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ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》  作者: 鴨志田千紘
終章 最後の勝利者は誰か?
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帰還

 目を覚ますと、再びベッドの上だった。上体を起こして、あたりを見回す。場所が違う……ここは屋敷で貸し与えられた僕の部屋だ。

 一瞬状況が理解できなくなる。調度品が全くない殺風景な部屋。それは今も昔も変わらない。


 ——僕がいる時間はどこだ?


 過去に飛ばされた僕がそのまま時間を進めたとしたら、死んで部屋に担ぎこまれたということになる。

 しかし僕は狼男と戦闘をしていない。戦った記憶が欠落してるとも考えられない。


「目、覚めた?」


 そんな僕の疑問に答えるように部屋に来客が現れる——フィーラだ。ということはここは恐らく僕が元いた時間だ。

 フィーラが椅子をベッドの横に置き、腰掛ける。


「どういうことだ……? 僕は確かに過去に——」

「未来のサクラも意地が悪いのねぇ。あなた、騙されてたのよ」

「騙す……? って今咲久来って言ったのか?」


 未来の咲久来。彼女がブルームの正体を知っているということは僕が過去へと飛んだ後、全ての事情を話したということだろう。


「全部聞いたのだわ。サクラがどうしてブルームとしてこの時間にきたのか。あなたになにをしたのかを。サクラはあなたに記憶の追体験をさせただけだって言ってたわ。あなたのせいで歴史が歪んではないみたい」


 その言葉がすっと腑に落ちる。僕は死ぬ間際に彼女の意図を悟った。


 ——初心を、スタートラインを思い出させるため。


 あれは過去の追体験でしかなかったのか。緋色本人が後押ししてくれたわけじゃないというのはいささか残念に感じたが、大差はないのだろう。現実の緋色も同じことを言って背中を押すに違いない。

 それからフィーラはしばらくブルームの——もう一人の咲久来の話をした。

 彼女がブルームになった経緯や一二回も歴史に介入していたこと、一二回目の争奪戦で真の仲間になったこと。そしてブルームはもう……ここにはいないこと。


「咲久来……」


 聞かされてなかった真相を聞いて息が詰まった。彼女の中にも葛藤がたくさんあったのだ。そういうところはやっぱり咲久来だったんだな。

 別れは名残惜しいが、全部が消えたわけじゃない。この時間に咲久来はいる。想いは継承されるんだ。ならば心配ごとはなにもない。


「愛梨彩はその後……どう?」


 僕は思い切ってもう一つの心配ごとを尋ねる。

 僕の迷いは晴れたが、愛梨彩は今も闇の深淵にいる。本当は自分が迷う前に彼女を絶望の底から引き出さなきゃいけなかったんだ。今さら心配するのはズルいだろうか。


「平気……ではないかな。一応ブルームに叱責されて死ぬのは踏み止まってるけど、まだ迷ってる。アリサは人間としての生き方がわからないみたいなのだわ」

「人間としての……生き方?」

「ブルームが最後に言ったの。『あなたの願いは散ることなんだ。枯れることじゃない』って。人間としての生を全うしろってね。けどアリサは……今まで魔女としてしか生きたことがないから」


 視線を落としたフィーラの横顔は思いつめているようだった。彼女がこんな表情を浮かべるのは滅多にない。それほど自暴自棄になっている愛梨彩にショックを受けているのか。


「そんなことないよ、フィーラ。愛梨彩は人間としても生きてたよ」

「え……?」

「不謹慎かもしれないけどさ……愛梨彩はこの争奪戦で生き生きとしてたんだ。僕がいて、咲久来がいて、緋色がいて……そして大親友のフィーラが一緒にいる。人間として仲間との楽しい時間を過ごしていたはずなんだ」


 未来の咲久来は言っていた。長い間、争奪戦を続けたことで愛梨彩の心は予想以上の成長をしたと。他人を遠ざけていた彼女が仲間を作ったことで、心を得たんだ。止まっていたはずの人間としての九条愛梨彩の時間が確かに動いていたんだ。


「きっと今はそれ以上に絶望が強いだけなんだと思う。なにか楽しいこととか、生きる希望になるようなこととかあればきっと……」

「……ート」

「へ?」


 小声で喋ったフィーラの言葉が聞こえず、耳をそばだてて聞き返す。


「そうなのだわ! デート!! デートよ! 愛梨彩に外の世界の楽しさを伝えればきっと笑顔になる!!」


 耳朶に大ボリュームの音が反響する。聴こえてきたのは耳を疑うようなワード。僕はたちまちフリーズする。


 ——デート。


 デート……ってあのデートですか? 男と女がキャッキャウフフするあのデートですか? ……正気か、フィーラ。


「こんな時になに言ってんだよフィーラ!? 今の状況わかってるのか!? 賢者の石が発動してるんだぞ!? いくらなんでもデートしてる余裕なんて——」

「こんな時だからなのだわ!! 元気のないアリサを元気づけるのがアザレア攻略に繋がるから! 間違いない!!」


 捲し立てる僕の言葉をそれ以上に矢継ぎ早にフィーラが言いくるめる。言葉と言葉のドッジボール。彼女は本気で言っているらしい。

 しばし冷静になって彼女の言葉を反芻する。


「モチベーションアップ、戦意向上のため……ってこと?」

「そういうこと。どのみちアリサにやる気出してもらわないと私たちは動けない。もうブルームもいないわけだし。アザレアが完全に世界改変させるにはまだ時間がかかる。だったら一日デートに充てるくらい回り道にならないでしょう?」

「なるほど確かに」


 僕の中の常識人はあっさり陥落した。理にかなっていると一瞬でも思った時点で負けていたようだ。


「そうと決まれば作戦会議よ!! ちょっと待ってて。ヒイロを呼んでくるのだわ!」


 僕の返答なんてつゆも聞かず、フィーラは部屋を一目散に飛び出した。どうやらこれはもう確定事項らしい。

 しばらくしてフィーラがヒイロを連れてくる。逼迫している状況なはずなのに、二人ともニヤニヤと笑っていた。

 二人がベットの横に椅子を置いて座る。


「いい、レイ? チャンスは今日一日のみだと思う。理想としては今日中にアリサを再起させて、明日には再度学園に攻めこむべきなのだわ」

「となると半日で目一杯楽しめるデートコースってことだよなぁ。映画だと座ってるだけで潰れるし、今の九条向きじゃない気がするし。半日でって……難くね?」

「バカね。短い時間でも楽しいことがギュっと詰まったデートプランはあるはずよ。ショッピング……はあまり興味なさそうか。あー!! アリサのことがさっぱりわからなくなってきたのだわ!!」

「お前が苛立ってどーすんだよ!!」


 僕を置き去りにして二人の会話はどんどん進んでいく。フィーラと緋色がああでもないこうでもないと言っている姿を見ると本気で心配してくれているんだなと改めて思った。本気で愛梨彩に生きる活力を与えようとしているんだ。

 顎に手を宛てがいながら、しばし考える。愛梨彩が楽しめそうなことを。

 すぐに思い出したのは食べ歩きだった。フィーラを探す時も学園祭の時も食べ歩いていた。きっと美味しいものを食べるのが好きなのだろう。

 だがあまり目新しさがない。それは既知の経験だ。それだけで人間としての生き方ひいては希望を見出すとは考えづらい。

 だとしたらもっと未知の体験を味わってもらうのがよいのではないだろうか。初めて体験した学園祭。愛梨彩は心の底から楽しんでいた。

 ならば学園祭のような全く未体験のもの。外に出ることが少ない愛梨彩が絶対一人ではいかなそうな場所。それは——


「遊園地」


 点と点が線で結ばれ、答えが口からこぼれ落ちた。「それだ!!」とフィーラと緋色が一斉にこちらに視線を戻す。

 半日だけであらゆる体験ができる場所。愛梨彩が絶対いったことがないであろう場所。ここしかないと思った。


「絶対にアリサはいったことない! むしろ私がアリサといきたいくらいなのだわ!!」

「この辺なら『とうびワンダーランド』が近いしな。電車で一本だしチョイスとしてはアリよりのアリだぜ、黎!!」

「いや、いきなり二人で遊園地はハードル高くない!? 自分で言っておいてあれだけどさぁ!」


 なにせ初デートの場所である。一応ラーメン屋巡りとか学祭とかで二人の時間は過ごしてきたけれど……今は状況が違う。果たして意気消沈した彼女を笑わせることができるのか。また逆撫でしないだろうか。今から不安がいっぱいである。


「大丈夫、大丈夫! 俺らもいくから!」

「マジ?」


 それはそれで心が落ち着く。みんなでいった方が楽しいと思うし……


「もちろん。遠くで見守ってるのだわ」

「それな!」


 って一緒に回らんのかーい!! なんだ尾行か!? 尾行して人のデート観察したいのか!? あと二人でハイタッチをするな!


「でもまあ……それでもいいか。なにかあった時は助けてくれるんだろ?」


 返答の代わりに二人が笑顔でサムズアップを返してくる。本当にこの二人は根明というかおバカというか……でも今はそんな性格に救われているのかな。


「じゃあ……誘ってくる」


 ベッドから起き上がり、部屋を後にする。後ろの二人は「頑張れー」だの「ファイトー」だの言っていたような気がしたが、すでに返答している余裕はない。

 さあ、初めてのデートのお誘い。快諾してくれるだろうか?


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