リベンジマッチ
ブルームの姿はすでにない。先に向かって様子を見るとのことだった。
なんでも「君たちと行動するにはいささか私の格好は目立ちすぎる。市街地なんて特にね」ということらしい。確かにあのマスクは大仰で、ハロウィンの日以外なら職質されるのが目に見えている。まあ、僕たちの黒ローブ姿も怪しいといえば怪しいのだが。
久しぶりに外に出た。ずっと陰鬱とした地下室にいたからか日光がなんだか懐かしく感じると同時に痛く感じた。目覚めたてのヴァンパイアか、僕は。
屋敷の敷地を出るとそこには見慣れた光景が広がっていた。成石学園周辺が一望できたのだ。ちょうど右手側には駅が見える。
「屋敷から出るのは初めてだったわね」
「ああ、うん」
「ここは成石地域の丘陵地帯よ。駅を挟んで反対側が学園ね」
「成石の中でも新戸寄りの場所だね」
新戸の駅は成石学園前駅の隣だ。歩いても遠くはない位置ある。位置の関係か放課後になると成石学園の生徒でごった返すことで有名である。
「学園に向かって丘を下ればあなたの家や八神教会があるわ。反対側に下れば新戸。日中では魔法による移動は目立つから、歩いて向かいましょう」
「ああ、そうしよう」
僕らは新戸の街へと駆けていく。
新戸の街に着いた時にはもうすでに手遅れだったようだ。
廃ビルの不審火騒ぎが起きていたのだ。ひしめく人垣、封鎖する警察官。SNSで動画がアップされてそうな勢いだ。
「廃ビルで火災……ね」
「アインだろうな。野良の魔女の方はもう助けられないかな」
「かもしれない。でも、今回の目的は奇襲でもある。ひとまず廃ビルに向かいましょう」
黒煙を見上げて、位置を確認する。大通りに面していない、奥まった位置にあるようだ。
「大通りからは無理だね。どこかの路地裏からならいけるかも」
「探しましょう」
僕にはなんとなく心当たりがあった。トレカのショップがあった路地に廃ビルがあったからだ。
ちょっと前までトレーディングカードゲームをやっていた僕はそのショップに足繁く通っていた。いわゆる穴場スポットで、新戸のほかのショップよりレアカードの単価が安かったのを覚えている。
「そうそう。一階はゲーセンだったんだよ。どうりで印象深いわけだ」
心当たりのあった廃ビルに到着するとナイジェルが愛梨彩に駆け寄ってきた。ビンゴだ。
周囲には人気がない。不審火騒ぎから避難したのだろうか。
「消火活動がされていないわね」
「まだ着いてないんじゃ? それに結構奥のビルだし」
「人払いがされていると考えた方が賢明ね。魔術結界も張られているようだし」
「アインが待ち構えているってわけか」
「そういうことになるわね。私たちは突入しましょう。ナイジェルはここで待っていて」
愛梨彩が優しくナイジェルの頭を撫でると、主人の命令を「心得た」と言わんばかりに勢いよく吠える。
僕らは廃ビルに突入する。黒煙が上がっていたのは四階だ。どうにか上る必要がある。ビルの入り口から入ってすぐのところにエレベーターがあるが、電気は通っていない。
「外階段でいこう」
愛梨彩は無言で首肯する。
細心の注意を払って階段を上っていく。ここから先は戦場だ。先に奇襲される可能性もある。後ろの愛梨彩も相当張り詰めているようだ。
最上階である四階の扉の前へとたどり着く。中からはパチパチと音が聞こえ、今にも扉から炎が溢れそうなほど熱気が漂っている。
「四階のフロアはずっと空いていてテナントが入っていなかった……と思う。おそらくフロアに遮蔽物はほとんどない」
「だとしたら扉を私の魔札で壊して、フロアの炎ごと消すわ。あなたはそこから突撃してスレイヴを叩いて」
「了解」
「三、二、一で突撃するわよ」
愛梨彩の周りにカードが展開される。彼女はその中から一枚を手に取り、構える。同じように僕もカードを展開し、手に取った。
「三」
静かに声が響く。意識が『僕』から『俺』へと切り替わる。
「二」
自分がやることはスレイヴを抑えること。先手を取って有利な流れにすること。
「一」
相手はアイン。あいつの攻撃は炎による遠距離攻撃。初めての相手じゃない。——いける。
「『乱れ狂う嵐の棘』!」ガトリングの嵐のように水弾がフロアに叩きこまれていく。「今よ! いって!」
扉が吹き飛ばされた入り口からフロアに突撃する。握ったカードを剣に変える。手に取ったのはバスタード・ソードだ。
室内の黒煙が晴れ、相手の姿がはっきりと見えた。そこにいたのはアイン一人。——スレイヴがいない。
「うおおおお! 先手必勝!」
前衛がいなかったのは予想外だったがやることは変わらない。なにより俺と愛梨彩だけで数的有利を取れるなら好都合だ。前衛が後衛の相手をできるんだから!
「貴様、あの時の——クッ!『焼却式——ディガンマ』」
アインが放ってきたのは俺の読み通り火弾だった。俺は両手持ちで火球を両断する。
二射目がくる。だが、どうということはない。同じように両断し、接近する。その距離、目視で三メートルほど。これなら俺の距離だ!
「もらったぁ!」
アインの首目掛けて、バスタード・ソードを横薙ぎする。
「なめてもらっては困る。『剣式——ヘータ』」
だが、捉えきれない! あと一歩のところで炎の剣に阻まれてしまった。
「『水の螺旋矢』!」
「『障壁式——サン』!」
すかさず愛梨彩がアインを狙い撃つが届かない。アインがカードで火の壁を生み出したからだ。炎の壁は俺とアインを取り巻き、囲う。それはさながら炎でできた闘技場だった。
「分断された!?」
「九条。今の一撃で私を仕留めきれなかった貴様のミスだ」
二人の会話に耳も傾けず、ここぞとばかりに両手で力をこめていく。カードを使うために片手を離した今なら、力押しで!
「その程度の力で……つけ上がるな!」
すぐさまアインは両手持ちに切り替え、俺の剣を振り払う。剣はアインに届かなかった。
「まだ終わりじゃないぞ!」
バスタード・ソードを投げ飛ばし、武器を切り替える。手に取った魔札は『折れない意思の剣』。今は切り札を切る時だ。
手にした剣を構え、アインに向かっていく。俺たちは再度激突し、激しい剣と剣の打ち合いが続いていく。
後衛の愛梨彩と分断された以上、一対一の戦いとなる。数的優位はない。どちらが根をあげるかのぶつかり合いだ。
だが俺は彼女を信じてる。へばる前にこのファイヤーウォールをぶち破って、助けに来ると!
「この剣が折れるまで戦ってやるさ!」
「威勢だけでどうにかなるものか」
鍔迫り合い。両者の剣は逼迫している。気を抜けば押されるかもしれない。
横目で炎の壁の外を見る。壁に向けて豪雨を叩きこんでいる愛梨彩の姿が見える。その姿はいつにもなく必死な表情で、彼女にも困難なことはあるんだと実感する。
ふと、愛梨彩と目があった。その目は真っ直ぐと俺を見据えていて、なにかを語りかけているように見える。
——あと少しで壁を破れる。
そう言っている気がした。
「どこを見ている!」
「クッ!」
アインの剣の押しが一気に強まる。今がチャンスだ。
俺は剣の力を抜き、アインの剣を流して捌く。アインの横を過ぎた瞬間、炎の壁が崩れるのが見えた。
「捕らえたぞ!!」
左手で掴んだカードは『逆巻く波の尾剣』。この瞬間がくるのを待っていた。この瞬間まで耐えるために俺は『折れない意思の剣』を選んだんだ。
蛇腹剣はリーチを伸ばし、炎の剣ではなく、アインの両手首を捕えた。
「今だ! 愛梨彩!!」
「ええ。これで終わりよ。『乱れ狂う嵐の棘』!」
水の棘がアインに向かって迫っていく。両手が使えない以上免れる手段はないはずだ。
——勝った。あの強敵アインをついに仕留めた。
そう思った。愛梨彩もきっとそう思ったはずだ。
だがその矢先、爆炎が上がった。
「なんで!?」
テイル・ウェイブには今もしっかりと手首を掴んでいる感触がある。アインが魔札を使えるわけがない。第三者の攻撃だ。
一瞬嫌なものが脳裏を過ぎった。ほかでもない。あの怪しい仮面。——彼女も爆炎による攻撃ができたはずだ。
でも、どうして!? 戸惑いを隠せずにいると、蛇腹剣はすでに断ち切られていた。
爆煙が晴れていく。徐々に徐々に第三者の全容が明らかになっていく。思い出したのはあの日の教会の光景。爆煙の中に佇む一人の騎士。
——そうであったらまだ救いがあったかもしれない。
怪しくて胡散臭いやつが裏切った。わかりやすい罠に引っかかってしまったと悔いればいいだけだ。
「どうして……どうしてお前が」
でも俺の予想は裏切られたのだ。思いもしない相手がそこにいた。敵に回したくない、かけがえのない家族のような存在が——そこにいた。
アインの隣に並び立つ少女が一人。それは紛れもなく……俺が知っている八神咲久来だった。