休息・安かな顔の君
初めてこの作品を読む方へ
騙されたと思って第6部まで読んでください。あなたを物語に惹きこみます。
愛梨彩が起きたのはそれから四日後だった。季節は梅雨の最中だが、天気はいい。快適な目覚めだったのではないだろうか。
「おはよう、愛梨彩」
「私……神社で倒れて……」
「ああ、無理に起きない方がいいよ」
傍らに座っていた僕は起き上がろうとした愛梨彩をベットの上に留めた。
あの戦いの後、治療らしいことはなにもできずにいた。「魔力が自然治癒を促進してくれるはずだ。傷の回復はそれしかない」というブルームの言葉を信じるしかなかった。なにせ僕たちの陣営の回復役は愛梨彩だったのだから。
したことといえば服を寝巻きに変えたことと髪の泥を払ったくらいだ。どちらも同性であるブルームにやってもらった。僕はというと、こうして愛梨彩の目覚めを待つしかできなかった。
「今日の……日付は?」
「六月一八日だよ」
「四日も寝てたのね……」愛梨彩は上体だけを起こし、ベットの上に座る。「心配……かけたわね。私のつまらないプライドのせいでこんなことになってしまって……」
「つまらないプライドなんかじゃないよ。愛梨彩が寝てる間に襲撃はなかったし、僕たちに迷惑はかかってないし」
「そう……それならいいのだけど」
「お腹とか減ってない? 愛梨彩が寝てる間にさ、ブルームに料理教えてもらってたんだ。なんなら今からお粥でも作ってくるけど、どう?」
実は愛梨彩のためになにかしたいと思い、ダメ元でブルームに料理を教えてくれと頼んだ。そしたら意外や意外。手取り足取り教えてもらうことになったのだ。あんな怪しい仮面をしているのに家事が得意だとは驚いた。元々は家庭的な女性だったのだろうか。
「ありがとう、いただくわ。その……なにからなにまでごめんなさい」
「お礼はブルームにも言って。それに僕はもうお代をいただいてるし」
「お代?」
僕の言っていることがわからず、愛梨彩は目を丸くする。それもそのはず。お代は彼女が寝ている間にいただいたものだからだ。
「寝顔。あんな安らかな顔初めて見たよ」
寝ている時の愛梨彩はとても穏やかな顔をしていた。まるで憑き物が落ちたかのような顔だった。むすっとしていなければこんなに可愛い顔だったんだなと改めて感じ、ちょっと胸がときめいてしまったくらいだ。
「愛梨彩?」
僕の言葉を聞いてから愛梨彩はずっと放心していた。顔色一つ変えない。それどころか全身がフリーズしている。それはまさに青天の霹靂。衝撃の真実を突きつけられたかのような反応だった。
「寝顔見たの!? 最っ低ね! 最低! ほんっと最低!」
表情は一変、剣幕となっていた。愛梨彩はさっきまで使っていた枕を手に取る。思いっきり振りかぶり、容赦なく座っている僕を叩きまくる。痛さこそないが必死なのが伝わってくる。それは普段冷静沈着な彼女が初めて怒りを露わにした瞬間だった!
「ごめんって! いやほんとに! 別に見たくて見たわけじゃなくて!」
「それはわかります! でも! 魔女だってね! 一人の女性なんだから! デリカシーがないわ!」
枕で殴るたびに言葉を乗せてくる。相当な恨み節だ。怒り心頭なのは一目瞭然である。
「僕だって心配で! なにもできなかったけど! つきっきりで様子見てたんだから! そもそも! 回復担当の君が倒れたから……!」
「それは……! ……ごめんなさい」
枕の嵐がぱたりと止んだ。目の前にはしおらしく俯く魔女が一人。しまった。調子に乗って悪いことを言ってしまった。
「いや、うん。別に責めたかったわけじゃないんだ。ごめん。とにかく元気そうで安心した」愛梨彩は俯いたままなにも言わない。「じゃあ、ご飯作ってくるから。大人しく待っててね」
それだけ告げて僕は部屋を後にしようとする。聞こえたのはドアを閉める直前だったと思う。
「ありがとう」
そんな言の葉が僕の耳に舞いこんだ。ドアを閉め、その場でしばしば破顔する。そういう言葉はもっと面と向かって言ってくれればいいのにな。
「さてお粥作り、頑張りますか!」
両拳を握って気合を入れる。「食べる」という字は「人」を「良く」すると書く。美味いお粥を食べてもらって、愛梨彩には早く元気になってもらいたい。僕は今できる最善をする。それが愛梨彩のためならなおさらだ。
続きはカクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887291624)の方で先行して掲載されております。
興味のある方は是非そちらでも読んでみてください。
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