忠犬ゼロ公
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翌朝、僕たち五人が集合したのはホールだった。
「作戦会議……と言ってもアヤメの居場所がわからない以上、なにもできないのだわ」
「まずは居場所の特定だね。だが、綾芽の傀儡のこともある」
「役割分担をしましょう。偵察班、討伐班……あと防衛班もいた方がいいわね」
フィーラ、ブルーム、愛梨彩の魔女三人が会話を進めていく。こういう戦術的な話になると僕ら男子高校生二人はてんで役に立たなくなる。
「シフトを組んだ方がよさそうね。午前、午後、夜で役割をローテーションしていきましょ。防衛班は屋敷で待機するわけだから……休憩枠ってことにできるのだわ」
「それがいいね。私が一人で行動すれば三チームに分けられるし」
魔女たちはサクサクとローテーションを決めていく。
一番負担の大きい討伐班は帰宅して防衛兼休息。防衛班は討伐班が戻り次第、屋敷を出立して偵察へ。偵察班はその足で木偶人形討伐へと向かう。
という流れになった。
「あと偵察班と討伐班にはコロウかナイジェルをつけるわ。索敵なら彼らがいい働きをしてくれるはずだから」
「じゃ、最初の討伐は私たちがいくのだわ。土地鑑のあるヒイロもいるしね」
「おう、任せとけ」
「いくわよ、コロウ」
誰も否定意見を述べなかったからか、フィーラたちはその足で外へと出ていった。
「じゃあ、索敵には僕たちが——」
「いや索敵には私がいこう」
「いいの、ブルーム?」
ブルームは愛梨彩の問いに答えず、じっと僕を見つめた。
「黎。君、鏡見たかい? いくらレイスとはいえ、休む時は休まないと肝心な時に情緒不安定になるよ?」
ブルームの目は誤魔化せなかったらしい。
あの後何度も気持ちを切り替えようとしたが、ダメだった。どうしても逸る気持ちが残ってしまった。
「ごめん……お言葉に甘えるよ」
焦った結果よくない方向にいこうとしていたのかもしれない。しっかり注意してくれたブルームには頭が上がらない思いだ。
「ああ、任せてくれ。ナイジェルを借りていくよ、愛梨彩」
「その……こんなこと言うのは変かもしれないけど……ナイジェルをよろしく。彼は……私のたった一人の家族だから」
「もちろんだ。必ず、無事に返すよ」
それだけ言うとブルームはナイジェルを連れて出立した。
愛梨彩はナイジェルが出ていった後もじっと玄関を見つめていた。そんな彼女をずっと眺めていたからか、僕もその場から動けなかった。
「ナイジェルが心配?」
「あなたがくるまで私の心の支えは彼だったのよ? 心配に決まっているわ」
「それも……そうか」
彼女の唯一の家族——ナイジェル。レイスになっているということはすでに天寿を全うしているのだろう。死後もなお主人のことを想える心意気は流石先輩スレイヴだと思った。
「まあ、それだけでは……ないのだけど。彼は……私に大事なことを教えてくれたから。私にとってはかけがえのない存在なのよ」
「大事なこと?」
「ええ。生き物は不完全なまま生を全うするのが素晴らしいんだって。不完全だからこそ必死に生き抜こうと思うんだって」
魔女は死なない完全な存在だ。彼女はそんな完全な存在を忌み嫌っていた。
今まで愛梨彩の価値観に対して疑問に思うことはなかった。多分、一般人に近い価値観を持つ魔女だから違和感を覚えなかったのだろう。まさか彼女の価値観を形成したのがあの先輩スレイヴだとは……夢にも思わなかった。
「ナイジェルはね……片目のない犬だったのよ」
「え……失明していたの?」
「まだ魔術式を継承したばかりの頃に彼と出会ったの。その頃の私はなんでもできると信じて疑わなかった。でも……それは違った。私はナイジェルの目を直せなかったのよ。私の能力は『元に戻す』だけで、ないものには働かない」
だから回復や再生ではなく……『復元』。ないものは戻せない。
ナイジェルとの出会いで、彼女はすぐに自分の力の限界に気づいたのだ。生き物は完全ではないのだと。
「ナイジェルの片目は義眼だったのか」
「そう。遠見の水晶と繋がる特殊な眼よ」
アインを捜索していた時、確かにナイジェルが見ている様子が映し出されていた。オッドアイだったことはずっと気になっていたが義眼だったとは。
愛梨彩が言葉を続ける。
「でも、ナイジェルはそんなこと気にしてかった。むしろ不完全だからこそ精一杯生きていた。その時思ったのよ。不完全で……死というゴールがあるからこそ生きる意味がある。永遠という時間は私たちから希望を奪うものでしかないんだって」
「希望を奪う……」
含蓄のある表現で思わずおうむ返ししてしまう。死んだ僕は命が限りあるものだと思い知っているからか、永遠という時間に『希望を奪われる』ことが想像できずにいた。
「だってそうでしょ? 無限に時間があるならその日その日を惰性で過ごしたってなにも問題がない。生きる希望も……活力も……沸かせる必要がない。そんな生活に意味なんてない。ただそこに存在するだけで、この世界で《《生きた証》》を刻むことはない。少なくとも私は永遠に生きる意味を見出せなかった」
「永遠に生きる意味を見出せなかった」——憂いを帯びた愛梨彩のその言葉は重く、僕の心へと沈んでいく。まるで彼女が生きることに絶望しているかのように聞こえて……なにも返す言葉が思い浮かばない。僕には……わからないことだから。
「だから魔女はおかしくなるんでしょうね。永劫という時間の檻に閉じこめられて……自分を満たすものを欲するの。綾芽は『命のやり取り』に自分の生きる意味を見出した。アザレアは自分と同じ魔女ばかりの世界にして、永遠に生きることを『普遍』にしたかった。フィーラが『名誉』にこだわったのは……それが自分が生きたという証明になるからでしょうね。人間は永遠の孤独に耐えられる生き物ではないのよ」
他人のことを話しているはずなのに、それは愛梨彩が自分自身を語っているように聞こえた。自分も同じ存在なのだと……言い聞かせるように。
「そういう意味では死んだ後もナイジェルと一緒にいたいなんていうのは私のエゴを押しつけてるだけなのかもね。体の朽ちが復元のスピードを追い抜かないように、定期的に冷凍保存して……たまに散歩に連れ出して……本当に身勝手な主人ね、私って」
「そんなことないよ」
それまでずっと黙って聞いていた僕が声を上げた。そのせいか、愛梨彩は一瞬はっとした顔をする。どうしてもここだけは「違う」と反駁したかった。
「ナイジェルも……僕も……死んだ後も一緒にいたいって思ったから今、レイスとしてここにいるんだ。エゴの押しつけなんかじゃない。お互いに一緒にいたいって思ってるんだから、愛梨彩が気負う必要なんてないよ」
だってナイジェルの気持ちなら少しは僕にもわかる。同じ……死体の従者だもの。
ナイジェルと過ごした時間は決して長くはないが、それでも僕と同じ忠誠心を感じた。彼も愛梨彩のことを想っているのだと。
「あなたがそう思っているならナイジェルもきっとそう思ってるわね」
愛梨彩の顔に笑顔が戻った。それはおかしなことを聞いて吹き出すような笑い方で……彼女の笑顔が見れて嬉しいはずなのにちょっとひっかかる笑い方だった。
「どういう意味だよ、それ」
僕は思わずぶっきらぼうに言い放つ。
「だって似てるものあなたたち。主人想いで……嫌な顔一つせず、私に従ってくれて……それでいていつも私に大事なことを教えてくれる」
「それって僕が忠犬っぽいってこと?」
「さ、魔札の補充でもしましょうか。休むのも仕事のうちですから」
「否定しないってことは認めたな!?」
はぐらかすように愛梨彩が地下室へ向かっていく。僕がスレイヴになった当初のような、いたずらな笑みを浮かべて。
僕は思わず彼女を追いかける。それこそ飼い主のことが大好きな犬みたいに。
そんな折、不意に彼女の呟きが耳に舞いこんできた。
「私は本当に……従者に恵まれたわね」
前を歩いている彼女の面持ちはわからない。けど心のそこから感謝するような言葉だった。
その言葉を聞けて僕は満たされてしまったのかもしれない。心に巣食った不安や焦りはどこかへ消えてなくなっていた。
僕は僕のまま……魔女の騎士として今できる最善をすればいい。大切なものを守りながら、一歩一歩しっかり進んでいこう。
その先に穏やかな日々が訪れると信じて。