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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
第1章 争奪戦の幕開け
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最初の死

 家に着いたのは五時半過ぎだった。緋色と駅で別れる前に改札近くで二人で駄弁っていたらいつの間にか時間が過ぎて、遅い時間となっていた。

 家の門を開ける前に空を見上げた。日が落ちる時間はすっかり延び、五月の夕焼けは穏やかだった。

 不意に教会に目がいった。教会の入り口に人が立っている。


「こんな時間に……誰だろ?」


 参拝客だろうか? 八神のおじさんの知り合いという可能性もあるだろう。

 しかし、僕にはそのどちらも違うような気がした。どことなくその人を知っているような気がしたのだ。


「まさか」


 ある人物が脳裏を過ぎった。――九条愛梨彩だ。

 この時間に人影が黒く見えるのは当たり前だ。それだけで彼女と判断するのはいかがなものか。だが、それでも僕は九条愛梨彩だと認識してしまった。完全にただの勘でしかないのだけれど。

 あれこれ考えているうちに人影はそのまま中へと入っていく。どうするべきかしばし悩む。


 ――「この退屈な日常に革命を起こしてくれるのは彼女かもしれない」


 コンビニの前で呆然としていた自分がフラッシュバックする。自分の退屈を吹き飛ばす風が欲しかった。

 誰も関わろうとしない九条さんと関われば……僕は特別な人間になるのではないか? 九条愛梨彩の唯一の友達として。

 そう思ったらいても立ってもいられなくなった。僕は人影の後を追って教会へと向かった。


 教会の奥へと進み、礼拝堂の扉を開ける。天井近くの窓からかすかに夕日が入り、中を仄暗く照らす。

 普段は白を基調とした造りがありありと見えるのに、夕方の礼拝堂は怪しく、酷く不気味に思えた。堂内にびっしりと並んでいる長椅子には幽霊が腰掛けているのではないかと思うほどだ。


 中を見やると礼拝堂のちょうど真ん中に彼女がいた。


 セーラー服――ではなくローブのようなものを纏っていた。だがあの黒く、鮮やかな後ろ髪は間違いなく九条愛梨彩のものだ。なにやら奥にある祭壇に向かっているようだった。

 彼女だとわかった途端、頭が真っ白になった。彼女に「なにか」話そうと専念していたばかりに肝心な「なにか」を考えていなかったのだ。それでも僕は声を振り絞り、話しかける。ここで話しかけなかったら一生喋れずに終わる気がした。

 一歩。ゼロからイチへ。自分を変革する大きな一歩を踏み出す。


「九条さん……だよね?」すると彼女は殺気でも感じたかのように転身し、身構えた。「お、驚かせてごめん! 実は僕の家この教会の隣で……あ、隣と言っても近くって意味ね! その、つい見知った顔を見たか――」


「なんで気づいたの」


 僕が言葉を選びながら話していると彼女は遮るように質問をかぶせてきた。それは僕が全く想像していない言葉だった。


「え? なんでって……言われても。見知った顔だったから」


 知っている人なら気づくのは当たり前だ。それ以上の理由などなかった。つけ加えるとしたら、彼女と話してみたかったんだと思う。

 彼女は腑に落ちない顔を見せ、一人でなにかを呟き始めた。まるで僕がここにいる理由を考えているかのようだった。


「九条さん……?」

「なにも聞かずにここから立ち去りなさい」


 恐る恐る尋ねる僕を突き放すように彼女が言った。

 正直ショックと言えばショックだ。勇気を出して初めて九条さんと喋ろうと思った。しかしそれは叶うことはなく、ただ突き放された。 

 理由さえ教えてくれない。彼女はやはり不可侵の存在なのだと思い知らされた。


「太刀川くん? 聞こえてるの? わかったら早――」

「九条愛梨彩だな」


 会話を遮るように見知らぬ声が礼拝堂にこだました。見ると祭壇近くの扉から何者かが現れた。

 先ほどと同じように彼女は身を翻し、身構える。彼女の視線の先にはドーベルマンを連れた恰幅のよい白人男性が立っていた。

 男の短く逆立ったブロンドの髪と無精髭にはただならぬ風格が漂っていた。ドーベルマンも主人同様こちらに睨みを効かせ、呻き声を上げて威圧しているようだった。


「なるほど。先回りして狩りにきたってことね。そういうあなたは教会直属の魔女かしら?」


 彼女が威勢よく返答する。睨まれただけでも背筋が凍りそうな男たちに勇敢に立ち向かっている。


 魔女――? なにを言っているんだ。


 目の前の人物はローブを着てはいるが、誰がどう見ても男だ。ステレオタイプな魔女のイメージとは生まれた時点からかけ離れている。


「アイン・アルペンハイム。教会のワーロックだ。お初にお目にかかる」

「あら随分と紳士的なのね」

「そっちの男はスレイヴか? それにしては随分と軟弱そうだな」

「彼はただの迷える子羊よ。魔女とは関係ない一般市民。そう言うあなたはその犬がスレイヴかしら?」


 僕の疑問をよそに彼女たちの会話は進んでいく。尋常じゃない気配を感じ、九条さんへ近づこうと歩み出す。――あの男は普通じゃない。彼女が危ない。


「立ち去れと言ったはずよ!」


 九条さんは振り向かず、言葉だけで僕を制止した。足を止め、その場で立ち尽くすしかなくなった。


「いい? 今すぐ立ち去りなさい。あなたは今日、この教会にこなかった。私にも会わなかった。私とは口も聞かない他人のままだった。安穏と過ごしたければこのことは一生黙って生きなさい」


 僕の心配などお構いなしに再度突き放した物言いをする。いや、突き放したというより……まるで僕の身を案じているかのようだ。


「九条愛梨彩の言う通りだ。立ち去る猶予をやる。今この場を去れば見逃してやろう」


 彼らの言葉を聞いて、僕は得体の知れないできごとに足を踏みこんでいるのを理解した。このままここにいれば危ないのは僕だということもわかっている。


 ……それでも僕は立ち去れない。


 このまま立ち去れば彼女の言う通り平穏無事に毎日が過ぎていくのだろう。でも、そうすれば一番大事ななにかを失う気がした。男として大事ななにかがなくなる気がした。


 なにより――「口も聞かない他人のままだった」――なんてごめんだ。


 僕は敢然と彼女たちの間に立ちはだかった。ここで女の子一人置いて逃げたら、男が廃る。特別な存在になんか一生なれない。


「そうか……ならば魔女共々――死ね」


 男はローブから手のひら大のカードのようなものを取り出し、たちまちそれを宙に放った。カードが消えてなくなると、空中から白い骨がぼろぼろと落ちてくる。手の骨、足の骨、肋骨……そして頭蓋。人体の骨格だった。


「――合成」


 男は呟くと同時に両手を合わせる。まるで呪文を唱えるかのように。

 ドーベルマンと骨は呼応し肉塊となる。やがてそこから手が出て、足が生え……見るもおぞましいおよそこの世のものとは思えない獣人となった。

 獣人は鋭い牙を立て、呻き声を上げている。全身が毛皮で覆われており、その姿はまるでファンタジーゲームに出てくる狼男のようだった。

 自分がなにに首を突っこんでいたのか……ようやく理解した。


「魔女狩りを開始する。やれ」


 狼男は跳躍し僕らに迫る。


 ――普通じゃない。これは僕がどうにかできる問題ではない。


 頭でそう思っていても足は動かない。言葉を失って呆然と立ち尽くすしかなかった。


「危ない!」


 やっとの思いで飛び出したのはその一言。僕はすんでのところで九条さんを突き飛ばし、並んでいる長椅子の陰へと押しやっていた。


 攻撃は……かわせない。


 その刹那――狼男の爪は僕の心臓部を的確に抉った。身が悶えそうになるほどの苦痛が襲う。


「うぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 言葉にならない声が漏れる。熱い。どくどくと溢れた血で身が焼ける。


「よくも関係ない民間人を! 魔札展開カード・オープン!」


 九条さんの声が聞こえた。叫びに呼応するように彼女の目の前に五枚のカードが現れる。


「『乱れ狂う嵐の棘(ソーン・テンペスト)』!!」


 浮遊したカードの中の一つがたちまち数多の水の棘となり、狼男を襲う。

 だが、狼男は全身がバネでできていると言わんばかりの鮮やかなステップで避けていく……ように見えた。

 僕はそのまま地に伏した。段々と視界がおぼろげになっていく。その最中で感じるのは――死の恐怖。


 死ぬのか? こんなところで僕は死ぬのか? 一方的に殺されるのか?


 なにもできなかった。なにも変えられなかった。

 九条さんを庇っただけで救えたとは言えなかった。どこまでいっても太刀川黎は情けない太刀川黎のままだった。


「『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』!」


 わずかな視覚で愛梨彩を探す。彼女は僕の前に立ち、水のバリアを張っていた。バリアが二人を包みこむ。

 けど、もう遅い。アインが放った狼男の一撃は確実に僕を殺すものだった。今から治療したところで無意味だろう。


 結局、僕――太刀川黎は特別な人間にはなれなかったのだ。ゼロのまま、からっぽのまま死んでいく。いや、それもそうか。


 僕はただの一般人で。

 魔女とは関係なくて。

 人生の路頭に迷った子羊だ。

 そんな僕がしゃしゃり出たのがいけないのだ。 


 普通な自分が嫌だった。それを変えようとして足掻いて、魔女なんて得体の知れないものに足を突っこんだ。

 けど、その結果死んだのでは意味がない。特別な人間は生きていてこそ価値がある。死んでしまったら返事をしないただの屍だ。本当になにも残らない。普通の人間も特別な人間も死は一様なのだ。


 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!! ――こんな死に方をしたかったわけじゃない!


「死にたくない……こんなところじゃまだ死ねない……」


 呪詛のように「死にたくない」という言葉を繰り返すが、声は掠れて言葉にならない。

 最後の藻掻きも虚しく、ついに胸の鼓動は止まった。視界がブラックアウトする。

 僕――平凡な太刀川黎は死んだのだ。


続きはカクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887291624)の方で先行して掲載されております。

興味のある方は是非そちらでも読んでみてください。

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