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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
第2章 魔女は己が欲《エゴ》のために踊る
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僕は正義の執行者にはなれない

続きはカクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887291624)の方で先行して掲載されております。

興味のある方は是非そちらでも読んでみてください。

感想、レビューなどもお待ちしております!


 本堂の中には火の光一つなく、暗がりが広がっていた。

 内陣の前を陣取るように二つの影が佇んでいる。一人は紫色の髪が目を惹く、狂気を孕んだ魔女——二宮綾芽。もう一人は暗闇に溶けこむような黒いスーツを着た背の高い女性。


「スレイヴか……?」

「先に追っ手を寄越してきましたか」


 綾芽のたおやかな声とは対照的な、ますらで低い女性の声が堂内に反響する。

 隙間から差しこんだ月の光が前に出てきた女を照らす。茶色い髪を短く切り揃えた女が三白眼で睨みを利かせている。黒いスーツにネクタイ……そして手袋。さながらSPのようだった。

 一目見ただけでわかる。こいつは普通の人間じゃないと。簡単に勝てる相手じゃないと。


「あら、スレイヴだけ先にきんしたんでありんすか。魔女がこないのは残念でありんすが……これはこれで」


 綾芽の口角がにんまりと釣り上がる。自身の愉悦を満たす玩具を見つけた目だ。


「咲久来、援護任せた。前衛は俺がやる」

「わかった」

「綾芽様、お下がりを。ここは自分が」

「貴利江さんが戦ってくれるでありんすか? それは頼もしいでありんすねぇ」


 白々しい物言いだった。綾芽は最初からスレイヴ同士で戦うことになるとわかっていたはずだ。


「それなら魔法をかけてあげんしょう。『石巌を その身に纏って 敵討てや』」


 本を読むように魔女が詠唱すると、女の体が姿を変える。石の甲冑を身に纏った鎧武者……のような出で立ちだった。およそ女性が変身したとは思えない風貌に俺は戸惑う。


「さあ、わっちのスレイヴとの命のやり取り……楽しんでくんなまし?」


 頑強なボディを持った石鎧のスレイヴ。どうやら前衛で戦うのは骨が折れそうだ。剣を握る力が自ずと強まっていく。くるなら……こい。


茶川貴利江さがわきりえ……推して参る!」


 石の弾丸と見紛うばかりの勢いで女が迫る! 俺は瞬時に『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』への注力レベルを上げる。

 石の拳と剣が激しくぶつかり合う。しかし、剣よりも相手の腕の振りの方がはるかにスピードが早い! まるで『アクセル』がかかっているかのようだ。防戦を強いられるのは時間の問題だった。


魔札発射カード・ファイア! 『黒水』!」


 加勢するように咲久来がスレイヴの横から援護射撃を放つ。


「その程度の射撃……通じません!」


 だが咲久来の攻撃は読まれていた。岩の鎧の小手部分がロケットパンチのように勢いよく放たれ、水弾を粉砕していく。


「今だ! 『進みゆく意思の炎刃(ソニック・ストライク)』!!」


 咲久来の攻撃に気が逸れた隙に俺は至近距離で刃を放ち、距離を作る。流石に鈍重な鎧でも防げなかったのかスレイヴ——貴利江はノックバックしていく。

 ほんの数手交えただけだが、今ので充分わかった。ただの外装魔法だと思っていたが、実態はどうやら異なるようだ。

 この感じ——俺には思い当たる節がある。


「なるほどね……昇華のマネってことかよ」


 こいつはただの身体強化オーラじゃない。 魔法ウィッチクラフトの恩恵を受けているんだ。

 魔法ウィッチクラフトは応用すればほかの魔法のマネごとができる。愛梨彩は死霊魔法を、サラサは傀儡魔法を……そして綾芽は昇華魔法を模倣した。だから外装を着ているにもかかわらず、驚異的な速さが出せる。


「あら、鋭いでありんすね。わっちの魔法の本質は『物に力を与えて変化させること』でありんすえ。でありんすからこなふうにしもべの鎧に力を与えれば……ね?」


 綾芽は「ご覧の通り」とでも言うように腕を広げて自信作を披露する。


「要は鎧を剥がせばいいってことでしょ!! お兄ちゃん!」


 咲久来が俺に向かって二枚のカードを放る。魔力を帯びていない、投げ《《渡された》》魔札スペルカード

 彼女の顔を見るとニヤリと笑っていた。そのいたずらな笑みがなにを考えているかはよくわかった。

 咲久来が貴利江目掛けて駆けていく。


「後衛が前に出てきたところで!!」


 魔導銃から放たれた弾丸は足と手で捌かれ、どれも叩き落とされてしまう。けど狙いはそうじゃない。

 接近した咲久来は『オーラ』と『アクセル』を手に取り、高速戦闘に移る。銃剣で鎧に傷をつけては離れ、傷をつけては離れの繰り返し。目まぐるしく動く彼女を捉えるのは簡単じゃない。


猪口才ちょこざいですね!!」

「がはっ!」


 やっとのことで捉えた貴利江は目一杯拳を振るい、本堂の壁を突き破る勢いで咲久来を吹き飛ばす。

 だが、もう遅い。


「もらった!」

「いつの間に!?」


 瞬間移動をしたかのように迫った俺は全身全霊の力で『折れない意思の剣(カレト・バスタード)』を振り下ろす。剣戟によって鎧に裂け目ができた!


「そんなただの剣で!」

「どうかな!?」

「速度が……上がって!?」


 再び剣と拳が交わり合う。だが先ほどのように遅れは取らない。なぜなら——今の俺には咲久来からもらった『アクセル』と『オーラ』の恩恵がある。

 剣と拳が火花を散らし続ける。次第に岩の鎧の手甲部分がこぼれ始める。対する『折れない意思の剣(カレト・バスタード)』の刃は欠けることがない。なんせ《《折れない》》ことだけが取り柄の武器なんだから。硬い(カレト)の名前は伊達じゃない。

 これが俺たちの狙い。どんなに強い鎧だってゴリ押しで砕けば破壊できないことはない!


「じゃあ、とどめだ」

「な!?」


 俺は言葉とは裏腹に貴利江から離れていく。外装を纏って体を高速に対応させても視覚は人間と同じ。だから高速で動く相手に目を奪われ、お前は気づくことができなかった。


 ——咲久来によってすでに包囲されていたことに。


「これで終わりよ。『交錯する魔弾群(クロス・ファイア)』!!」


 水弾の群れは氾濫する川のごとく貴利江に押し迫る。亀裂の入った岩肌はその身を水流で抉り削られ、瞬く間につぶてとなって崩壊していく。

 スレイヴの戦闘力は奪った。——残すは綾芽のみ。


「お前だけは絶対に倒す!」


 無力化された貴利江の横を通り過ぎ、綾芽へと向かって駆けていく。外すまいと両手でしっかり握り、『折れない意思の剣(カレト・バスタード)』を振り下ろす。


「あ、そうでありんした」


 女は剣が振り下ろされることなんて全く意に介さず、喜色に満ちた顔で笑っていた。その言葉、その行動に嫌な予感を感じた俺は剣を振り下ろせず、途中で手を止めてしまった。


「わっちが死んだら傀儡がいっぺんに動き出すようにしていたんでありんした。それも……秋葉のどこもかしこもで」

「なん……だと」


 愛梨彩は最初からこうなることを予想していた。だからフィーラも緋色もブルームも呼ばなかった。

 だが、彼女は「どこもかしこも」と言った。つまりは秋葉全域だ。三人を控えさせていても、それではいくらなんでも手が足りない!

 しかも綾芽の死が起動条件だって……? 大蔵山は秋葉市の端だ。ここで綾芽を倒してからじゃ救援は間に合わない!


「そもそもは教会や野良の魔女の力を削ぐための伏兵でありんしたけど……こな乙な使い道もありんすねぇ」


 口元を着物の袖で隠しながら、綾芽はクスクスと笑っていた。まるで今まで俺たちが必死で彼女を倒そうとしていたことを嘲笑うかのように。


「だから無差別に一般人を襲っていたのか……俺たちや教会の戦力を削ぐために」

「そ。そいでぬしさんたちはわっちを殺すためにここまできたえ。傀儡を操る魔女を殺して術を止めようと……わっちの根城に。一つ残らず、わっちの目論見通りでありんすえ」


 俺たち野良の魔女は教会に赴いて戦闘をするしかなかった。それが周囲への被害を最小限に抑える方法だったからだ。相手のホームグラウンドで戦わざるを得なかった。

 けれどこの魔女は違う。最初から相手の土俵で戦うつもりなんてなかったのだ。周囲に被害をもたらすことで、地の利がある自分たちの拠点へとおびき寄せる。盤石な布陣だけでなく自身の娯楽、快楽すらも計算した上でここに呼び寄せたのだ。


「けど、術者であるあなたを倒せば——」

「残念。あいにく傀儡はわっちがいなくても独りでに遊びだしてしまうんでありす。止めたかったら遊び相手をするしかないでありんすえ」


 その時、スマートフォンが振動した。最悪な状態に最悪な知らせを上書きするような……着信。しばらくの間、耳障りな甲高い着信音が堂内に反響し続けた。


「出なくていいのでありんすか?」


 剣を収めるのは本意ではないが……収めるしかなかった。俺の独断でここで綾芽を倒しても事態は解決しない。今は状況を知る必要がある。俺は剣を霧散させ、スマホを手に取る。


「もしもし」

「レイ、大変なのだわ! 八神教会が襲われてる!」

「八神教会……が?」


 電話の向こうのフィーラが告げた言葉を反芻する。八神教会を意図的に狙った……?

 思わず咲久来の顔を見る。俺の一言が聞こえていたのか、彼女の顔からは血の気が引いていた。


「丘の下の住宅街から煙が上がってるの! 多分位置的に八神教会が襲われたんだと思うのだわ。私たちも向かうけど……間に合うかどうか……」


 ——間に合わないかもしれない。


 俺たちは今まで一度だって人を救えなかった。今回だって……そうなるかもしれない。咲久来の家族も俺の家族も……母さん、ごめん。


「あら、わっちとしたことが……刀で殺されかけた時に引き金を引いてしまっていたようでありんすねぇ」


 電話の内容を察した綾芽が口角を上げてこちらを見ていた。


「お前……!」


 俺は思わず綾芽の胸倉を掴む。だが彼女は表情一つ変えない。終始糸目のままニヤニヤとしているだけ。


「いいのでありんすか? 八神教会はあなたにとって大事な大事な人がいるところでありんしょう?」


 綾芽は俺の後ろにいる咲久来へと話しかけていた。全部わかった上でやっているってことかよ……。


「お父さん……お母さん……!」


 それだけ言うと咲久来は瞬く間にいなくなった。おそらく『アクセル』を使って八神教会へと向かったのだろう。

 通話状態のままのスマホからフィーラの声が繰り返し聞こえてくる。


「ここでわっちを殺せばもう傀儡は現りんせん。でも代わりにたくさんの人が死にんす。ぬしさんたちの助けは間に合んせん。さあどうしんすか?」


 貼りつけたような絶え間ない笑み。

 綾芽を殺せば事件の収集はつく。でも、そのために払う代償が……あまりに大き過ぎる。ここで俺に大量殺人の汚名を被れと言うのか、お前は。

 俺は綾芽を掴む手を離す。そして、スマートフォンを耳に当てる。


「僕たちも……向かう。綾芽の攻撃対象は秋葉全域だ」

「わかったのだわ! とりあえず私たちは八神教会へ向かうから!」


 俺も咲久来の後を追うようにその場から駆け出した。作戦は失敗。二宮綾芽は倒せなかった。

 走りながらなにが悪かったのかとどうしても考えてしまう。修羅となれば倒せたのだろうか。他人の犠牲も自分の家族の犠牲も顧みず……正義を振りかざして綾芽を殺せばよかったのだろうか。

 僕が守れるものなんて高が知れている。みんなを救うヒーローなんかにはなれない局地的ヒーローだ。

 だからこそ大を救い……小を見捨てるなんてできない。大事なものを見捨てられるわけがない。僕はただ無力な自分への苛立ちを拳にこめることしかできなかった。


 僕は——正義の執行者にはなれない。


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