戦場は枕とともに
「これよりパジャマパーティを開始するのだわ!!」
その夜、なぜか僕の部屋は宴の会場と化していた。床に敷かれた四枚の敷布団に、絶対こんなに食べないだろってくらいの量があるポテチやチョコのお菓子の山。
前言撤回。全然真面目じゃなかった。一番この状況を楽しんでいるのはフィーラだ。やけに荷物が多いなと思ったらパジャマパーティを開くのに必要なものを買いこんでいたのか、この魔女!
「なんでパジャマパーティなんですか……ね?」
内心は声に出さず、恐る恐るフィーラに問いかける。
「いい質問なのだわ、レイ。いい? 私たちは同盟よ。同盟になった以上お互いに信頼し合わなければならない。そのために必要なのは親睦を深めること! パジャマ・パーティは親睦を深めるのに最適なのだわ!!」
「なるほど、よくわかりました」
僕は菓子の山からチョコレートを手に取り、口に放りこんだ。
開催理由が最もらしくて妙に腹が立つ。お互いを信頼し合えるようにするためなんて言われたら、この青いシャツパジャマを拒否できないじゃないか。いや、本当になんで青なんだ?
「ただ自分がやりたかっただけだろ」
名前に違わず、赤いジャージ姿の緋色がぶっきらぼうに呟いた。フィーラに悪態をつけてはいるが、ポテチを頬張る表情は幸せそうだ。
「ヒイロ! それは言わない約束でしょ!!」
ツッコミを入れるように緋色の肩を拳でど突くフィーラ。
そんな彼女は白のフワモコ系のパジャマでパーカーとショートパンツという姿だ。この魔女、あざとい。自分が可愛く見える姿を心得ている。
……と、ここで気になることが一つ。さっきから約一名喋っていない人間がいる。そう、我が魔女——九条愛梨彩である。
さっきから様子がおかしいと思っていたが、なにやらもじもじしている。
「ちょっとフィーラ。この服少しキツいんだけど」
黒のネグリジェ姿で身悶えるように愛梨彩が腕を抱いていた。
フィーラが無言で愛梨彩を後ろから抱き締める。まるでなにかを確認するかのように。
「魔術式の継承が遅かったから予想以上に成長していたのね……チッ!」
この魔女「チッ」って口で言ったぞ。舌打ちじゃなく口で言ったぞ。
確かにネグリジェは愛梨彩の体のラインを際立たせていた。こう、スタイルを意識させられる服を見ると……目のやり場に困る。改めて大きいんだなと再認識してしまうわけで……
「おい、黎」
不意に緋色が僕に耳打ちをする。こんな時に改まってどうしたのだろうか。
「鼻の下の伸びてるぞ」
「な!? そんなわけないだろ!!」
慌てて否定し、自分の口と鼻を手で覆う。
この男、一体なにを宣うか! 本人目の前にいるんだぞ!? お前はいつも周りを気にしないで言葉を発するから!
「えー嘘だぁ。こんなに眼福なのに。おー眼福眼福」
「人の主人をなんて目で見てるんだこの野郎!!」
右腕で緋色の首を締め、反対の手で目を抑える。相変わらずこいつは口が軽い! 愛梨彩に聞こえたらどうするんだ、全く!
「わー!! ちょ、俺が悪かったって!! ギブギブ!!
「太刀川くん」
「な、なに、愛梨彩!?」
不意に名前を呼ばれ、緋色を押さえつけたまま問い返す。この場で名指しで呼ばれるということは……嫌な予感しかしない!!
「最低」
絶句。まさに口があんぐりと開いてしまった。
ああ、終わった。僕の青春はここに悲恋として潰えた。こんな嫌われ方で脈がなくなるなんてあんまりだ。こんなことならポーカーフェイスくらい身につけておけばよかった……と思うのはすでに遅過ぎる後悔か。ようやく愛梨彩が心を開いてくれるようになったと思ったばかりなのに。
いやだって気になる異性のパジャマ姿を見てしまったんだぞ? しかもフィーラが大人びた黒のネグリジェなんて選択をするから……鼻の下だって伸びるよ、普通。
と素直に言う勇気はない。
「お前が余計なこと言うから!!」
「あー! マジ悪かったって、黎!」
なのでかくなる上は八つ当たりである。僕の恋が破れた以上、この友達を締め上げなければ気が済まない!
「男子は仲いいわねー」
「本当、思春期の男子高校生そのものね」
ポテチをポリポリ食べる魔女と冷ややかな目で紅茶を啜る魔女。
「親睦どころか決定的な溝ができてしまったんですが!」
「自業自得よ」
「はい……すいません」
愛梨彩にそこまで言われると正直堪える。ああ、僕って本気で彼女のことが好きだったんだなぁと今になって改めて思い知った。
「しょうがないのだわ。ここで少し趣を変えましょ」
「お、あれか。あれやるのか」
なにやら緋色は知っている様子だ。周りに散らかったお菓子やカップを遠くのテーブルに移している。
「あれってなにさ」
「布団が敷かれた部屋に男女が集まったらやることは一つ……」
「いや一つも心当たりがないんですが……」
じっとフィーラの顔を見つめる。なんでそんなキラキラとした顔なのかイマイチよくわからない。満を持して、フィーラが息を飲む。
そうして紡がれた答えは——
「枕投げなのだわ!!」
——枕投げである。もう一度言う枕投げである。
「いや、どうしてそうなるの!?」
ツッコミが追いつかない。ドヤ顔で決め台詞っぽく言われても困る。大の大人がやることですか、枕投げ。
「チーム分けは私とレイ、ヒイロとアリサね」
有無を言わさず、フィーラがおもむろにこちらへとやってくる。反対に緋色が愛梨彩の隣に立っていた。
「え、アリサとの仲を取り持ってくれるとかじゃないんですか」
隣にきたフィーラに耳朶を打つ。
「それじゃ親睦会の意味がないのだわ。もしかしたら戦闘時にこういう予期せぬペアになるかもしれないでしょ?」
「まあ、確かに」
「それに心配する必要はないのだわ。だって愛梨彩はあなたしか狙わないもの。ストレスの捌け口になってあげるのも従者の役目よ?」
「へ……?」小首を傾げたその時だった。「——ぐはっ! いきなりかよ!」
愛梨彩の手から高速の枕が飛んできたのは!
「僕を枕で殺す気か!」
「あら? すでに死んでいるじゃない」
「笑えないから、その冗談!!」
言葉のドッジボールに付随して枕を投げ合う僕ら。女の子に枕を投げるのは忍びないが、親睦のためだ。許せ、愛梨彩!
だが本気じゃなかったからか、あっさりと彼女にキャッチされてしまう。これではみすみす武器を渡しただけだ!
「ふふふ。随分ご立腹ね、アリサ」
緋色と枕を投げ合っているフィーラは対岸の火事を見ているかのようだった。同じチームなのに全く助ける気がない。
「ちょ、フィーラ助け——」
「この距離なら外さない!」
いつの間にか愛梨彩が歩いて至近距離まで接近している! なすすべなく、顔に豪速球ならぬ豪速枕が被弾し、僕は布団の上に倒れてしまう。
「あなたには! もう少し! 紳士として! 振る舞って! 欲しいものね!」
すかさず放った枕を拾った愛梨彩が倒れた僕の上に跨り、枕で殴りかかってくる。この殴られる感じ……すごく既視感ある!
「待って! これ! 枕投げ! じゃない!」
応戦するにも上を取られてしまっては勝ち目がない。僕は近くの枕を盾に、防戦一方となる。
「はあ、しょうがないのだわ……」
フィーラはため息をつき、持っていた枕を投げつける。枕は見事愛梨彩の顔にクリーンヒット。枕による袋叩きがやんだ!
「やったわね……フィーラ」
「レイにばっかりにかまけているから横から撃たれるのよ」
「誰が誰にかまけているか……もう一度言ってもらえるかしら?」
愛梨彩は鬼の形相でフィーラを睥睨している。いや、枕投げでそんなに本気にならなくても……
「おら! 隙あり!!」
と睨み合っている魔女の雰囲気なんてお構いなしに緋色の枕が飛んでくる。
「ふん! それくらい読んでいたのだわ」
フィーラが体の軸をずらして避けようとしたその時だった。——部屋の扉が開いたのは!
「こんな夜中に君たちはなにをはしゃいで——」
緋色の投げた枕は部屋に入ろうとしたブルームの顔にヒットした。一同唖然となり、手が止まる。さっきまでの喧騒が嘘だったかのように部屋の空気が静まり返る。
「ほう……私の顔面に攻撃を当てたのは君が初めてだ。命が惜しくないということかい?」
ブルームは笑っていた。でも目の奥が笑ってない。笑いながら怒ってる人の顔だ。
まずい。なんだかんだでブルームも生粋の魔女で負けず嫌いなのだ。不本意とはいえ喧嘩を売ったとなると買ってくる可能性が高い。
「ちょ、とりあえず謝って緋色!!」
「わりぃわりぃ。あ、チョコ食べるか? ロルスのチョコ」
そう言って彼が取り出したのはテーブルの上に置かれた高級チョコのパッケージだった。いや、そんなものでブルームが釣れるわけが——
「……いただこう」
釣れた!! チョコで釣れたよ、ブルームさん!
なぜかすんなり引き下がってくれたブルームは緋色からチョコを受け取るとテーブル近くの椅子に座る。無言でチョコの包みを解き、口に入れる。その刹那、彼女の口角はふっと上がっていた。どうやらご満悦のようだ。
思わぬ乱入で熱が冷めたのか、その後枕の弾幕が飛び交うことはなかった。こうして勝者がいないまま枕投げ大会は幕を閉じたのであった。
続きはカクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887291624)の方で先行して掲載されております。
興味のある方は是非そちらでも読んでみてください。
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