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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
第1章 争奪戦の幕開け
35/175

君の笑顔を取り戻すために

初めてこの作品を読む方へ

騙されたと思って第6部まで読んでください。あなたを物語に惹きこみます。


 季節は夏に入ろうとしている。まだまだ雨の日が続くが、気温は着実に上がってきているのが肌でわかる。僕はベットから起き上がった。

 高石教会での一件以来、主だった行動はしていない。理由はいくつかある。


 一つ。僕の肉体の損傷が酷かったから。

 昇華魔法の恩恵があったとはいえ連戦の無理が祟った。『復元』することもできたが、完全回復するなら復元の副産物である魔力による自然治癒力促進を活用し、なるべく動かない方がよかったのだ。


 二つ。フィーラの行方がわからないから。

 フィーラとの共闘はあの場限りのものだった。教会から離脱すると、すぐに彼女は僕たちのもとから去った。あの時の戦闘でスレイヴが損傷しているのはフィーラも同じだ。愛梨彩はそれが心配らしい。


 三つ。今後の方針について決めかねているから。

 結局僕たちは教会と対立することになった。だが、現状の戦力——僕、愛梨彩、ブルームだけでは敵わないことを痛感した。となると闇雲に教会への奇襲ができない。ここで方針を改める必要があった。


 一つ目の問題はすでに解決している。数日休んだだけでだいぶ回復した。残る二つの問題についてはこの後話すことになっている。早速リビングへと向かおう。


「体の調子はどうかしら?」

「おかげさまでもう元気だよ」


 リビングに着くなり心配をしてくれたのは愛梨彩だった。ブルームではなく彼女に心配されると少し気恥ずかしい。

 僕は二人がけのソファに腰を下ろした。愛梨彩は一人がけのソファに、ブルームは壁に背をもたせかけている。


「早速だけど、今後の私たちの方針について話し合いましょう」


 場の空気が引き締まる。この件については僕も色々と思うところがあった。教会の目的が判明した今、僕たちは身の振り方を考え直す必要がある気がした。

 魔女二人は今もなお思うことがあるのか言葉を発さない。ならばここはまず最初に僕の意見を述べさせてもらおう。


「僕はやっぱり教会の野望は叶えさせちゃいけないって思ってる。あいつらはきっと魔女が一般人を虐げる世界にしようとしてる。僕が一般人側だから間違ってるって思うだけかもしれないけど……」

「そんなことないよ。虐げられたから虐げ返して、憎いから憎み返して……そんなことは不毛だ。と、私は長年生きて気づいた。それは君も同じだろう?」


 同意を示したブルームが愛梨彩へと問い返す。


「そうね。魔女は世界の隅へと追いやられたけど、それを口実にして好き勝手していいわけではないわ。でも——」愛梨彩の目がしっかりと僕を見据える。「あなたはそれで咲久来と戦えるの?」


 ——教会の思想を否定して咲久来と戦えるか?


 難しい問題だ。

 高石教会の時も僕は咲久来を説得しようと試みた。けど、それは失敗に終わった。彼女は彼女でなにか考えているようだった。


「戦う。けど、説得も続けたい。それじゃダメか?」


 咲久来だってわかってくれるはずだ。彼女にも正しいことを正しいと言える心がある。僕が好きだった妹はそういう女の子だった。


「あなたらしい答えね。それで戦えるなら否定はしないわ」

「教会の野望を阻止できれば、咲久来と争う理由だってなくなるはずだ。なら今は君の願いを叶えために僕は戦うよ。愛梨彩を勝たせるのと教会の野望の阻止は一緒でしょ?」


 微笑んで見せると、愛梨彩は目を逸らした。


「教会の野望は私の願いの障害になるし、願いを叶えられるのは勝者のみ。そういう意味では教会の野望を打ち砕くことと私の勝利は同義だけど……でもそれはあくまでついでよ。私の願いは変わらない。目的は魔術式の放棄。それだけは……忘れないで」


 愛梨彩はこちらを向こうとせず、訥々と喋る。まるで強がって、本音を隠しているように見える。本当にこの人は素直じゃないなぁ。


「それでいいよ。どのみち魔導教会は倒すってことならさ」

「……そうね。そう……なるわね」


 歯切れは悪いが愛梨彩の意思は明確だ。とすると、この場にいるもう一人の魔女の意見が気になる。


「ブルームはこの方針でいいのか? 賢者の石には興味ないって話だけど」

「構わないよ。前にも言ったが、私の目的は君が争奪戦で生き残ることだ。そのためなら手助けは惜しまない」


 仮面の魔女は強く言い切った。僕たちの目的がどうであれ、彼女の目的に変更はないようだ。しばらくは今まで通り協力関係でいられるだろう。


「僕たちの目的は変わらないな。賢者の石の奪取。まあそれに加えて『教会の好きにはさせない!』ってことで」

「けど、今の戦力じゃその目的は果たせそうにないな」

「問題はそこなんだよねぇ」


 高石教会での戦いは散々な結果であった。石の所在を確認できず、野良同士の同盟も組めずに終わった。フィーラの協力は一時的なものだったし、ほかの野良の魔女に当てがあるわけでもない。正直なところ現在の戦力では総攻撃しても返り討ちに遭うだけだ。


「私は……」愛梨彩が話題に割って入る。「私はやっぱりフィーラと同盟を結ぼうと思ってる」


 彼女の表情には揺るぎない決意の影が宿っていた。凛としたその顔は惚れ惚れするほど潔い。


「彼女は魔女であることに誇りを持っているタイプだろう? 私たちに賛同してくれるかな?」

「確かに賛同はしてくれないかもしれない。でも彼女だって教会の思惑通りにさせたくないはずよ。それに……」

「それに?」


 僕は続きを促すように尋ねる。


「これは私の感情……私の気持ちでしかないのだけど……この前共闘して改めて思ったのよ。彼女と一緒に戦いたいって。もし再び刃を交わすことになったとしても、それは最後の一人を決める時がいい」

「決勝で戦おうってやつだね」


 愛梨彩が静かに頷く。彼女は友達と戦わないという選択をした。フィーラに打ち勝った後、吹っ切れたのだろう。今の愛梨彩には憂いが一切見えなかった。


「なるほど。教会を排除するまでの間、同盟を組むか。それならフィーラ・オーデンバリも譲歩するかもしれないね」

「なら次の目的はフィーラを探すことだな。でもどこにいるんだろう?」

「多分、彼女も秋葉に拠点を構えているはずよ。くまなく探せば見つかるはず」

「留守は私が預かろう。二人で探してくるといい」

「わかったわ。ありがとう」


 同じ秋葉市内にいるとはいえ、探すのには骨が折れるだろう。フィーラの出没しそうな場所……愛梨彩に心当たりがあるといいのだが、こればかりは探す時になってみないとわからない。


「話し合う内容はこれくらいかな?」

「ええ」

「じゃあ、私は部屋に戻らせてもらうよ」


 ブルームは姿勢を直し、リビングを後にする。


「僕も部屋に戻るよ」


 作戦会議は終了した。愛梨彩と雑談してもいいかなと思ったが、ここに無意味に居座っても訝しげな目で見られるだけだろう。

 ソファから立ち上がり、部屋を出ていこうとしたが——


「待って太刀川くん」


 まさか向こうから引き止めてくれるとは思わなかった。

 振り返って愛梨彩を見やる。さっきとは打って変わって不安げに俯いている彼女がいた。


「ねえ、太刀川くんは魔女のいない世界で本当にいいと思う?」


 魔女のいない世界——それはきっと僕が過ごしていた、なにげない日常のことなのだろう。

 あの時の僕は「特別感」というものに飢えていた。理由は今でもわからない。憧憬と一言で表すのも違う気がする。

 ただ今は違う思いがある。


「以前の僕は魔法とかこの世に隠された神秘に目を輝かせていたけど……本当はこんなこと起こるべきじゃないんだ。って今は思う。その原因が魔女や魔術式の存在にあるなら、ない方がいい。魔術式がなくなって、みんなが普通に穏やかに過ごせるならそれが一番だと思う」


 平穏無事が僕には当たり前だった。でもそれが当たり前じゃない世界があった。魔女はみんな足掻いていた。愛梨彩は魔術式に苦しんでいた。

 そんな人たちがなにげない幸せというものを享受できるなら、それは素晴らしいことなんじゃないだろうか。


「それが私だけの意見だとしても? ほかの誰もが望まないとしても?」


 ——望まない。


 教会の魔女たちはきっとそうなのだろう。魔女である恩恵を手放さずに幸福を手に入れたいのだろう。その意見がマジョリティなら悩みたくもなるか。自分の身勝手なんじゃないかって。

 でもそれは違うと思うよ、愛梨彩。


「魔女に正義なんてないんだろ? あるのはエゴだけ。なら愛梨彩しかそう思っていなくても関係ない。愛梨彩は愛梨彩の欲に素直であるべきなんじゃない?」

「それは……そうだけど」

「みんな好き放題やっているから好きにしていいって言いたいわけじゃないよ? みんながみんな自分の思う正しいことをしていて、数ある正しさの中で君の正しさだけがほかとは違った。それだけなんだ。ただ『人と違った』だけだよ。だから、それはきっと間違いなんかじゃない」


 『人と違う』。それだけで悪と判断するのは魔女狩りや魔女裁判と変わらない。多数派が正しいなんてことはない。

 大人数で赤信号を渡れば問題はないかと言われたらそんなことはない。周りの意見に流されず、取り残されながらも馬鹿正直に青信号まで待つ人が正しいはずだ。「生真面目だ」、「協調性がない」だのと後ろ指を指される損な生き方だとしても、その正しさを貫ける人間の方がいい。

 愛梨彩はきっとそんな人間だ。「魔女」になりながら、魔女の常識という多数意見に流されなかった。周りから取り残されても、普通に生きることの方が素晴らしいと叫び、切望し続けた。僕たち一般人と同じ目線を持つ、優しい魔女だ。


「それにその意見は愛梨彩だけのものじゃない。少なくとも僕は愛梨彩を応援してるからさ。誰も望んでないなんて言わないでよ」


 だから僕はそんな君に惹かれているんだ。優しい君だから味方したいと思っているんだ。


「太刀川くんにそう言われると……そうなのかもしれないって思えてくるわ。不思議ね。とっても不思議よ」

「なにが?」

「あなたに悩みを打ち明けただけで胸のつっかえが取れて、それでいて暖かい気持ちになる。こんな感覚は初めて」


 面と向かってそんなことを言われてしまうとはにかまざるを得ない。気恥ずかしさが収まらず、僕は指で頰を掻いた。


「君は色々と一人で抱え過ぎなんだよ」

「そうなの……かしら?」

「昔がどうだったかは知らないけど、今は僕がいる。困ったら今みたいに相談すればいいよ。だって僕らは苦楽を共にした——相棒だろ?」


 ずっと一人で生きてきたから、魔女は誰かに頼るという当たり前のことを忘れてしまったのだろう。でも、もう一人で苦しまなくていいんだ。僕が相棒として君のそばにいるんだから。


「ええ、頼りにさせてもらうわ。私の相棒ナイトくん」


 歌うように弾んだ彼女の声を初めて聞いた。愛梨彩の顔はすごく幸せそうで、このまま時が止まってくれればいいのにって思った。


 この瞬間——たった一瞬だけど、僕の望みは一つ果たされた。


 「愛梨彩の笑顔が見たい」。そんなとってもシンプルで純粋な願い。やっと拝むことができた。

 今、この時を迎えるために僕は戦ってきたんだとはっきりと言える。相棒として戦ってきてよかった。本当に……よかった。


「ああ、任せろ! 僕はずっと君の味方だ」


 戦いはこの先も熾烈さを増していくだろう。何度も困難に見舞われるだろう。

 それでも彼女の笑顔のためなら戦える。こうやって愛梨彩が朗らかに笑い続けられる平穏な世界を……僕は掴んでみせる。必ず。

続きはカクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887291624)の方で先行して掲載されております。

興味のある方は是非そちらでも読んでみてください。

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