背中は任せた
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ナイジェルを敷地外に待機させ、俺たち四人は境内へと入る。
「あら、こなところまでわっちを追いかけてくるなんて……それも野良と教会がいっぺんに」
綾芽は透き通った声でこちらへと喋りかける。彼女の面差しは待ち人がきたことで恍惚となり、怪しい魅力に満ちていた。
「『焼却式——ディガンマ』」
綾芽の言葉をつゆも聞かず、アインは業火を放っていた。業火はたちまち燃え広がり、木製の人形たちを炭へと変えていく。
この調子で燃やし尽くせれば木偶人形なんて恐るるに足りない。教会がアインを派遣したのは相性を考えてのことだったようだ。
「手が早いお人でありんすねぇ。でもそれならそれでぬしさんの望みに応えんしょう」
綾芽は手に持っていた本を開く。
「魔本!?」
咲久来が驚きの声を上げる。同時に俺も当惑していた。
魔本は魔札の発展により衰退したものだ。なによりも燃やされると継戦できなくなるという欠点が大きい。その欠点を気にしていないということは……俺たちを近づけさせるつもりが全くないという意思の表れか。
「『手を招く 巨石の影は 兵か』」
綾芽の詠唱により呼び出されたのは石塊だった。それも一つや二つじゃない。一〇……一五……両手の指で数えきれないほどだった。
石塊は分裂し、さらに数を増やす。小さくなったそれはやがて手と足を生やし、自律行動し始める。いわゆるゴーレムによる兵団ができあがったわけだ。
「魔本に……草木と岩のダブルエレメント。力量が推し量れないとは思っていたけど、まさかここまで予想外のことをしてくるとはね」
愛梨彩が綾芽を睥睨する。
ダブルエレメントということは、綾芽は草木と岩の両方の属性を使いこなせると考えた方がいいだろう。属性を広く浅く使える咲久来も敵として厄介だったが、二つの属性を熟達しているとなるとこれもまた厄介だ。
「これならぬしさんが暇を持て余すこともないでありんしょう?」
綾芽の糸目の奥底にある瞳がしっかりとアインを捉えていた。炎魔法への対策を講じたことで彼を煽っているようだ。
「だったら術者であるあんたを速攻で倒す!」
「ふふふ。勇ましいでありんすね。では本堂の奥でぬしさんがたどり着くのを気長に待つとしんしょう」
それだけ言い残すと綾芽は本堂の中へと消えていく。残されたのは石巌の兵士たちによる厚い壁。
「我々魔女の方が制圧向きだろう。傀儡の掃討……手伝ってもらえるか、九条?」
「ええ、異論はないわ。太刀川くんは彼女と一緒に進路を拓いて」
「了解」
咲久来の方を見やる。俺同様彼女もしっかりと頷いていた。今回は味方で頼もしい限りだ。
「ではいくぞ。『焼却式——ディガンマ』」
「『水龍の暴風雨』!」
業火と豪雨が同時に襲いかかっていく。木偶人形の時ほどではないが、充分なダメージだ。このまま押せば、綾芽への道が拓ける。
「いくぞ、咲久来!」
「うん!」
俺と咲久来はその場から駆け出し、ゴーレムへと向かっていく。俺は『限界なき意思の剣』を手に取る。
「『進みゆく意思の炎刃』!」
「魔札発射! 『黒水』!」
炎の刃と水の弾丸が直線上の敵を粉砕していく。石塊の壁にわずかながらも隙間ができる。
俺たちの役目は進路を拓くこと。隙間を広げるように周りのゴーレムたちを倒していく。
だが、その隙間はすぐさま埋められてしまう。減らすよりも増える方が早く、数は増していくばかり。おそらく断続的に術を発動しているのだろう。今は亡き、どっかの誰かが嫌でも思い出される。
「数が多すぎる……!」
弱音を吐くように咲久来が言葉を漏らした。
援護射撃を受けてもすぐには怯まない頑強な相手だ。簡単には倒せない。なにより……俺たちが前衛に出ると最初のように範囲魔法が使えない。
——一旦下がって仕切り直すか……?
と逡巡したその時だった。
「どいてちょうだい」
いつの間に愛梨彩が跳んできていた。
「『瞬間氷晶』!!」
指の音が境内に鳴り響くと、たちまちゴーレムたちは氷漬けになり動きが停止する。
「助かった愛梨彩!」
「氷で足止めしているうちにあなたたちは本堂へいって。私はここでゴーレムを減らす」
「でも——」
「大丈夫。ゴーレムが後を追いかけないようにここで食い止めるから。あなたたち二人なら即席タッグでも問題なくやれるでしょう?」
愛梨彩は有無を言わさず、断言してみせた。俺たちの仲をよく知っている——と言っているようだった。ずっと見てきたのだと。
「感謝なんて……しないから」
「それでいいわ。私には私のあなたにはあなたの役目があるってだけよ」
女性同士の短い、ぶっきらぼうなやり取り。けど、その言葉には確かに「任せた」という意味がこもっていた。
俺と咲久来は氷漬けにされた石塊の壁の上を跳び越えていく。二人がここでゴーレムの相手をしてくれると言ったのだ。信じて背中を任せる。
俺たちの狙いは——綾芽のみだ。