掃討作戦
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「あそこの岩ね。擬態を解除される前に私が凍らせるから、あなたは『破壊の戦鎚剣』で一気に砕いて」
「了解」
夜の公園で岩砕きに勤しむ男女が一組……僕と愛梨彩だった。
「起動しないと大したことないのね」
凍らされた岩は分裂してゴーレムになることなく、あっさりと蹴散らされる。
「けど、こうも風景に溶けこまれるとわからないな。本当に教会の諜報員様々だね」
「そうね。私たちではこんなふうに先手を打つことは叶わなかったでしょうね」
愛梨彩が教会から渡されたリストに目を通す。
「この公園にはほかに三箇所ほど怪しい場所があるみたい。急いで調べましょう」
「オッケー」
僕たちはそのまま公園の徘徊を続ける。大きい公園だから探し甲斐がありそうだ。
野良と教会による合同作戦が始まって数日。僕たちは順調に綾芽の傀儡の排除をこなしていた。悔しいことに教会の作戦立案がよかったからだ。
アインとの決闘の後、僕らは高石教会内の会議室に通された。ブルームも合流し、野良と教会合わせて八人で作戦会議が始まる。
「二宮綾芽は脱獄してから数ヶ月は潜伏して表に出ることはなかった。あの伏兵はおそらくその間に用意したものだろう。であればしらみ潰しでも成果は出る」
いくら物量戦が得意な魔女でも一回あたりの生産量には限りがある。傀儡を秋葉全域に仕掛けたとなると……かなりの時間をかけて仕こんだと考えるべきだろう。ソーマの言うように綾芽が脱獄してからすぐに争奪戦に参加しなかった理由としては充分だ。
「要するに生産量より多く倒せばいいってことでしょう」
あっけらかんとフィーラが言う。
「その通りだ。こうしている間にもあやつは傀儡を用意しているだろうが……殲滅してしまえば襲撃部隊の配備にまで手が回らなくなるというわけだ」
伏兵を一つ残らず殲滅すれば再配備までには時間がかかるはずだ。その間に綾芽を仕留めることができれば街への被害は少なくなる。
現状取れる綾芽への対策はこれが最適解だろう。
「教会からは諜報員を出す。彼らは魔術師ほど戦闘に長けてはいないが、索敵なら役立つだろう。また、怪しい箇所は常に諜報員が監視し、傀儡が動き出したらいち早く知らせるようにする」
魔術師や魔女だけでなく独自の諜報員まで抱えているとは……流石は魔導教会と言ったところか。
諜報員がいれば先手が打てるはずだ。傀儡たちが動く前に倒せるかもしれない。襲われた後に現場に急行するなんて後手に回ることはなくなる。
「魔導教会らしい人海戦術ね」
「褒め言葉として受け取っておくよ、九条愛梨彩。君たち野良は諜報員からの情報を受け取り各所で傀儡の排除を。我々魔導教会は各教会に協力を要請し、人通りが多い場所をあたる」
「お前たちに一般人のこと任せて平気なのかよ?」
異を唱えたのは緋色だった。教会は魔女主体の世界を作ろうとしている。故に一般人を軽視しそうではあるが……
「教会の理念は魔法の秘匿と管理だ。魔法の存在が世間に広まり、権力者が賢者の石の存在を知る……なんて事態は避けたいだろうしね。そこは信頼してもいいと思うよ?」
ブルームの言葉に緋色は返答しなかった。彼女が言葉を継ぐ。
「なにより彼らは巻きこまれた一般人の扱いに長けている。教会の方が適任だろう」
彼らが魔法を公にしようとしないことだけは信頼できる。事後処理などのことも考えるとここは彼らに任せた方がいい。
緋色は未だに黙っている。だが顔色はさっきと違い、納得しているようだった。黙認ということだろう。
「教会からは以上だ。なにか質問は?」
ソーマの問いを投げかける者はおらず、部屋に沈黙が流れる。全員異論はないということだろう。だが、僕は再度確認したい。
「あんたたちのこと……信じていいんだな?」
「質問……というよりは確認か?」
僕は口を閉ざしたままソーマを睨む。
「我々が二宮綾芽の凶行を止めたいのは事実だ。ただし、目的が同じだけでそうする理由は違うがね」
その言葉は裏表のない言葉だった。
僕たちは関係ない人への被害を少なくするために綾芽の凶行を止めたい。教会は魔法を表に出したくないから綾芽を止めたい。要は利害の一致だ。
だが、ここまで明け透けに物言われてしまったら納得するしかないだろう。嘘をついてないだけマシに思える。僕は返答せず、押し黙った。
「質問はないようだな。では、これより二宮綾芽討伐作戦を開始する!」
こうして野良と教会による傀儡掃討作戦が開始された。
先ほどと同じ要領で擬態した樹木を粉砕する。
「よっしゃ! 終わり!」
剣を霧散させ、手をはたく。これで公園内に設置された傀儡の生産ユニットは全て破壊できたはずだ。
「お疲れ様。もう遅い時間だし、今日のところは引き上げましょうか」
「ああ、そうだね。僕たちは体が資本なわけだし」
そう言うと愛梨彩も柔らかい笑顔で返してくれた。なんでもない光景なはずなのに僕も笑みが溢れる。いやそれどころか吹き出して笑いたくなった。
「なんで笑うのかしら?」
「いやだって、以前は無愛想だったのになって思ってさ……ふふ」
最近は見ることが多くなった愛梨彩の笑顔。自分たちの関係がいい方向に進んでいるんだなと改めて思った。
スレイヴになった時のことを思い出す。いつも仏頂面で、なに考えてるんだろうこの人って感じで、綺麗な顔なのに笑わないのはもったいないなって思ってた。……ダメだ、思い出しただけで笑いが止まらない。
「それは……その……もういいです! とっとと帰りましょう」
怒った彼女がそそくさと公園を後にしようとする。
「ごめんって! 笑った僕が悪かっ——」
その時だった。遠方から爆発音が飛来してきたのは。音がした方角を見ると煙が上がっている。
「火事……ではなさそうだね」
「あのあたりは鶴川橋ね。確かソーマの担当だったかしら?」
「そうだね」
「単独で行動する彼が綾芽に狙われるのは道理ね」
場所は市街地エリア。ここからそう遠くない。
ソーマを狙って綾芽が襲撃したと考えるのが妥当だろう。綾芽だってこの状況を手をこまねいて見ているだけなわけがない。
「気に食わないやつだけど……見殺しにするわけにもいかないよな」
「そうね。本当に気に食わない男だけど」
一時的とはいえ今は共闘しているのだ。それに司令塔となっているソーマがやられれば作戦の効率が落ちるのは目に見えている。気に食わない相手だが、一般人に被害を出さないために助けるしかない。
俺と愛梨彩は急いで鶴川橋の方へと向かった。
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