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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
終章 最後の勝利者は誰か?
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僕が選択する明日

 それから一週間が経過した。いよいよ明日が決戦だ。

 それぞれがそれぞれのできることを頑張っていた。フィーラと緋色は毎日のように夜遅くまでなにかを試行錯誤しているようだ。咲久来もブルームの力を使いこなす努力をしているようだった。

 そんな中僕は……愛梨彩を救う方法を未だに考えつかずにいた。

 殺す覚悟もできない。明日で全てが終わると考えるとどうしても躊躇ってしまうのだ。僕は愛梨彩とこの先も生きたい。彼女だって好き好んで死を望んでいるわけじゃないんだ。

 だからってハワードの救いの手を取るのも間違ってる。愛梨彩を救うためにほかの全てを蔑ろにする選択をするわけにはいかない。その道を選べば僕はソーマと同じになる。


 ——僕はなにを選べばいいんだ。


 心の靄を抱えて、バルコニーへと足を運ぶ。夜風に当たって頭を冷やそうと思った。

 外に出ると冬の空気が鼻腔をくすぐった。風は優柔不断な僕をあざ笑うかのように酷く冷たく当たってくる。


「どうしたらいいんだよ」


 やり場のない苛立ちを手すりにぶつける。

 誰にも言えない。相棒の愛梨彩にだけは絶対に言えない。その結果、道を違えることになるとしても自分の意思を曲げたくないというのが率直な気持ちだ。あの悪夢を現実にしたくない。


「どうしたの、お兄ちゃん」

「ブルーム……いや咲久来って呼んだ方がいいのか?」


 振り返ると、そこには仮面を外した咲久来がいた。彼女の髪色は桃と茶で綺麗に半分に分かれており、桜の幹と花びらを想起させる。


「どっちでもいいよ。私は咲久来だし、彼女も咲久来だし。それに今は同居してるようなものだからね」

「そうなのか」

「そうなの。まあ、折り入った話をする時くらい仮面を外してもいいかなって思っただけだよ。妹としての私の方が話しやすいでしょ?」

「まあ、ね」


 ブルームの魔術式を受け継いだというのは知っている。しかしどうやら普通の継承とは違うようだった。咲久来の場合は未来の自分から受け継いだイレギュラーな継承だったからだ。それによって起きたのが『同居』なのだろう。


「で、ここにいるってことは……悩みごとだね?」

「な、なんでわかるんだよ。怖いな」

「ふふ、長年一緒にいたのは伊達じゃないってことだよ」


 なんでもお見通し……というわけか。思えば僕は咲久来に看破されてばかりだ。愛梨彩に心惹かれていたことも見抜かれていたわけだし。


「流石は幼馴染であり、妹だな」

「まあ長年の勘もあるけど、本当はブルームの記憶を垣間見たから知ってるだけだよ。前にもここで私と話したことあったでしょ?」

「なるほどそういうことか」


 同じようにブルームとここで話したことを思い出す。あの時も悩んでいた僕を慰め、励ましてくれた。咲久来は心配性だなと改めて痛感する。


「私はお兄ちゃんの味方だよ。どんな選択をしてもお兄ちゃんがやりたいことなら否定しない。けど本当はしたくないことをやろうとしてるなら全力で引き止める」

「本当はしたくないこと……」

「誰だってそうだよ。みんな妥協した選択をしちゃう時ってあるんだ。打破できない現実があって、現状の最適解を選ぶしかなくなる。教会に所属している自分とお兄ちゃんを慕う自分の板挟みで苦しんでいた過去の私がそうだったようにね。けどその先にあったのは悲しみだけだった」


 彼女は遠い日の自分を見つめるようにぼんやりと空を眺めていた。その横顔はどこか悔しげで、自身を責めているように見えた。


「だからお兄ちゃんには後悔しない選択をして欲しい。妥協しないで自分の希望を叫び続けて欲しい。ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんがしようとしていることは後悔が残らないこと?」

「僕がやろうとしていることは……」


 続く言葉はすぐに思い浮かんだ。「後悔が残る選択だ」と。打破できない現実に打ちひしがれて、妥協した選択だと。

 そうだ、愛梨彩も同じなんだ。あの観覧車での約束は現実に絶望したが故のものだ。本心じゃない。本当は普通に生きたいはずなんだ。永遠という時を孤独に過ごすのが嫌だけなんだ。


 ——ならどうしたら愛梨彩は普通に生きられる? ずっと僕が彼女のそばにいられれば……いられる方法は?


 止まった思考がクリアになり、神経を駆け巡る。現実の枠に囚われちゃダメだ。もっと突飛な発想でいい。ただ愛梨彩を救う方法じゃなく、「これからも愛梨彩といられる方法」を探すんだ。


「そうか……ハワードにできて僕にできないわけがないんだ」


 答えを得た。

 どうしてもっと早くに気づかなかったのか。あるじゃないか、彼女が僕とともにこの世界で生きられる方法が。殺す必要なんかないんだ。


「咲久来、決めたよ。僕は僕の意思を貫く。それが普通の自分を捨てることになったとしても」


 面と向かって彼女に言うと、咲久来は目を丸くしていた。僕の覚悟の意味を知って、驚きを隠せないという様子だった。


「なるほどね……そういうことね。いいよ、わかった。それがお兄ちゃんの幸せだって言うなら私も協力するよ」

「ありがとう、咲久来……ブルーム。やっぱよりよい選択を見つけるために、足掻き続けなきゃダメだよな」


 今はまだ漠然とした選択かもしれない。けど一縷の望みは繋がった。

 僕は決意する。君の選択を否定しようと。騎士として、従者として。

 間違っていることは間違っていると言わなきゃダメだと言ったのは自分だ。主人に従順でいるだけが魔女の騎士じゃない。反目も騎士の務めだ。


 ——君を救ってみせる。絶対に死なせるもんか。


 だって僕は知っているんだ。君が誰よりも生きたいと願っていることを。僕が剣を手に取ったのはそのためだったんだから。

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