友情のバトル〜冷たい魔女の決意/インターリュード
初めてこの作品を読む方へ
騙されたと思って第6部まで読んでください。あなたを物語に惹きこみます。
「さあいくわよ、アリサ!」
杖を構えた少女が声高らかに言う。
私たちの間にはただならぬ空気が流れている。フィーラは魔札を展開していないが、いつ戦闘が始まってもおかしくない。彼女はカードを展開しない戦闘スタイルだからだ。
私は展開された手札を確認する。速射魔法の『『水の螺旋矢』が一枚。範囲攻撃魔法の『『水龍の暴風雨』が一枚。防御用の『渦巻く水球の守護』が二枚。連弾魔法の『乱れ狂う嵐の棘』が一枚だ。
補充設定は同じものにしておく。手札にないカードはドローして足せばいい。
「望むところよ! 私の全力、思い知らせてあげるわ!」
意気揚々と言葉を返す。布陣は確認した。おそらくこれが戦闘開始の合図となるだろう。
「『電光石火』!」
張り詰めた空気を裂くように雷撃が飛んでくる。フィーラがドローしたのは雷魔法。以前と変わりない戦法だと私は確信する。
「『水の螺旋矢』!」
雷の速射魔法に対して水の速射魔法をぶつける。お互いの魔法は衝突し、霧散する。
「『雷刀八線』!」
「『乱れ狂う嵐の棘』!」
次は連弾魔法の撃ち合い。お互いにお互いの魔法の力量を見定めるような展開だ。威力は均衡している。ここまでは予想の範囲内だろう。
「これならどうかしら! 『雷撃震撼』!」
土の上を這うように電流が流れてくる。今まで見たことのない魔法だ。スピードはそこまで速くない。走って射線から離れようとするが……。
「やっぱり追尾してくるわね」
「まだまだなのだわぁ!」
フィーラはケースから一気に三枚のカードをドローした。加えたカードは同じ『雷電震撼』だ。彼女は地面を殴りつけるように三枚のカードをセットする。
私を追う電流が四本……避け続けるのは得策ではない。自分が不利な状況に追いこまれる可能性が高い。
——なら地面から離れればいいだけ。
「『渦巻く水球の守護』!」
ギリギリのところまで電流を引きつけ、跳躍。魔札を放り、上空へと逃げ出す。電流同士はぶつかり合い、消滅していく。
ここまで電流は届かない。一方的に攻めるチャンス!
「一気にいかせてもらうわ!『水龍の暴風雨』!!」
「上に立てたからっていい気にならないで! 『電光雷球』!」
私の攻撃を読んでいたかのようにフィーラは四枚のカードを宙に放る。魔札はたちまち光の球となり、彼女の頭上に展開される。
私の放った豪雨は雷の球によって蒸発させられた。私の魔札の中でも上位にある魔法が通じなかった。
「やっぱり……範囲攻撃魔法は読まれるわね」
「何回あなたと手を合わせたと思ってるの! あなたの水魔法はお見通しなのだわ! 『天墜一閃』!」
「しまっ……きゃあ!!」
雲の合間を裂くように稲妻が落ちてくる! どんなに水のバリアが雷撃を防げても、このままでは地面に落とされてしまう。
「天は私の領域なのだわ。簡単に優位を取れると思わないことね!」
なすすべなく地面に墜落した私を見下すようにフィーラが言う。彼女の周りには雷の球体が未だに展開している。
「そうやって高を括ってられるのも……今のうちよ」
「その減らず口、塞いであげるわ。『雷神一体』!」
手に持っていた杖を投げ、構えを取る。
『雷神一体』は雷のオーラを纏って身体強化を図る魔法だ。接近してくると予想するが、それは大きく外れた。フィーラは自身を取り囲んでいる球体全てを蹴り飛ばしてきたのだ。
「これで終わり!」
「くっ!」
やむを得ず、私は再び『渦巻く水球の守護』を展開する。
雷球を防いだ。しかし……煙が晴れた時、すでに目の前にはフィーラの姿があった。
「相変わらず芸がないのだわ!」フィーラ会心の飛び蹴りがスフィアに食いこみ、水のバリアは崩れていく。「私の勝ちよ!」
「まだよ! 」
近づかれてしまったら相手の土俵で戦うしかない。私はカードを一枚ドローし、残りをケースに戻す。
「『渦巻く水の衣』!」
フィーラと同じように水のオーラを纏う。ここからは肉弾戦だ。
「昔から往生際が悪いのよ、あなた!」
「あなたが勝ちを確信するのが早いだけ!」
「でも実際に勝つのは私なのだわ!」
「なら、土壇場で足元をすくわれないように注意することね! 私はどこまでも足掻くわ!」
組手をするように降りかかる拳をいなし、殴ろうとしてはいなされの繰り返しが続く。
いやが応にもフィーラと戦った日々が思い出される。戦いの最後はいつもこんな殴り合いに発展してたっけ。だから『渦巻く水の衣』なんていう柄にもない魔法を創ったのだ。例え不得意な近接戦闘でもあなたに負けたくないと思ったから。
「久しぶりに会った時はだいぶ悠然とした雰囲気出してたけど、今は見る影もないわね!」
「悠然? すぐに過信するあなたと違って、冷静沈着なのよ」
「いつもその涼しげな表情……ムカつくのだわ! 少しは悔しそうにしなさいよ!」
「同感! 私もあなたの悔しそうな顔が見たいもの!」
殴り合いは次第に型なんてない、がむしゃらな戦いへと変わっていく。守りなんてない、ノーガードの殴り合い。お互いの拳が顔面に直撃する。
「こんなへなちょこパンチでぇ!」
格闘戦に秀でてるのはやはりフィーラの方だった。小柄な体に凹凸の少ないボディ。的が小さい相手というのは捉えにくくて頭にくる!
「ぐっ……!」
私は蹴り飛ばされ、ぬかるんだ地面を転がっていく。口の中に土と血が綯い交ぜになった味が広がる。敗北の味。何度も味わったものだ。やはり格闘戦でも彼女に勝てない。
「いい加減、諦めたらどう? あなたじゃ争奪戦は勝ち残れない。どんなに強いスレイヴを得ても、あなたが弱いままじゃ意味がないのだわ」
フィーラが一歩一歩、私に迫ってくる。その余裕は勝ちを確信しているからだろう。
「勘違いしないで……」
力なく拳を握り、腹の底から唸るように声を響かせる。どうしてもその言葉だけは納得できない。私はカードを一枚ドローし、それを見えないように地面に置いた。
「なにが言いたいのかしら?」
「太刀川くんが強いから、私が勝てると思った? 冗談言わないで。私は……私が強くなったから自信満々なのよ」
残った力を振り絞り、敢然と立ち上がる。私はまだ負けてなんかいない。勝てる確率が少しでも残っているのなら、私は何度だって立ち上がる。私の夢は誰にも邪魔させない。
「二五年前となにも変わってない。一辺倒な水魔法。格闘センスなんてないに等しい。あなたが強くなったところなんて——」
「変わってない? 果たしてそうかしら?」
フィーラに勝つために努力した。憧れに追いつくために必死だった。それはあなたがいなくなった後も変わらなかった。どんなにあなたが遠く離れた場所にいても、私の脳裏には必ずあなたがいた。
朝起きた時も。一人でご飯を食べる時も。魔術の鍛錬をしている時も。ずっと……ずっと、私のそばにはフィーラがいた。倒さなければ、私の中からあなたの影は消えない。
実はあなたを越えるためにずっと隠していたことがある。
「私、言ったはずよ。『足元すくわれないように』って」
「え?」
忽然と、フィーラの足が止まった。いや止めざるを得なかったのだ。なぜなら彼女の足元は——
「私がいつ『水魔法』しか使えないって言ったかしら?」
——『封殺の永久凍土』によってすでに凍っているからだ。
不敵に微笑んで見せる。そう、私はこの瞬間を待っていた。あなたが勝ちを確信して、油断するこの瞬間を。
「アリサ……! あなた、氷魔法を!?」
「氷魔法は水魔法の形態変化に過ぎない。使いこなすには鍛錬が必要だけど、私が使えないという道理はないのよ。驕り高ぶったあなたはそれが見抜けなかった」
「でもそんなの一時凌ぎに過ぎないのだわ!」
フィーラの言う通りだ。彼女はまだ帯電状態。いつ氷から抜け出してもおかしくはない。
「そうね。けど、私には充分な時間よ。なにせこの間に《《カードが創れる》》」
ドローするカードは白紙のカード。私が想像するのは彼女を完全に凍らせることのできる氷。一瞬で凍えさせる冷たさ。
「格闘戦で決着がつけば、あなたなら油断すると思った。狙ってたのはこの一瞬。負けているふりをするのも痛かったわ」
「じゃあ……あなたは最初から!?」
本当は詭弁だ。私は本気で魔法を撃ち合って負けたし、格闘戦でも敵わなかった。唯一正しいのは最後まで足掻いて、油断するチャンスを狙っていたことくらい。
やがて魔札に煌めく結晶が刻印される。これが私の今も持てる全力!
「私はあなたに勝つ! そして、勝ち残ってみせる!」
投げ放ったカードは白い靄となり、フィーラを包みこんでいく。靄はただ包むだけ。それ自体に力はない。
私は手で後ろ髪をなびかせ、彼女の横をただ通り過ぎていく。最後くらい余裕のある九条愛梨彩をフィーラに見せたかった。私はもう昔の私じゃないってことをあなたに認めて欲しかった。
けど、あなたもやっぱり諦めが悪いんでしょう?
「アリサァァァァァァァ!!」
鬼気迫る勢いを背後から感じる。今さら氷から抜け出しても遅い。あなたはすでに私の術の中。
私が指を鳴らす。静寂だけが訪れる。
フィーラは時が止まったように制止していた。瞬く間に起こる、完全なる凍結。それがこの魔法の力だった。
「そうね、あなたに倣って名づけるなら……『瞬間氷晶——ダイヤモンドダスト』なんてどうかしら?」
当然ながら返事はない。最後にもう一度振り向いて彼女を見る。どうしてもフィーラに言わなければいけないことがある。
——今までずっと恥ずかしくて言えなかったこと。
本当はずっと認めてた。こんなに存在を意識する相手を認めてないわけがなかった。
でも、私は魔女だから。いつか傷つけ合うその日が来るのが怖くて、見て見ぬふりをした。敵なんだと言い聞かせてきた。
私があなたの影を追っていたこと。どれくらい伝わっただろうか。どれくらいの気持ちを魔法に乗せられただろうか。聞くにも相手は凍って動かないからわからない。
最後に区切りをつけさせて欲しい。あなたと私の関係の区切りを。きっと聞こえていないだろうけど、私はどうしても口にしたい言葉がある。
「さようなら、フィーラ。私の《《友達》》」
口下手な私のたった一度の本心。
私はもう振り向かない。迷わず、私を守ってくれている彼のもとへと駆けていく。
*interlude out*
続きはカクヨム(http://kakuyomu.jp/works/1177354054887291624)の方で先行して掲載されております。
興味のある方は是非そちらでも読んでみてください。
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