際限なき意思の剣
地下室に五人もいるのがおかしく思えた。愛梨彩チーム、フィーラチーム、模擬戦の審判のブルームと分かれているが、こうやって五人で一つのことに向き合うのは珍しい。フィーラが言った「合宿」という言葉は的を射た表現なのかもしれない。
室内では緋色が昇華魔法を纏って体を動かしている。それに対して僕はというと……床であぐらをかき、空白のカードとにらめっこをしていた。
「そんなに難しい顔をしなくてもいいと思うのだけど? 私も一緒に考えるって言ってるんだから」
屈んだ愛梨彩が僕の顔を覗きこむ。いきなりで少しドキっとした。
「そっか……そうだよな」
いつも自分一人で魔札を創っていたからか、人に頼るという発想がなかった。今回はみんなで一丸となって教会を倒しにいくのだから、助言を仰げばいい。特に愛梨彩はかけがえのない僕の相棒なのだから。
「初めての共同作業だね」
「そういう言い方……やめて欲しいのだけど」
「あ、はい。すいません、調子乗りました」
なんの気なしにそんな言葉を口にすると彼女は訝しげな目をこちらに向けた。仲良くなって少しは軽口を叩けるようになったかな? と思ったのだが、相変わらず彼女はつっけんどんだ。つれないな、本当。
「太刀川くんの話だとソーマは魔導兵器を使うのよね?」
「ああ、補助魔法の力を付加する剣だった。特に厄介だったのが『フリーズ』。あれの対策は『見えない意思の剣』でしかできなかった」
「確かに『折れない意思の剣』はランクが低いから『フリーズ』や『アブソーブ』のいい餌食でしょうね」
ソーマのカードを読みこむ剣は魔札によって属性が変わる。『フリーズ』を『見えない意思の剣』で防ぐことはできたが、『アクセル』を用いた剣戟を防げたとは言い難い。結果として腕をオーバーワークさせてしまったのだから。
理想は『フリーズ』も『アクセル』も対策できる万能剣だ。となると——
「要は高ランクの魔法を創ればいいってこと?」
必然的に高ランクのカードになるだろう。補助魔法は強力だが、低ランクのものにしか働かない。
「それができたら苦労しないわ。今のあなたが創れるカードはよくてBランク相当よ。それに魔導兵器の類となると補助魔法の力を増幅させているかもしれないし」
愛梨彩はかぶりを振り、嘆息を漏らす。
「ですよね……」
ショックを受けた僕は目を逸らした。
率直に言われると胸にくるものがあるが、どうやら僕はまだAランクに到達してもいないらしい。魔術の道はまだまだ先が険しい。
「発想を逆転させればいいのよ」そう言って愛梨彩が人差し指を立てる。「剣で直接打ち合わなければいいの」
「はい……? 僕に遠距離攻撃をしろと?」
ちょっとなに言ってるかわからないです、愛梨彩さん。多分今、僕の目は点になっているだろう。
僕には魔力がなく、レイスという特殊なスレイヴとして愛梨彩の魔力を借りていると記憶している。だから物持ちのいい武器魔法しか使えない。今さら属性魔法が使えるなんて裏技があるとは思えないが……
「最後まで聞いて、太刀川くん。私は『剣で《《直接》》打ち合わなければいい』って言ったの。遠距離魔法を使えなんて一言も言ってないわ」
「どういうこと?」
ますます理解できず、小首を傾ける。
「剣に魔力を纏わせるのよ。いわゆる『オーラ』系の魔法を武器魔法に混ぜこむの」
「『オーラ』って……フィーラの『雷神一体』とか愛梨彩の『渦巻く水の衣』とかの、あれ?」
『オーラ』は身体強化のために使われるカードだ。原理は単純で、体に魔力を纏わせ基礎能力を上昇させる。
「そう。『オーラ』を纏った剣なら、『フリーズ』の侵食を抑えることができるし、基礎能力が向上した分『アクセル』のような魔法とも打ち合える。それに加えて『オーラ』を剣圧として飛ばすことだってできるはずよ」
『フリーズ』を『オーラ』で受け止め、剣自体に効果が及ばないようにする。さらに纏った『オーラ』の副次効果で『アクセル』の反応速度と同等の力を得る。
この上ない最適解じゃないか。
「なるほど、天才か。流石愛梨彩さんだ」
自然と口からそんな言葉が漏れた。これには感嘆せざるを得なかった。
「褒めてもなにも出ないわよ」
まんざらでもなさそうな笑みを浮かべる愛梨彩。彼女の中でも会心の回答だったのかもしれない。
「そうと決まれば創るのみだね」
「『オーラ』を帯びた剣ならイメージもしやすいでしょう。カレトに魔力を纏わせるイメージができれば、容易く創れると思うわ」
「了解。魔力を纏わせるイメージね」
握った白紙のカードに魔力をこめる。イメージするのは魔力を纏った意思の剣。
手から熱量が消え、魔札に刻印が施される。描かれた絵柄は青黒い炎に包まれた剣だ。
立ち上がり、早速カードを使用する。現れたのはなんの変哲もないバスタード・ソードだが……
両手で握ると剣を覆う青黒い魔力の刃が噴出する!
「これ、適宜オーラの調整ができるのか」
「魔刃剣とカレトの中間……と言ったところかしら。魔刃剣のように常時魔力の刃を形成するのではなく、必要な時に放出する感じね。予想通りの出来じゃない?」
言われてみて初めて気づいた。これには魔刃剣の要素も含まれているのだ。
徐々に、徐々にだけどあの時の自分よりも進化している実感が生まれた。完全な魔刃剣ではないが、それでも一部を使いこなせるようになってきたんだ。
「でも使い方には気をつけて。実体の剣を形成しているとはいえ、闇雲に『オーラ』を放出すれば魔力が一気に減る。あと魔刃剣ほど刀身は伸びないと思うから、留意しておいて」
「了解。じゃ、早速模擬戦——」
「待って。太刀川くん」
緋色とフィーラのもとへといこうとした矢先、愛梨彩に声で引き止められた。高石教会戦用の対策はこれで済んだはずだが……
「ん? まだなにかある?」
「名前、決めてないでしょ」
「ああ、そうか」
早く使いたくてうずうずしていたせいか、大事なことを忘れていた。『名は体を表す』わけだから、命名を忘れたままというわけにはいかない。
「そうね……久しぶりに私が決めましょうか」
「お願いします」
そう言って僕が頭を下げると、愛梨彩はすぐに顎に手を宛てがって動かなくなる。数一〇秒、閉口している時間が続く。
「限界なき意思の剣——ストライク・バスタード」
なんの前触れもなく、愛梨彩がその言葉だけを呟いた。
ストライク・バスタード……どこまでも際限なく進み、突き通す意思。そんなニュアンスに聞こえた。
「相変わらず最高の名前だよ、愛梨彩。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ早速模擬戦といきましょうか。あっちの肩慣らしはもう万全みたいだし」
再び前を向くとそこには仁王立ちして構えるアーサソールと杖を携え、悠然と立っているフィーラの姿があった。
「早速、友人の胸を借りるとしますかね」
そう独り言ちて黒のローブを羽織る。
相手はあの緋色だ。彼は勝負ごとでは絶対に手を抜かない。そんな彼の性格だからこそ今は安心できる。
——彼との戦いはきっと有意義なものになる。
ならば不安なことはなにもない。相手を信じて……ぶつかるだけだ!!
続きはカクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887291624)の方で先行して掲載されております。
興味のある方は是非そちらでも読んでみてください。
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