居候、屋敷に増える。
「というわけで今日からこの屋敷でお世話になるのだわ!」
泉教会の戦闘の翌日。自分のスレイヴたちを連れたフィーラがなに食わぬ顔で屋敷にやってきた。緋色は両手でスーツケースを引きずっていて、荷物運びをさせられているようだった。
「居候……増えるんだね」
居候の先輩として僕はホールまで出迎えにいく。
「同盟なんだから四六時中一緒にいないとでしょ? それにこの家には空き部屋いっぱいあるんだし、いいじゃない。それともレイは嫌なわけ?」
「嫌じゃないです! 全然!」
両手を振って大仰に否定する。
少し前まで愛梨彩一人で住んでた屋敷が賑やかになるのはいいことだ。それだけ彼女に繋がりが増えたという証なのだから。
ただ僕個人としてはフィーラがきたことにより、彼女と過ごせる時間が減るのではないかという懸念があるわけだ。主人思いというわけでなく、悲しいことに一人の思春期男子なのである。
「ヒイロも住むんだし、いいじゃない」
「え、俺も!?」
「当たり前なのだわ。スレイヴのあなたが私のそばを離れてどうするのよ」
「そっか。学校のいけねーのはあれだけど、世界の危機だもんな。仕方ないか。親をなんて説き伏せるかなぁ」
緋色はスーツケースをその場に放置し、とぼとぼと玄関へと向かっていく。手にはスマートフォン。親と連絡を取るようだ。
久しく考えていなかった親の存在。今、僕の両親はどうしているだろうか。海外赴任中の父は無事だろうが、母は……
死んだ自分の扱いが公にはどうなっているかわからない以上、自分から母に連絡するのは躊躇われる。けど、争奪戦が起きているこの街に住んでいるのだ。心配に決まっている。
「部屋の準備、終わったわよ。フィーラはいつもの部屋、その隣に勝代くんの部屋を用意したわ」
愛梨彩が二階から降りてくる。表情はいつもと変わらないが、少し上機嫌に見える。そういえば幼い頃、友達が家に泊まりにくる時ってワクワクしたっけ。
「ああ、そうそう。二人に渡しておきたいものがあるのだわ」
フィーラがおもむろにスーツケースのうちの一つを開き出す。中から取り出されたのは三つの白い箱だ。受け取った愛梨彩が箱を開ける。中に入っていたのは——
「なにこれ。おもちゃかしら?」
絶句。おもちゃではなくスマートフォンである。僕だけでなくフィーラも言葉を失っていた。
「アリサ……あなたこの二五年の間どうやって生きてきたの? 機械に疎いのは相変わらずのようだけど」呆れてフィーラが肩を竦める。「それはスマートフォンなのだわ。さっきヒイロが持ってたでしょ? アリサがわかるように説明すると……通信機ね」
フィーラの言葉を聞いて愛梨彩がなんとなくわかったような顔をする。実際は通信機能だけではないので完全に知ったかぶりである。
「いくら同盟を組んでいるとはいえ、分断されることがあるかもしれない。連絡手段はあるに越したことはないでしょう? アリサとレイと……あの仮面の魔女の分。宿泊代の代わりってことでいいかしら」
「ありがとう、フィーラ!」
誰よりも喜んでいたのは僕だった。いや、正直この屋敷娯楽道具が一つもないのだ。アニメや推しVtuberの配信が観れるスマートフォンという文明の利器は神からの施しに違いなかった。
「ただの通信機で……そんなに喜ぶ?」
「君はスマートフォンの素晴らしさを知らないからそんなことが言えるんだ。この端末一つで本屋にいかなくても小説が読めたり、映画館にいかなくても映画が観れたりするんだぞ?」
「通信機なのに?」
「通信機なのに」
「それは……確かにすごいかも」
僕の話が魅力的に感じたからか、彼女の顔が少し輝いて見えた。本とか映画とか楽しめる娯楽は魔女も一般人も大差ないんだな。
「スマートフォンにかまけてる暇はないのだわ。ヒイロが戻ってきたら早速特訓よ。サラサが弱ってる今が教会を倒すチャンスなんだから。情報共有して策を練りましょう。あの仮面の魔女にも伝えておいて」
フィーラはそそくさと二階に上がっていく。
「なんというか……根は真面目なんだな、彼女」
「私が憧れた魔女ですもの。当たり前でしょ?」
「だね」
同盟相手がやる気なんだから僕たちが遅れを取るわけにはいかない。教会をあっと驚かせる秘策……編み出してやろうじゃないか。
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