二つの意思の継承者/インターリュード
かつての主人は命を燃やすように真紅の炎を纏っていた。炎の魔神。あの魔札を使ったということは本気の証拠だ。
——やっぱりあなたは自分の居場所に命を賭けるんですね。
内にいる自分がそう呟いた。今の私はセブンスである未来の私と一体化している。
継承の時に魔女の記憶を垣間見ることがあると聞いたことはあったが、私の場合どうやら違うらしい。恐らく同じ人物から魔術式を継承をした弊害だろう。彼女の記憶も想いも全て引き継いでいる。
しかし体だけは魔術式に順応しきっていない。その証拠が髪の色だ。本来なら彼女と同じ桜色に変色すべき髪が、未だに左側だけ茶色く残っている。まるで私の心が二つに分かれていることを表すようにちょうど半分の位置だった。
——私の魔術式、使いこなせるかい?
「どうかな。まだ慣れないけど……ここでできなきゃ意味ないでしょ?」
もう一人の自分に精一杯強がってみる。
使える時間魔法は時間停止くらいだけど、魔札とこの剣があれば充分に戦える。それに今の私は二人で一人だ。負ける気はしない。
「継承して覚悟が決まったか。ならば、こい。お前の望み通り私を止めてみろ」
私を焚きつけるように彼が言い放つ。彼の意思はなにを言っても変わらないのは明らかだった。戦うしかない。
もう一人の私はアインさんがこうなることをわかった上で止めたいと願っていた。無論、引き継いだ私も同じ気持ちだ。
「戦います、私。あなたのためにも!」
剣を強く握り締め、刃を向ける。私の選択を後押ししてくれたあなただからこそ……負けられない。
「いきます!!」
私はその場から駆け出し突撃していく。彼の初手の行動は——
「『連続焼却式——ディガンマ』」
——魔弾による射撃だ。
何度も隣で見てきたセオリー。合成で強化されていること以外は予想通り。
「『永遠より長きこの一瞬』!」
私は前面に手をかざし、魔術式を励起させる。炎の弾丸たちはたちまちのうちに静止し、速度を失う。
あとは浮遊するボールを斬り飛ばすだけ。勢いそのまま私は接近を試みる。
「その技の弱点は理解している!」
炎神が『昇華式——ショー』の出力を上げた。吹き上がる炎はざながらジェットエンジン。静止を振り切り、無理やり体を動かして迫ってくる。
——今の私では完全に動きを封じられない! 魔弾防御にのみ使用するんだ!
「となれば接近戦はやむを得ないね! 属性充填! 『黒水』!」
振り下ろされる炎の剣。対して私は水のオーラを纏った剣で対抗する。蒸発するのが先か燃え尽きるのが先か。
「これがブルームの全力か。ならばあの時の戦いの結末を明らかにするのも一興だな」
「あの日の教会の決着を……ここで果たします!」
斬り合いの最中、そんな言葉が突いて出た。経験したわけじゃないけど知っている。
争奪戦が始まった時、お兄ちゃんと愛梨彩を守るためにブルームはアインさんと死闘を繰り広げた。
けれどあの時のセブンスの力は制限されたもの。それゆえに勝敗は決まらず、撤退するしかなかった。
剣が再び鍔迫り合う。
今の私に制約はない。魔札も魔法も……持てる力を全て動員してあなたを超えてみせる!
「私は私の想いに応える! あなたを止めるのが私の役目だから!!」
私と彼はどうしても最後に敵対する運命だった。教会とは袂を分かつしかなかった。
それでもあなたが完全な悪人ではないことを私は知っている。
——もし違う道が選べたのなら。
だから足掻くんだ。未来の私も今の私も。よりよい選択をするために!
「属性充填、注力最大! はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「なに!?」
私は剣の威力を上げ、勢い任せに炎の剣を薙ぎ払う。武器はなくなった! 次の一撃で炎の鎧を消し飛ばす!
「そうはさせん。『全焼昇華式——ショー』」
「爆風!? くっ……!」
剣が届くより先に周囲を焼き尽くすように炎の嵐が襲いかかる。嵐に飲まれた私たちはお互いに吹き飛ばざるを得なくなる。けれど同時に炎の鎧も消えている。
——追撃だ!
「魔札発射! 『黒水』!」
私は宙で受け身を取り、体勢を立て直す。そして爆風の勢いで後退しながらクロススラッシャーを弓形態へと変形させ、魔弾を連射する。
全弾命中。手応えはある。しかし——
「まだだ……まだ終われん……」
煙の中から現れる炎の障壁。そしてその中には炎神が。
「アインさん!! これ以上その魔札を使ったら!!」
「この期に及んで敵の心配か……ならば望み通り……一瞬で終わらせてやろう。……『剣式——ヘータ』、『合成』」
肩で息をしながら彼は最後のスペルを唱え、炎の翼を纏って宙へと浮上する。
周囲の炎が全て吸収され、右手の剣に集約される。炎神は目標を捉え、砲撃をするように剣先を私に向けた。
——一撃で決めるつもりか。あれは受け止めきれないな。
剣とは名ばかり、形ばかり。あの攻撃の実態はこの領域全てを焦土と化す熱線だ。
流石にあれを食らったら終わりだ。どんな防御も無意味だろう。加えて昇華式の効果もまだ残っている。腕と一体化した剣だけを静止させることはできない。
「咲久来、お前の意思を……貫け。この一撃……必ず躱してみせろよ」
ハッとし、顔を見上げる。
——あなたも人のこと言えないじゃないか。
この期に及んでも従者である私を想ってくれているのだとわかった。あなたは自分ができなかった道を私に託して送ったんだ。
私もアインさんも立場と意思の板挟みに悩まされていた。本当は正しいことを頭で理解しているはずなのに……選択を誤ってしまった。やはり主人と従者は似た者同士なのだろう。
ならば答える言葉はただ一つ。
「はい、必ず!」
ほんの一瞬、微笑んでいるように見えた。いつも仏頂面の彼がわずかに笑みを見せたのだ。
——けどどうする? 私には打つ手がないよ?
「そうね……セブンスにはないかもしれない。けど奇跡っていう魔法を引き起こす者のことを魔女って呼ぶんでしょう? なら!」
私はセブンスじゃない。七代目の意思を継いだ八代目だ。
人間はできなかったことをできるようにするために想いを託すんだ。セブンスもアインさんも私に託した。私がやるべきことは決まっている。
「私は私自身を越える! 応えて、私の魔術式!!」
跳び上がり、自分の試練へと立ち向かう。
イメージするのは最速の自分。一瞬を切り取って引き延ばすことができるのなら、その逆もできるはず。一瞬をより早くすることが!
「いくぞ……咲久来! 『超大剣式——ヘータ』!!」
熱線が到達するよりも早く、速く。この一瞬だけはこの世界の誰よりも私が速い!!
「——『|刹那より早きこの一瞬《タイムアクセル・ワンセコンド』!!」
世界が止まって見えた。白く霞んだ風景。私だけが異なる時間の流れにいる。誰も私を止められない。
炎神の背後へと着地し、指を鳴らす。時計の針が再び……回り出した。
同時に炎神を取り囲んでいた水の弾丸が一斉に動き出し、貪るように襲いかかる! 剣の一閃よりも早く!
——『真・交錯する魔弾群』。
あの一瞬の中で私は取り囲むように弾丸を配置した。止まった一秒間の中では意味を成さないが、時計の針が動き出せば最後。絶対に避けられない一撃となる。
「流石だな……守るべきものが、信念があるとこうも違うか」
炎神は地に落ち、倒れ伏した。命の灯火が燃え尽きたかのように炎は見る影もない。勝敗は……決した。
「アインさん!」
私は急いでアインさんに駆け寄り、身を抱き起こした。いたるところが黒焦げている。全身が酷いやけどに覆われていた。
「なぜ泣く……? お前は勝ったのだぞ」
「だって私はあなたの従者じゃないですか……それは今も昔も未来でも変わりません」
「そうか……そうだったな」
「あなたが最後まで主人として私を見届けてくれたように私も最後まであなたのスレイヴとしてあり続けます」
腕の中で私の主はふっと笑みをこぼした。憑き物が落ちたような柔らかな表情だった。
彼に言わなきゃいけないことがある。今さら言うのは遅過ぎるのかもしれないけど……言わずに後悔はしたくない。
「居場所は……ここにありますよ」
「ここにか……?」
「ええ、私がいます。あなたがどんなに忌み嫌われようと……あなたの味方でしたのに。アインさんが誠実な人間だということは私が一番よく知っています」
好き好んで教会の任務に励んでいたわけじゃない。自分が生きるためには仕方なかったんだ。
アインさんはずっと自分を押し殺してきたのだろう。だから顔色一つ変えず、淡々としていた。あの一撃を繰り出す瞬間、笑ったように見えたのは見間違いなんかじゃない。
「私は……気づかなかったのだな。居場所なら……もうすでにあったのか」
「ええ……ええ! そうですよ」
私は彼の手を握り締め、頷き続ける。仮面の下で止めどなく溢れる涙が止まらない。
「どうしてもっと早く言えなかったんだろう……私」
私はいつも気づくのが遅過ぎる。
お兄ちゃんを殺してしまい謝ってくれたこと、私をスレイヴとして取り立ててくれたこと、道を違えた時に背中を押して送り出してくれたこと。全部感謝していた。
なのに私は自分のことでいっぱいになっていつももいつも見失ってばかりで……ちゃんと想いを口にできていたらアインさんを引き止めることだってできたのかもしれない。
「お前が気に病むことはない……変わろうとしなかった私に報いが回ってきたのだろう」
けれど彼は私を責めることなどなく、自分の行いが悪かったと言うのだ。
「そんな……!」
「お前は自ら気づき、自分の道を切り開いた。一つの居場所に囚われることなく、自分の意思を貫いたのだ。私にはそれができなかった」
「そんなことないです……! 私だって間違いだらけで……!」
「過程はそうかもしれない。だが咲久来。今のお前の選択はきっと間違ってはいない。この戦いもお前が正しい道を選んだ証だ。胸を張れ」
私の主人は叱責の代わりに激励を送った。彼は敵対してもなお、私のあり方を肯定してくれているのだ。咽び、言葉に詰まる。
「最後に気づかせてくれたこと……感謝する。お前と組めて、戦って私は救われた。ただただ任務に生きる味気ない人生だと思っていたが……最後に満足した」
「アインさん!!」
「突き進め、仮面の魔女……その手で望む未来を摑み取むために」
そうして彼は安らかに瞳を閉じた。熾烈だった人生からは考えられないほど穏やかな表情。
あなたが満足したと言うのなら……もうなにも言いません。後悔もしません。私があなたの隣にいた意味はちゃんとあったのだから。
例え誰があなたを謗ろうと、罵ろうと関係ない。アインさん……私はあなたとともに戦えたことを誇りに思います。
だから——
「あなたができなかったことを私が果たします。見ていてくださいね」
想いを引き継ぎ前に進もう。ブルームの継承者として。アインさんの従者として。
*interlude out*




