」
争奪戦のような戦いを行う場合なら借り物の力でも充分かもしれないが、魔女は生涯にわたって魔術式を研究する者たちだ。借り物の状態で充分な場合の方が珍しいのだ。
「で、移植から継承するためには自分の魔力と融合させて体の一部にする必要があるのだわ。なにせ一回体から切り離してるからね。だから移植の場合は継承者が魔力を持つ者でないといけないってわけ」
「つまり移植は電源コードに繋ってない状態ってこと?」
「いい例えね、レイ。使うだけならいちいちコードを繋げたり外したりすればいい。けど魔法を生み出す装置として改造、改修するなら一部として組みこむ必要がある……って感じなのだわ」
装置ごと移すかパーツだけを移すか……みたいな違いなのだろう。
継承は魔力ごと移してるから誰にでも渡せる、まるごとの受け渡し。移植は一回パーツを切り離してる分、自分の魔力と再接続して自分の物にしなくちゃいけない。
だからもう一度組み直すために魔力を持つ人間である必要がある。僕みたいな魔力を間借りしてる人間では継承できないのだろう。
二人が丁寧に説明してくれたおかげでなんとか僕は把握できたと思う。さっきから一言も喋っていない緋色は……完全に上の空で聞いていなかったようだ。
「話を元に戻そうか」
キリよく話を止めるようにブルームが口を挟んだ。
「魔力があったアザレアは魔術式が刻印された眼を移植し、自身の魔力と融合させて魔女になったのだろうね。移植の場合、その魔法にとって最も効果的な部位を渡すものだ。だとするとアザレアの魔法の原点は『見える空間を歪める魔法』だったと解釈できる。魔法に手を加えた今でも『視界』が能力の制約となっているのは道理が通るだろう」
「アザレアの目が届く範囲は都合のいい結界領域になる……か」
愛梨彩がぼやくように呟き、嘆息を漏らす。そんな彼女を見たからか僕の口からも釣られてため息が出た。こんな状況嘆きたくもなるさ。
「流石は教会のボスなのだわ。目に見える範囲なら無敵ってことじゃない」
思いっきりソファーの背に体重を預け、天井を見上げるフィーラ。お手上げ……と言っているようだ。
「目くらましすればいんじゃねーの?」
緋色はいつも通りのマイペースっぷり。この絶望的な状況でも思い詰めることはないらしい。
「それで攻略できれば苦労しないわよ、勝代くん。仮に私が霧を張ったとして、霧は視界内にあるのよ? すぐに吹き飛ばされるのが目に見えるわ」
「眼だけに『目に見える』って?」
緋色のくだらないギャグにより冷え切っていた部屋の空気がさらに下がり、沈黙が流れる。メンタルが強過ぎるのも考えものだな……いやむしろ尊敬すらする。
「ともかく……対策ができるまで教会に攻めこむのは控えた方がいいだろうね」
「当分は別のことをしなきゃってことか……」
別のこと……自分で言ってみたものの思いつくものはない。強いてあげるなら魔札の補充と増強くらいだ。
と、そんな時に屋敷のチャイムが鳴る。僕らが手をこまねいている時に屋敷に来訪する者——間違いなく、ハワードだ。
「お客さんかい?」
「そうみたいね。もしかしたらなにかブレイクスルーになる情報が得られるかも。私と太刀川くんで迎えましょう」
こくりと愛梨彩に頷いてみせる。
「じゃあ、報告会はお開きにしようか」
ブルームは部屋を後にした。フィーラと緋色はその場から動くつもりがないようだ。
ひとまずは……今できることをやるんだ。僕は客間へと足を向ける。
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