魔女の騎士とは?
傷だらけの体を押して、王の間の扉を開ける。途端、俺は目を疑った。こんな光景を想定していなかった。
それはさながら英雄譚の一ページのようだった。光の翼を纏った魔女の騎士が鋼鉄の龍を討ち取らんとしている。龍の腹には風穴が空いており、討伐目前に見えた。
だが、致命傷を受けても龍は怯まない。腹部に突き刺った剣を騎士もろとも吐息で吹き飛ばそうとしていた。
「ソーマ!!」
思わず好敵手の名前を叫んでしまう。
彼は笑っていた。喜色を浮かべるようなものではなく、満足そうな笑みだった。
青い炎を受けたソーマが吹き飛ばされる。ローブは跡形もなく、体のあちこちに炎がつき纏っていた。
「お前……なんで!」
駆け寄った俺は尋ねずにはいられなかった。問い詰めるように彼を抱え起こす。
「太刀川黎か……ふっ、見ればわかるだろう。仇討ちだよ。首は……取れなかったがね」
「アザレアへの忠義を果たそうとしたのか。愛梨彩! 回復を!」
「ええ!」
「君たちは……本当に甘いな」
愛梨彩が手を宛てがい、『逆転再誕《リバース/リ・バース》』を発動させる。しかし息は絶えそうになったままだった。
それでもソーマは必死に言葉を紡ごうとしていた。最期に懺悔するかのように。
「あの方は五〇〇年という長い間、狂うことなく魔導教会を治めていた。しかし……五年前のことだ。アザレア様は夢を見たと言っていた。魔女が自由に生きる世界の夢。その日からだ……彼女が変わり果てたのは」
「夢……? そんな曖昧なもののためにアザレアは新世界を作ろうとしたって言うの?」
「きっかけなんで些細なことで……充分だったんだよ。五〇〇年の間に鬱憤が積もりに積もっていたのだから……ちょっと触れただけで瓦解するのさ」
ソーマの答えを聞いた愛梨彩は苦虫を噛み潰していた。
どんなに正しいことをしていた人間でもふとしたきっかけで壊れ、狂ってしまう。それが魔女の抱える闇であり、恐れだ。彼女はアザレアの過去を聞いて、改めて思い知ってしまったのだろう。
「変わり果てた彼女を……私は止められなかった。生き地獄を生きた人間にはそうするだけの権利があると思ったから……納得してしまったからな。だから古くからこの秋葉で行われていた儀式……賢者の石争奪戦を利用したんだ。ほかの魔女を犠牲にしてでも愛する人の幸せを掴みたいと……思ってしまった。狂った魔女を愛するためには私自身も……狂うしかないと」
世界と愛する人の天秤。それは主観でしか重さを測れない。
彼の天秤は世界よりも愛する人の幸せの方が重いと示した。迷いながらも、なにをしてでも幸せを掴むのだと決意したのだろう。
「俺を倒すことにこだわってたのはやっぱりそのためだったんだな。自分の迷いを断ち切るために……俺を倒そうとした」
「君は私の鏡だった。主人を全肯定してしまう自分と主人の間違いを否定すると言った太刀川黎。世界を敵に回す選択をした私の選択が正しかったと証明できるとしたら……それしかなかった。君を下した時に初めて、私は胸を張って正しい行いをしていると言えると思ったのさ」
最後に剣を交えた時、ソーマから悲痛な叫びが聞こえた気がした。迷いながらも主人に尽くそうとしているのだと……知った。
彼の告白を聞いて改めて思う。やっぱり俺たちは同類だと。
「だが終わってみればこのザマだ。私は迷いを捨て切れず、狂い切れず結局……なにもできなかった。仇討ちすら叶わなかった。哀れな男だよ。なあ、太刀川黎。私は……どうするべきだったんだ?」
ソーマが俺を仰ぎ見た。子供がわからないことを知ろうとするような純真無垢な眼差しだった。
「主人が間違いそうになったら止めるのも従者の役割だ。どんな手段でも幸せは訪れるかもしれないけど……間違った手段で掴んだ幸せは一時的なものだ。その結末は……きっと悔いが残る」
俺は誰にこの言葉を告げていたのだろう。ソーマにか? 自分にか? ……それとも?
ただ一つ言えるのはこれが自分の嘘偽りない覚悟だということだ。咲久来が念押ししてくれたように、悔いの残る選択はしたくない。愛する人の幸せを正しい選択をして、掴み取りたい。
「だから君は現状対して『それでも』と口にするのか。悔いを残さぬために」
「ああ。みんなが幸せになれる結末がほかにあるのなら……『それでも』と言うよ。可能性を信じて」
「そうか……目先の幸せしか見えていなかったのだな。本当にバカな男だよ、私は」
腕の中で男は目を閉ざしていた。自分の行いを省みているのだろう。だが、その顔に憂いは微塵もなかった。
「龍の腹部……あそこがジェネレーターだ」
「え?」
ソーマが俺を見据えながら言葉を紡いでいた。驚き、思わず問い返してしまう。
「やつの主動力は賢者の石。腹部からそれを抜き取れば勝てると言ったんだ。賢者の石の余剰魔力による装甲の硬化を打破するにはそれしかない。まあ、やつの動きを止められればの話だがね」
「はっ、上等だよ。止めてやるさ」
「不本意極まりないが……君たち野良の魔女に後を託すよ」
「ああ、任せろ」
安堵したのか、ソーマはふっと笑みを浮かべた。そして、眠るように目を閉ざす。
「大丈夫、一命は取り止めたわ。気絶しただけ」
愛梨彩から生きていることを確認した俺は、ソーマを部屋の隅へと担ぎこむ。
そして……青き機械龍と対峙する。これが正真正銘最後の決戦だ。ソーマの想いも、親父の想いも……無駄にはしない。こんな馬鹿げた悲劇はここで終わらせる!




