新世界より
「まさか改変の影響がこんなに現れているなんて……流石に想定外だったのだわ」
決戦の地、成石学園の様相は変わり果てていた。校舎とチャペルは見る影もない。暗雲立ちこむ敷地に屹立していたのはアザレアの居城であった。
西洋風の作りであり、左右には尖塔がそびえ立っている。かつて校門であった部分は城門と化しているが、守る兵力がないからか塞がれてはいない。
「手はず通りにいくわよ」
愛梨彩の掛け声に応じ、俺たちは全速力で駆けていく。
準備は万全。しかしアザレアが生み落としたこの空間ではなにが起こるかわからない。
「ドラゴン!? どうして幻獣が現世にいるの!?」
城門を抜けた途端、フィーラが驚きの声を上げる。
内庭で待ち受けていたのはこの世には存在しえない生物たちだった。翼竜に一角獣に不死鳥。両手では数え切れないほどの数だ。
どれも『合成』で生み出された紛い物なんかじゃない。比にならないくらいの魔力を感じる。アザレアの改変は敷地だけでなく、生物すら作り変えるのか。
「驚いてる場合じゃねぇ!! ここは俺たちがやるしかねぇ!!」
瞬時に悪神に変身を遂げた緋色は幻獣の群れを鏃で迎撃していく。
「早速出鼻くじかれたけど仕方ないのだわ!! アリサとレイはアザレアのところへいって!!」
同様にフィーラも雷の魔弾を発射し、進路を切り開く。
「わかったわ!」
「アインはこっちでなんとかする!」
この場は二人に任せ、俺たちは先を急ぐしかない。世界改変が終わるよりも早くやつを倒さねば。
しかし、「なんとかする」とは言ったものの現状、策はない。全力で相手して圧倒する。本命はアザレアとソーマだ。消耗する前に早期にアインと決着をつけるしかない。
幻獣群を切り抜け、なんとか城内へと入りこむ。すぐ目の前に広がっているのは大広間だ。その先には階段が伸びており、荘厳な扉へと続いている。
広間内にはパイプオルガンの音が漏れ聞こえていた。おそらく扉の先にある王の間で演奏されているのであろう。メロディはどこかで聴いたことがあるメジャーなクラシック音楽だ。
「ドヴォルザーク、交響曲第九番『新世界より』第四楽章……ね。けどあなたたちの『新世界』を許すわけにはいかないのよ」
独り言ちるように愛梨彩が呟いた。
その言葉を聞いて理解する。この世界への感謝や郷愁をこめつつも、新しい世界を祝福している。きたるべき新世界から過ぎゆく旧世界への送辞なんだと。
「やはりきたか」
扉を守る防人が俺たちを睨んでいた。アインだ。不思議なことに周りに魔獣はおらず、彼一人が敢然と立ち塞がっていた。
「どうしてだ! お前も騙されていた側だろ!?」
「違うわ、太刀川くん。彼はワーロックよ。この世界に居場所がなかった人間なのよ」
俺の疑問に答えたのはアインではなく、愛梨彩だった。
「私がソーマやアザレアに味方する理由はそれだけで充分だろう?」
——ワーロックは異端者。
弾圧されるものはより強いものに守られるしかない。組織に所属し、身を守るしかない。だから騙されていたとしても最後まで教会の味方をする。
「この世界になんの未練もないって言うのか……自分の居場所を新世界に求めているってことなのか、あんたは」
「そうだと言っている」
抑揚のない男の声。本心を話しているんだろうが、俺にはあいつの感情が伝わってこない。
「お前なんかに負けるかよ!! 速攻で終わらせる!!」
だからこそ俺は吠える。こんな保身のために戦うような、信念のない相手に負けられないと。
手に取った剣は『|調和した二つの意思の剣』。なりふり構わず突撃する。時間がない。秘策を使わずにアインを突破してみせる!
「貴様との因縁、ここで終わらせてやろう。『昇華式——ショー』!!」
目の前の男が紅蓮の焔に覆われる。いや覆われるどころじゃない。あれは完全に炎に飲まれている。
「……『双剣式——ヘータ』」
苦痛混じりの声でアインが二本の剣を生み出す。同じ土俵で勝負しようというのか。
「そんな強化をしたところで……!!」
両手の剣同士で激しい打ち合いを繰り広げる。お互いに剣が体へと届くことはなく、拮抗した戦いが続く。
「太刀川くん、焦らないで! 『乱れ狂う嵐の棘』!」
「そうはさせん。『大剣式——ヘータ』」
「クソっ!」
二本の炎の剣が一つとなり、巨大な剣が現れる。アインはそれを目一杯振り抜き、俺を剣ごと吹き飛ばす。
だが、アインの攻撃はそれだけでは終わらない。瞬時に行動を切り替え、魔札を放つ。
「『連続焼却式——ディガンマ』」
襲いかかる連弾の業火球は水の鏃をことごとく粉砕し、彼女に迫る。
「愛梨彩!!」
吹き飛ばされた状態で急いで戻っても……間に合わない。ここで秘策の魔札を切ればソーマが倒せなくなる。
それでも俺は無我夢中で崩れた体勢を戻し、愛梨彩の元へと駆け戻る。
しかし、あと一歩のところで時間が止まったように手が届かない。
——間に合わない。
否、違う。今、この瞬間は永遠に続いている。そう……これは魔法だ。
火球の前に黒い影が飛来する。そして影は薙ぎ払うように剣を一閃。瞬く間に火球は消え去り、時間の流れが元に戻る。
爆煙の中から姿を現したのは《《仲間の魔女》》だった。桃色が混ざった茶色の髪、髷のように結われたポニーテール……そして素顔を隠すための大仰な仮面。
「全く……いつもいつも世話が焼けるね、《《お兄ちゃん》》」
「そうか。私の最後の相手はお前か」
「久しぶり、二人とも。って……言ってる場合じゃないか」
この口ぶり、この雰囲気。背丈こそ違うが、紛れもなく俺たちがよく知るブルームであった。お前は……彼女から《《全て》》を受け継いだのか。覚悟してここに立っているのか。
「二人はアザレアとソーマを。ここは私が引き受ける。先代ブルームの意思を継いだブルーム・ブロッサム・《《エイトゥス》》として」
仮面の下から覗かせる口角が緩かに上がっている。いつもと変わらず、彼女は笑っていた。
「助かった……《《ブルーム》》」
そう名乗るなら、今の彼女はブルームなのだろう。他でもない、俺たちと一緒に野良として戦い続けた魔女なんだろう。
ならば信じる以外に選択肢はない。俺と愛梨彩は目を合わせて頷き、駆け出した。




