私が守りたい世界/インターリュード
*interlude*
「私にはてんでわからぬ。なにが不満だ? 人はみな魔術式を持ち、魔女となる。永遠の存在だ。全ての者が等しく死を克服し、持つ者と持たざる者がいなくなる世界だぞ?」
自らを守護する騎士が太刀川くんとともに空の彼方へ消えた。これで数的有利も不利もない。実力だけがものを言う状況だ。
けど意外なことにアザレアはすぐに攻撃をしかけてくることはなかった。私たち野良の魔女が抵抗する理由が心底からわからないらしい。
「ある魔女が私に教えてくれたわ。『脆くて不完全で弱くて……それでもよくしようと懸命に努力する。それが人間として生きるってことだ』って」
「ほう」
「ないから……持ってないからこそ欲するのよ。不完全だったり、ゼロだったりするからこそなにかを掴もうと必死に足掻く。未来をよりよくしたいと願い、その願いを次の世代へ託すのが人間なのよ」
私はみんなに教えてもらった。人間の生き方を、人間の一生を。限りある命だからこそ懸命に努力して、最善を行う。持たざる者だからこそ世界をよくできるんだ。
そして人間は誰かに教え、託して未来を作る。連綿と続く努力の積み重ねがこの平穏な世界。絶えずよりよいものを生み出す世界なんだ。継承なき世界はなにも生み出さない。ゼロだ。
「あなたの言う世界は完成しているかもしれない。でも……そこに進もうという渇望——欲はない。あるのは停滞よ! その世界の住人は生きてなんかいない!」
本来、不死である私たちが子孫を残す必要性はない。それでも多くの魔女が継承し、魔術式を手放したのは独力では次に繋がらないとわかっていたからだ。自分一人の力では限界があるんだ。
故に誰もが自己完結した世界に未来はない。あるのは永遠の今だけ。例え魔女が救われる世界だろうと、停滞した世界なんて私はいらない!
「よほど人間の世界に絆されたようだな。そなたに説法は無意味か」
「ええ、そうよ。私は人間の生き方に憧れた。そんな私が……一生懸命この瞬間を生きている人たちを蔑ろにできるわけないでしょう! あなたには取るに足らないことかもしれないけど、それでも誰もがそれぞれの生き方を持っているのよ! それを勝手に改変しようなんて私は許さない!」
もしみんなに教えてもらわなかったら、アザレアの言葉に耳を貸していたかもしれない。絶望した私はアザレアの隣に立っていたかもしれない。
けれど今は、私も限りある命の人間として向き合うと決めた。誰よりも普通の世界に憧れ、愛した者として。
「ならばここで消えてもらおう! そなたのような不完全な魔女は私の新世界に必要ない!」
アザレアが目の前へ手をかざす。目に見えない魔法が容赦なく空間を湾曲させる。避けられない……けど!
「打ち消すことはできるのよ! 『逆転再誕《リバース/リ・バース》』!!」
「なに!?」
私も同様に手をかざした。前方から迫る魔弾を迎撃するように。
見えなくても発生の速度はもうわかっている。今ならアザレアの空間魔法を分解し、純粋な魔力に戻すことができる!
風が凪ぐ。目にも見えず、音も聞こえない静かな応酬。だけど、確かに攻略の糸口を見つけた。
「発生の速度さえわかれば大したことないわね」
「最初の攻撃を受けて見切ったということか」
「あなたの天敵は私だった、ということよ」
見えなくても魔法は魔法だ。魔力によって効果をもたらす攻撃なら、私の魔術式で元に戻すことができる。攻撃を——無力化できる。
「あなたの野望もここまでよ! アザレア・フィフスター!!」
『乱れ狂う嵐の棘』の魔札を放ち、私は一転攻勢に出る。
「私とてここで負けるわけにはいかんのだ! 『怠惰への抵抗』!」
しかし、水の矢は全て透明な障壁によって弾かれる。
「流石にこの間合いでは魔法を消すことはできないわね」
「そなたの攻撃は届かんよ! 『憤怒への戒め』!!」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ! 『逆転再誕《リバース/リ・バース》』!!」
お互いの攻撃を封殺しては反撃する、攻防の繰り返し。手を変え品を変え、何回も試行錯誤するが……決着はつかない。このままいけばどちらの魔力が先に尽きるかの根比べになる。
「実力伯仲……というわけか」
天敵と息巻いてみたものの、実際は互角の勝負が精一杯。いや、それでも充分ね。
「この戦い……どちらの騎士が勝つが勝敗の分かれ目のようね」
「そのようだな」
今まで太刀打ちできなかった相手に対してしっかり立ち回れている。ならばあとは勝機が訪れるのを待てばいい。
——私は信じているわ、太刀川くん。あなたが勝つと。
この戦いは私一人の戦いじゃない。仲間とともに世界を守るんだ。信じた相棒は絶対戻ってくる。
それまでいくらでもあなたの相手をするわ……アザレア!
*interlude out*




