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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
終章 最後の勝利者は誰か?
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生き方探しの初デート

「あ、切符買わなきゃか……」


 改札の目の前ではたと足を止める。なんの違和感もなく、通り過ぎようとした。以前は電子定期でスルーしてたから、クセが出てしまった。

 ぼーっとついてくる愛梨彩も立ち止まった。そのまま券売機へと向かうと同じようについてくる。まるでRPGゲームのパーティーのような動きだ。

 切符を買って二人でホームへと入り、電車を待つ。特に話題があるわけでもなく、所在なく待ち時間は過ぎていく。そんな中誘い出した時のことが頭を過った。


 愛梨彩は沈んだ表情のままだったが、以前のように自暴自棄になってはいなかった。なにかを考えているような、迷っているような……そんな感じに変わっていた。フィーラが言っていたブルームの最後の言葉の影響だろう。

 そのせいもあってか「少し外に出ない? 家にいるよりも見つかること多いかもよ」と言うと、意外にも彼女は二つ返事で承諾してくれた。多分行き先を伝えなかったのも大きいだろう。

 そうして丘を下り、成石学園前駅へとやってきた。周りは誰一人としてこの世界の危機に気づいていない。いつもと変わらない平穏な世界だった。

 回想を終えると、ちょうど駅に電車が入ってきた。


「愛梨彩、いくよ?」


 彼女は黙って頷き、一緒に乗車した。行き先は隣町の冬日とうび市にある『とうびワンダーランド』だ。電車でいけば数十分で着く。

 車内に入ると、奥のドアの隅へと愛梨彩が向かう。隅っこで縮こまっていたいと態度で表しているように見えた。

 僕も彼女の近くまでいき、手すりを掴んで立つことにする。


「電車あまり使わない?」


 沈黙に耐えかねたのか、僕の口から自然とそんな言葉が漏れた。


「ええ……遠出するような理由ってなかったから」

「そっか。でもこれから増えると思うよ、きっと」

「そう……なのかしら」

「うん、絶対そう」


 なんの変哲もないありふれた短いやりとり。微笑みかけるが、返ってくる笑顔はない。今の彼女には余裕がない。まるで出会った頃の愛梨彩に戻ってしまったようだった。

 それでもここで折れちゃいけないって僕は知っている。諦めず『普通の幸せ』を教えてきたのが僕じゃないか。彼女の支えになるっていうことはそういうことなんだ。


 ——そんな折だった。電車が急激に揺れたのは。


 手すりにつかまっていなかった愛梨彩が僕の胸へと飛びこんでくる。


「大丈夫? この区間よく揺れるんだよね」

「ごめんなさい」

「こういう時は『ありがとう』でしょ?」


 以前、こんな返しを愛梨彩にされた気がする。謝るよりも先に感謝して欲しいって。


「そうね……ありがとう」


 おずおずと謝辞を述べる愛梨彩。それでも反応してくれたことは素直に嬉しかった。少しだけ自信が出てくる。

 大丈夫だ。前みたいに笑顔の愛梨彩を取り戻せるはずだ。

 電車の旅はあっという間に終わり、遊園地の最寄り駅へと着いた。『冬日遊園前』という駅名だが、ここからはいささか歩くことになる。

 やはり二人っきりだからか、会話が続かない。ぎこちない僕たちを冷やかすように秋風が通り抜ける。いつの間にか外は寒くなっていた。ついこの前までうだるような暑い日々が続いていたのに。

 秋の空気感はどこか切なく、ちょっぴり空虚に感じる。乾いている。愛梨彩の心の中もこんな感じなのだろうか。そんな想像だけが膨らんでいく。

 しばらくして『とうびワンダーランド』の入り口へとたどり着いた。


「遊園……地?」

「そうだよ。きたことある?」

「ないわ。初めて」

「そうだと思った。ここで待ってて。チケット買ってくる」


 愛梨彩は電車に乗った時と同じようにただ首肯するだけだった。

 フィーラから借りたお金でチケットを買い、二人で遊園地の中へ。

 目に入るのは色とりどりのアトラクションの数々。エントランス近くにはメリーゴーランドやコーヒーカップなどの定番モノがある。遠くにはそびえ立つフリーフォールやジェットコースターのレールが見える。

 なによりも目につくのは人、人、人。休日ということもあってか、来客でごった返していた。


 ——ついにきた。ここからが僕の腕の見せどころだ。


 久しぶりに遊園地の光景を見て、改めて覚悟を決める。

 道中ではありきたりなことしかできなかったけれど、本題はここからだ。絶対に愛梨彩に楽しいと思わせるんだ。

 と、その前にやることがある。いややることというよりこれは一種の僕の願望か。近くのショップへと二人で入り、ある物を愛梨彩に手渡す。


「なに……これ?」

「耳」

「耳?」

「いいからつけて!」


 困惑しつつも、愛梨彩が犬耳のカチューシャを頭につける。その光景を見た時、僕の心臓は確かに止まった。ああ、これは死にましたわ。なにも言葉が出てこない。


「どう……かしら?」


 垂れた耳をした愛らしい子犬がそこにいた。なによりも黒いセーラー服と相まって破壊力が段違いである。僕は今制服デートしているんだなと改めて実感した。


「ちょっと……なにか言ってくれないと恥ずかしいだけなんだけど」

「ああ、ごめん!! 似合い過ぎてて見とれてた! 似合ってる! すごい似合ってる!」

「なんか私だけっていうのは……癪ね」

「じゃあ、僕もつける! はい。どう?」


 僕も近くにあったオーソドックスなタイプの犬耳をつける。くすりと笑いながら「よく似合ってる」と愛梨彩が言った。

 耳をつけたことで遊園地の浮かれた空気感に染まったのだろう。どうやら少しだけ本調子に戻ってきたみたいだ。

 とりあえず一旦カチューシャを外してお会計を済ませる。


「すいません。あと写真お願いできますか?」

「いいですよ」


 そしてついでにスタッフに写真をお願いし、スマホを手渡した。


「写真って……いくらなんでもそれは」

「あ、写真に慣れてないから?」

「別にそういうわけじゃ……!」


 思えばこんなふうに写真を撮ったことなんてなかった。フィーラも愛梨彩も実年齢こそ違うが、年頃の女の子なんだからこういうことをいっぱいすればよかったのかもしれない。どうせなら一枚くらいみんなで思い出として写真を撮ればよかったな。


「はい、撮りますよー」


 スタッフに促されると渋々愛梨彩はカチューシャをつけた。この反応は僕の言ったことが図星だったということだろう。


「はい、笑ってください! いきますよーはい、チーズ! これでよろしいですか?」

「ありがとうございました!」


 受け渡されたスマホの画面を覗きこむ。そこには歪んだ笑顔の愛梨彩とノリノリでピースする僕がいた。

 無理に笑っているのはわかる。けど、嫌がっているとか落ちこんでいるわけではないようだ。困惑した笑顔と表現するのが適切だろう。


「はあ……どうして私がこんなことを。太刀川くん、あなたなに考えてるの?」

「なにって……愛梨彩を楽しませたいだけだけど?」


 愛梨彩が凍ったように固まった。連れ出した理由を聞いて呆れてしまっただろうか。もっと真面目に彼女の悩みに寄り添った方がよかっただろうか。

 一抹の不安が過ぎるが、言葉を継ぐ。この方法なら君を救えると本気で思ったと伝えるために。


「君が失意のどん底にいるのはよくわかってる……つもりだ。死ぬことに救いを見出していることも理解してる。でもだからこそ君の笑顔を取り戻したいって。そう思った」

「そんなこと言われても私は……どうしたらいいのかわからない」

「わからないなら今日一日で僕が教える! 生きるのはつらいこともたくさんあるけど、同じくらい楽しいこともいっぱいあるんだって! 愛梨彩は笑って生きていいんだ! きっとそれが人間として生きるってことだから!」


 僕は人目も憚らず、パークの中で想いを叫ぶ。もう迷わない。僕は本気で愛梨彩とぶつかるって決めた。閉じ籠った殻の中から君を連れ出すんだ。


「太刀川くん……」

「相棒になった時から僕たちはそういう関係だったろう? 君に教えるのが僕の役目だ」


 初めて二人で食事をした時のことを思い出す。

 君は笑ってたんだ。ちゃんと笑えてたんだ。ならそれを思い出させるのが僕の役目。人間として普通を教えるために僕は君の隣にいたんだ。


「わかった、わかったわよ。そこまで言うなら……つき合うわ」


 彼女は顔を背けながらそう言った。その言葉を聞けただけで嬉しくなる。愛梨彩はまだ全てを諦めたわけじゃないんだ。


「ありがとう! じゃあ、いこう!!」


 僕は愛梨彩の手を引いて歩き出す。彼女が見たことない景色を見せるために。


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