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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
終章 最後の勝利者は誰か?
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愛梨彩の決意

 ソーマが目覚めたのはそれからしばらくしてのことだった。


「どうして私を助けた!! 情けをかけたつもりか!」


 客室の壁に僕を押しつけ、ソーマは詰問する。目覚めるやいなや、怒りを抑えきれないのは無理もない。彼の主人はもうこの世にいないのだから。


「じゃああそこで見殺しにしろっていうのか? アザレアと一緒に死ねればそれでよかったのか?」


 僕は逆に問い詰める。それでお前は満足なのかと。

 ソーマは目を見開き、言葉を失っていた。それからすぐに手を離し、僕の体が解放される。


「アザレア様のいない世界など……私に生き恥を晒せというのか」

「違う! 誰もそんなこと言ってないだろ!?」

「まあいいさ。どのみちやつらには仕返しせねばなるまい」

「おい、どこいくんだよ!」


 ソーマは最後まで聞く耳を貸さず、そのまま部屋を出る。彼はやはりこの屋敷から去っていくようだ。


「あーあ、貴重な情報源が逃げちゃったのだわ」


 おどけた声がする方を見やると、部屋の入り口でフィーラが肩を竦めていた。


「ごめん……僕のわがままで助けておきながらみすみす逃しちゃって」

「私は気にしてないけどね。あいつは悔い改めても絶対私たちの仲間にはならないもの」

「それもそうだね」


 ソーマは最後までアザレアの騎士だった。野良に味方をすることなんてまずありえない。間接的ではあるが、僕たちがあいつの主人を殺したようなものなのだ。

 そんな彼を助けてしまったのは僕が未熟で優柔不断だからだろうか。それとも戦ううちにいささか情が移ったか。

 ともあれこの話をこれ以上するのは無意味だ。


「話し合いするために呼びにきたんだよね?」

「ええ。あの時は勢いで否定しちゃったけど、アリサの意思を……ちゃんと聞かなきゃでしょう?」


 ハワードに魔術式を譲渡する。そうすれば彼女は人間に戻れる。この上ないくらいの救済策だ。本当は愛梨彩もそれを望んでいるのかもしれない。

 だが相手は僕たちを影で操り裏切った男だ。簡単に譲渡を認めるわけにもいかないし、否定したいフィーラの気持ちもよくわかる。


「そうだね。ひとまず愛梨彩の話を聞きにいこうか」


 ここで第三者がとやかく言っても仕方ない。選ぶのは彼女だ。僕とフィーラはリビングへと足を進める。

 リビングに着くと、すでに愛梨彩と緋色がソファに座っていた。仮面姿の咲久来は未来の彼女と同じように壁に背をもたせかけていた。

 遅れて入ってきた僕らはそれぞれ空いている席へと座る。


「集まってくれてありがとう。私個人の問題なのだろうけど……どうしてもあなたたちと話しておきたくて」


 愛梨彩は全員が集まったことを確認すると数秒の間の後、静かに口を開いた。


「気にすんなって、九条。賢者の石が関係ある以上、俺たちは無関係じゃねーしな」

「ヒイロの言う通りなのだわ。アリサの意思は聞くし、尊重するつもりだけど賢者の石が関わっている以上、私たちも私たちなりの選択をしなきゃだからね」


 緋色とフィーラ。ずっと一緒に戦ってきた二人だが、僕たちと目的は全く異なる。

 彼らが戦うのは正義のため。無辜の人々を守るためだ。

 もし魔術式を継承したハワードが人類の脅威になると判断されれば、彼らは見過ごせない。愛梨彩と僕と敵対するのもやむを得ない。フィーラの言葉にはそんな信念が宿っていた。


「その通りだったわね。だからこそ聞いておきたかったのかも」


 愛梨彩が息を吞みこんだ。しばしの沈黙の中、二の句を待つ。


「改めて率直な意見を聞かせて。あなたたちはどう考えているの? ハワードがやろうとしていること……どう見える?」


 彼女の問い。それはハワードの真意を測るものだった。

 彼は目的こそ語ったが、魔女になってどうするかは喋っていない。なぜ魔女になろうとしているか……動機がわからないのだ。


「普通の人間が魔女になろうとするなんてロクな考えじゃないのだわ。不老不死になりたいっていうならわからなくはないけど……争奪戦を起こすにしては安い理由ね」

「それによ。あの鎧野郎の数……どう考えても支配する気満々だろ? 用意周到に準備してたって感じバリバリじゃんか」


 フィーラと緋色が客観的な意見を述べる。

 ハワードは魔術式を劣化させたくないと言っていた。だとすれば魔術行使することに意味があると考えられる。

 魔法を行使する必要がある理由なんて限られている。戦って支配するためか、もしくはなにかを『復元』しようとしているのかの二択だろう。前者なら魔装機兵の用意が裏づけの証拠になる。


 ——果たして本当にそうなのだろうか?


 脳裏に一抹の疑念が過ぎる。


「私も同感だね。これじゃただ単にアザレアからハワードに支配者が交代するだけだよ。お兄ちゃんは?」

「僕? 僕は……いや僕もそう思うよ。多分ハワードは愛梨彩の魔術式を悪用しようとしている」


 咲久来の言葉に対して当たり障りのない言葉を返す。素直に継承を申し出なかったのはやましいことがあるからだ。悪用しようとしているのは間違いないと思う。

 だが内心ではそれとは別のことを考えていた。


 ——「魔術式を渡してください、愛梨彩さん。そうすればあなたは救われる」。


 あの時の微笑みはなんだ? まるで愛梨彩を救うたのが本心かのように聞こえたのは僕の錯覚か?

 被りを振るい、自分の妄想を否定する。僕がハワードに都合のいい幻想を押しつけているだけだ。あいつは裏切り者だ。そんなわけがない。


「やっぱりそうよね……わかった。あなたたちの推理を信じるわ」

「いいの、アリサ?」

「ええ、いいの。私はこの普通な世界が好きで守るって決めたから。ハワードが平穏を脅かす存在になるなら私は戦うわ。そうでしょ?」


 愛梨彩がまっすぐ僕を見やる。「ああ」と自信なく言葉が漏れた。

 彼女はフィーラと同じ正義の魔女として死のうとしている。役割を全うして終わろうとしている。僕はそれを……見過ごせない。

 やはり彼女を殺すしかないのか? あの悪夢を再現するしかないのか? 自問自答は終わらない。

 しかし僕ら野良の魔女の物語は一歩一歩着実に終わりへと向かっているのだ。悩んで立ち止まっていたら置いていかれてしまう。


「そうとなれば突撃あるのみなのだわ!」

「多分用があるのは愛梨彩だけだろうね。私たちは城にすら入れてもらえない。そのための魔装機兵だね」


 息巻くフィーラに対し、咲久来は冷静に状況を分析する。ハワードが欲しいのは愛梨彩の魔術式だ。僕たちは争奪戦で脱落させられなかった邪魔者でしかない。


「だったら特訓よ! 幸い時間は待ってもらえるし、アヤメとの決着……必ず着けてやるんだから! いくわよ、ヒイロ!」

「お、おう!」


 怪気炎を上げるフィーラに押され、緋色が同調する。二人はそのままリビングを後にした。

 彼らが綾芽と貴利江の相手をするとなれば、僕の敵は父さんか。


「やれることをやるしかない……か」


 父が考えていることは到底許せることじゃない。太刀川の家を守るためだけに逆賊に加担するなんて。自分と相対するならその時は剣を取るしかない。

 父と戦うためにも魔札スペルカードの安定供給は必須だ。『|ただ一人を守るための剣翼セイブ・ザ・ワン』は自分の力をフル動員する魔法ゆえに簡単に量産できない。決戦までにどれだけ作れるかが鍵となる。

 不意に愛梨彩の顔が目に映る。死のうとしてることなんてわからないくらい穏やかな顔だった。その面差しが今は苦しく感じる。

 ハワードとの決戦までの間に僕は別の救いを見つけられるだろうか。それとも……覚悟を決めてしまうのだろうか。


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