ともに過ごした時間
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あの日以来、秋葉市内で怪奇事件が起こることはなくなった。どうやら綾芽は律儀に教会との約束を守っているらしい。
僕たちはというと……攻めあぐねていた。
自身が創った魔導教会の援軍として参上したアザレア・フィフスター。彼女の存在が規格外過ぎるのだ。魔札を使用することなく、魔術式をフルに活用することで攻撃をまかなうことができる魔女。そんなの……彼女以外には存在しない。
しかも使用する魔法は空間魔法。どこまでの力があるかわからないが、空間を操ることができるという時点で格が違う。
つまり——この争奪戦で最恐の難敵が彼女というわけだ。
対するもう一方の最狂の敵、綾芽。何回か交戦したおかげで相手の戦闘パターンは読めてきたが……いかんせん傀儡が厄介だ。
今までは秋葉各地に散らばっていた木偶人形とゴーレムだが……今は善空寺の防衛に回っていると僕たちは予想していた。綾芽が襲撃をやめたことにより、いき場を失った傀儡が集まるところは一つだからだ。
僕ら五人であの量を相手して、根城を攻め落とせるかどうか……住民の代わりに僕らが苦悩する羽目になったわけだ。事件に収集がついたのに、なんたる皮肉だろうか。
強敵たちへの対策会議は難航し、一週間が経過してしまった。じっとしてはいられなかったが……無策で行動もできない。
そんな折だった。珍しくブルームが僕たちに招集をかけたのは。
「どうやって調べたのかは知らないが……私をお呼びのようだ」
そう言ってブルームが自身のスマートフォンをリビングのテーブルに置く。表示されたのはメッセージのテキストだった。『一人で高石教会にこい』。そんな旨が綴られている。
「私は彼らの望みに応えようと思っている」
「罠だろ、これ」
見た瞬間、僕の口からそんな言葉が漏れた。
「私もそう思う。だからこそ君たちを連れていきたくない。今の君たちではアザレアに勝てない」
「随分とはっきりと言ってくれるわね。あなたにだって勝算はないでしょう?」
ブルームのはっきりとした物言いが物議を醸す。勝気なフィーラが黙っていられるわけがなかった。
「ないね。でも私が赴けばなにかわかることがあるかもしれない」
「あなたまで裏切る……なんてことはないでしょうね」
「おい、愛梨彩!」
言い過ぎだと思い、僕は思わず声を荒げる。だが、愛梨彩の顔は憂いを帯びていた。教会が約束を反故にしたことで疑心暗鬼になっているのは……わからなくもない。理解できる。
「まあ、アリサの言いたいこともわかるのだわ。だって私たち未だにあなたの素顔を知らないんだもの」
「まあなぁ。でも事情あるんだろ? 少なくとも俺は悪いやつだと思ってないぜ?」
フィーラと緋色にとってブルームは見ず知らずの他人。素性もわからない魔女となぜか共闘していると映るのも無理はない。彼女に親近感を持っているのは……僕だけだ。
「裏切るつもりならわざわざ君たちに明かしはしないだろう? 黙って一人で教会に向かっているはずだ」
「それもそうね。ごめんなさい、私が勘繰り過ぎたみたい」
愛梨彩が申しわけなさそうに頭を下げる。ブルームも咎めることはしなかった。
「今さら信じてくれとは言わないが……私一人が危険に身を晒すことで得られる情報もあるだろう。情報が少ない以上、補う必要がある。そういう意味ではまたとない機会だと思うよ」
ブルームはおそらくこのメンバーの中で一番強い。それはよく知っている。だから自らを危険に晒しても平気だと言いたいのだろう。
僕はなにも言えなかった。反論するにも最もな理由がない。説き伏せるための屁理屈すら思いつかない。
「わかったわ。いい土産話を期待してるから」
誰も反論することなく愛梨彩が了解してしまう。そうしてブルームが無言でリビングを出ていった。
「……追えば?」
「え?」
唐突に放たれたフィーラの言葉。あまりに予想外の言葉で目が点になる。
「納得してないんでしょ、レイ。なら気が済むまで話せばいいのだわ」
「それは……そうだけど」
「私たちにとってブルームは得体の知れない魔女だけど……あなたにとっては違うんでしょ? 全く……正体を明かせば独りで抱えこむ必要もないのにね」
ブルームの正体はわからない。それでもブルームは仲間だ。ここまで何度も助けてくれた人を……一人で危険に晒したくない。フィーラもそれを理解していたのだろう。
「ごめん、いってくる」
そう言って僕はリビングを飛び出した。まだ遠くにはいってないはずだ。走って追いかければ間に合う。
「ブルーム!」
僕の声に気づいたブルームが振り返る。
彼女は玄関ホールにいた。あと一歩遅かったら教会へと向かっていただろう。
「どうしたんだい? そんなに慌てて追いかけてきて」
「本当に、本当に……一人でいいのか?」
「ありがとう。心配は嬉しいが、私一人で大丈夫だ。一応、話し合いをしにいくだけだしね」
ブルームが笑みを浮かべる。どうしてか……彼女はよく微笑む人だった。僕がつらい時も落ちこんでる時も彼女は笑って励ましてくれた。まるで姉のような存在だった。
けど、今の笑顔は違う。本当は無理して笑ってるんじゃないかって、やせ我慢してるんじゃないかって思った。僕たちに心配をかけないようにしている……僕にはそう見えた。
「僕は、その……ブルームのこと信じてるから。素性はわからないけど、あんたはずっと一緒に戦ってくれた。それだけで充分仲間としての証明になるよ。だからもしなにかあったら……心配でさ」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「正体が明かせないのは理解してる。でも……せめて……一人でなにもかも背負いこまないで欲しい。だって僕たちは《《仲間》》だろう?」
正体なんてどうでもいい。そんなことなんてどうでもよくなるくらいの信頼が僕たちにはあるはずだ。野良のみんなは生まれも育ちもバラバラだけど、確かに絆を感じていたんだ
だから——頼って欲しい。ブルームに比べたら弱いかもしれないけど、力を合わせた僕らは強いんだから。
「仲間……か。わかったよ。君の言う通り、もしものことがあるかもしれない。万が一には備えるべきだしね」
やれやれと言うようにブルームが嘆息を漏らす。どうやら僕のわがままが通り、折れてくれたようだ。
「それじゃあ」
「三時間だ。三時間で私が戻ってこなかったらおそらく戦闘になっているだろう。その時は助けにきてくれるかい?」
「ああ! もちろんだ!」
返答を聞いたブルームは安心したように笑っていた。僕はその場で彼女の出立を祈りながら、見送る。
——僕らの仲間が、ブルームが無事で帰ってきますように。
今は信じる。そして、もしもの時は僕が助けにいく。仲間は絶対守る。それが……僕の騎士としての矜持だから。
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