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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
第1章 争奪戦の幕開け
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アフタートーク

 魔女の屋敷には当然のように立派なバルコニーがある。丘の上ということもあって、成石地域が一望できるのは圧巻だ。

 夕食を済ませた後、徒然なるままにバルコニーへと出た。暦は六月に差し掛かっている。夜の風は体を涼めるのに最適だった。頭を冷やすのにも一役買ってくれそうだ。


「咲久来が魔術師ウィザードだったなんてな……」


 今でも実感が湧かないし、考えただけで狼狽してしまいそうだ。妹のように親しくしていた咲久来に刃を向けなければならないなんて。

 そして、咲久来の言ったあの言葉。歪んだ咲久来の顔がフラッシュバックする。


 ——「今のあなたは太刀川黎じゃない! 太刀川黎の姿をした偽物よ!」


 自分の存在や意思を親しい人に全否定された。ここまで心に刺さる言葉は人生で初めてだ。おそらく、真相が明かされる時まで刺さったまま抜けない気がする。


「戦えるのかな……この先。咲久来を傷つけるかもしれないのに」


 気持ちを整理しなければならない。心の奥底でそう感じていたから、夜風に当たりにきたのだろう。

 咲久来は賢者の石で僕を蘇らせると言っていた。それが本当ならありがたい話だ。

 けど、それを受け入れることは教会側に与するということだ。愛梨彩と敵対することになる。それではなんのために自分が死んだかわからなくなってしまう。

 なら、咲久来に剣を突きつけるのはいいのか……? 愛梨彩に味方して、教会の魔女たちと戦うのはいいのか?

 一体なにが正しくて、なにが間違いなんだ……。


「ああ! わかんないなぁ!」


 むしゃくしゃして両手で髪を乱すように頭を掻いた。終わらない自問自答。堂々巡りだった。


「隣、いいかい?」


 そんな折だった。不意に隣から声が聞こえたのは。


「うわっ! びっくりした。いつの間にいたのか、ブルーム」

「黄昏てたから気づかなかったんだろう」

「それは……まあ」

「ちょっと話をしてもいいかな?」


 ブルームはバルコニーの手すり壁に背をもたせかける。

 話とはなんだろう? ここで頭を悩ませても解決はしないのだから、つき合うのも一興だろう。


「まあ、いいですけど。ちょうど気分転換したかったところですし?」

「そんなかしこまらないでいいよ」


 別にかしこまったわけじゃない。言葉の綾というかその場のノリで敬語になってしまっただけだ。こんなふうにノリよく見せないとまた悩んでしまいそうだったから。


「今さらだけど敬語とか使わなくていいの?」

「君に敬語を使われるとむず痒くなるからやめてくれ」

「そうなのか」なんでむず痒くなるのかはわからないが、とりあえず敬語は使わないことで納得しておく。「で、話って?」

「今日の戦闘の話だ」

「気分転換が戦闘の話って」


 どうやら彼女も腐っても魔女らしい。そこは励ますための話とか前向きな格言とか自分が悩んだ時の実体験とか話すべきではないだろうか?


「愛梨彩は君のこと褒めてなかったからさ。私が褒めてあげようと思って。ほら、私は一応君を指導するために同盟組んでるわけだし」

「豚もおだてりゃ木に登るってこと?」

「そう卑屈にならないでよ。実際、君は今回奮闘していた方だ。きっと愛梨彩が褒めないのは君を褒めると自分の落ち度が明るみになってしまうからだろう。魔女は意外と気位が高いんだ」

「全然意外じゃないんだけど」


 愛梨彩なんてその最たる例だろう。完璧超人で失敗なんて許さない高慢ちきだ。まあ、自分が失敗した時に相手を褒めれない気持ちもわかるけど。


「実際、咲久来の介入がなければ君たちはアインを仕留めていただろう。アインとの一騎打ちで勝てなかったとはいえ、愛梨彩と連携ができていた。この短期間でそれだけの成長をしている。これはすごいことだよ」

「実感ないな。周りはすごいやつばかりだし。咲久来だって複数属性持ちのすごい魔術師だった。全然知らなかったよ」


 火、水、土、風。主要なエレメントはほとんど使えるのではないだろうか。その多種多様な魔法のせいで僕たちは後手に回ることになった。


「そうでもないよ。言い換えれば得意な魔法はないってことだからね。必然的に高ランクの魔法は使えない。せいぜい使えてCランク相当の魔法だ。あの銃はいわば私の武器のプロトタイプみたいなものでね。使える魔札スペルカードは遠距離魔法に限られるが、ランクを一つ上げることができる。咲久来はこれで複数属性持ちの欠点を補っているんだ」


 ブルームの言葉を聞いて思い出してみる。火の弾丸、水流、土塊、風のソニックブーム。どれも遠距離魔法だ。銃から発射されたからそういう形になっていると思っていたが、実際は違ったようだ。


「詳しいんだな」

「魔導兵器の類は少女だった頃から使っていてね」

「ブルームの少女時代……」少女だったブルームを思い浮かべる。素顔がわからないから今の彼女を縮小することしかできなかった。「想像できないな」 

「それならよかった。想像されたらこちらが恥ずかしくなるだけだからね」


 ブルームがはにかんで僕に見せる。廃ビルの時もそうだが、実は屈託のない笑みを浮かべる人間なのではないだろうか。仮面で隠れているのがとても惜しい。


「ここにいたのね」


 背後から別の声が聞こえた。愛梨彩だ。


「勝手にバルコニー拝借しておりますよ」

「それは別に構わないのだけど……」

「今後の我々の方針についての相談かな?」


 どうも愛梨彩の歯切れが悪い。もじもじしてるようにも見えて、らしくない。ブルームが話を促さなかったら閉口していたような気さえする。


「ええ。今回の消耗を鑑みて、当分襲撃は控えるわ。各自カードの補充や新たな魔法の生成に取りかかりつつ、英気を養っておいてちょうだい」

「了解した」

「了解」


 俯き、自分の手を眺める。これから先戦い続けるにしても、もっと力が欲しい。

 今回の戦闘で自分の魔法の未熟さを痛感した。もうワンランク上の魔法が欲しい。この期間で自分なりに強い魔法を編み出さないとだ。もっと頑張らないと。


「それと、太刀川くん」


 名前を呼ばれ、ふっと顔をあげる。見ると、愛梨彩が僕の目の前にきていた。なんだか物々しく感じる。背筋を伸ばし、居住まいを正す。


「その……今回はあなたのおかげで助かったわ」


 彼女の声音は途切れたが、目は見据えたまま。まだ続きがあるようだ。愛梨彩の言葉を待っていると、再び口が動きだした。


「ありがとう」


 それだけ言うと、彼女はすぐにバルコニーから出ていった。

 胸がなにかに刺されたかのように熱い。高鳴る鼓動は強まるばかりで、収まりを知らない。「ありがとう」という感謝の魔法をかけられた気分だった。


「ふふ。青春だね」

「茶化すなよ」

「ごめんごめん。それじゃ私もこの辺でお暇させていただくよ。お疲れ様」


 愛梨彩の後を追うようにブルームもバルコニーを出ていく。残されたのは僕一人。一陣の夜風が駆け抜ける。

 こうやって自然と語らえる時間が愛おしいと思った。ブルームと愛梨彩とのなに気ない言葉の応酬の中にも心温まるものがある。

 争奪戦が終わった後も、僕たちはこうやって優しい時間を共有できるのだろうか? 僕はこの優しい時間を守るために戦えるだろうか?

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